もりのくまさん
ZuRien
熊と少女
「 あ さ す あ な の そ と が あ か る く な っ た の を か ん じ て お き あ が る 。
お か あ さ ん は も う そと に で て し ま っ た み た い だ 。
わ た し は お か あ さ ん の あ し あ と を た ど っ て お い か け る 。
し ば らく あ る く と お か あ さ ん が の い ち ご を か じ っ て い た 。
そ れ を わ た し が じ っ と み て い る と お かあ さ ん が の い ち ご の え だ を と っ て わ け て く れ た 。
わ た し は そ れ を た べ た こ と が な か っ たか ら す こ し こ わ か っ た 。
そ ん な わ た し を お か あ さ ん が み て い て わ た し が か か え た の い ち ごの え だ を と っ た 。
お か あ さ ん は そ れ を む し ゃ む し ゃ し な が ら わ た し に ち か づ い て わ た し
の く ち に い れ た 。
の い ち ご は と っ て も お い し か っ た 。 す る と ほ か の こ も お か あ さ ん に よ っ てき た 。
お か あ さ ん は お な じ よ う に の い ち ご を た べ さ せ て い た 。
の い ち ご を た べ て げ ん き がで て き た の か ほ か の こ は も り の は じ の ほ う に い っ ち ゃ っ た 。
し ば ら く た っ て に ん げ ん さ ん のこ え が き こ え た 。
お か あ さ ん は そ れ を き い て す ぐ に ほ か の こ を お い か け て い っ た 。
わ たし も な ん と か お い か け て ほ か の こ と お か あ さ ん が い る と こ ろ に は し っ た 。
は し っ て は しっ て は し っ た 。
も う は し れ な い な と お も っ た と き に お か あ さ ん の せ な か が み え た 。
よ くみ る と お か あ さ ん だ け じ ゃ な く て ほ か の こ も い っ し ょ に い た 。 で も ほ か の こ は な ん だ か おび え て た 。
わ た し は お か あ さ ん の よ う す を し り た く て ち か づ い た 。
お か あ さ ん は な に か たべ て い た 。 わ た し は さ い し ょ
『 な に か 、 わ け て く れ る の か な ? 』 と お も っ て い た 。 で も お か あさ ん は わ た し や ほ か の こ た ち の ほ う を み な か っ た 。 わ た し は お か あ さ ん が た べ て い る も の のほ う を み た 。
そ れ は お な じ に ん げ ん さ ん だ っ た 。 わ た し は こ わ く な っ た 。 た ち ま ち に げ だ した く な っ た 。 き づ い た ら わ た し は も り の そ と に で て い た 。 」
森の外を、服を着ていない少女がうろついている、と通報を受けて、少女を保護してからはや数カ月。わたしは少女に、少女が保護された日のできごとを、紙に書かせていた。執念の教育の甲斐あって、ようやく平仮名を覚えさせることができたので、今日は1つ、そのテストをさせてみた。
しかし……
「やっぱり賢いなぁ」
付きっきりではないにしろ、午前中のリハビリの時間は、ずっと少女を見ていた。ものの数カ月で人の言葉を理解できたのは、やはり彼女が賢いからだ。
「……ありがとうございます」
彼女がわたしに向けて、お礼を言った。驚いた。この間は、同じことを言っても反応なかったのに。ちょっと感動。
「うん。その調子だよー、がんばろ!」
彼女は言葉に反応して、はにかんだ。
これから彼女には、様々な困難が待ち構えていることだろう。わたしの使命は、それを少しでもつぶすことにある。まぁ、彼女からしてみれば、過保護なのかもしれないけど。
「ちょっと寂しいけど、今日でこの生活もおわりだねー」
彼女はこれから、新しい保護者の下で暮らすことになる。わたしとは離れ離れだ。このテストはその家で暮らすための、そして、小学校へ入学するためのものだ。
「あなたなら、大丈夫だから。」
わたしと彼女の最後の面会は、そのような形で幕を閉じた。
「きょうからおせわになります。よろしくおねがいします。」
「いいえぇ、こちらこそ。これからよろしくねぇ。」
私の家、葛城家には、今日から新しい家族が増える。保護施設の説明では、その子は名前も分かっていないらしく、なんと呼んだらいいか思案していたら、とうとうこの日が来てしまった。
「それでは最後に、葛城さん。」
施設の担当の方が、私に向き直った。
「どうかこの子を、よろしくお願いします。」
担当の方は、深々と頭を下げた。
「はい。もちろんです。」
私の言葉を聞いて、担当の方は去っていった。去り際の彼女は、少し泣いていた。
これから家族になる少女は、その担当の方の乗った車を、見えなくなるまで手を振った。
「さて……とりあえず、家にあがってください。」
「は……はい。」
少女は、少し身構えている様子だ。頑張ってこの子と打ち解けなければ。
そんなことを思っていると、上から勢い良く階段を降る音が聞こえてきた。階段のほうを見ると、息子が階段の柱からこちらをじっと見ていた。
「おや、どうしたの?」
「……ご、ご飯、まだ?」
息子の言葉を聞いて、はたと昼食のことを思い出した。時計を見ると、すでに1時半を回ろうかというところまで、針が進んでいた。
こうしちゃいられないと、私は急いで台所に回った。
時計が2時を指したころ、昼食の用意ができた。
「おーい、ご飯できたよー」
私は息子と、彼女を呼んだ。
「わーい、焼きそばだぁ」
息子はテーブルの焼きそばを見て今にもがっつきそうだったが、少女はというと、部屋の入り口の隅でじっとこちらを見つめていた。
「――おいで、ほら、冷めないうちに」
私は、手招きしながら少女を食卓に招いた。少女が恐る恐る、こちら側に身を寄せる。しばらくして、少女が席に座った。
私は、それを合図にして、合唱した。
「いただきます。」
「いただきます!」「……いただきます」
息子と少女が、器用に箸で麵を掴んですする。
「げほっ、げほっ」
「あら、大丈夫?」
息子の食べるのが早すぎて、喉に少し詰まらせたようだ。
私が立ち上がって、息子に駆け寄ろうとすると、隣で座っていた少女が、すでに息子の背中をさすっていた。
「だいじょうぶ……ですか?」
「あ……うん。ありがとう」
その様子は、私の一抹の不安を拭い去った。
少女が「葛城さき」として、家に来てから6年が経った。
今日は私と夫、そして二人の子供を連れて、近くの森でキャンプをする予定だ。
「ねぇ、おかあさんまだぁ?」
娘のさきが、私を呼ぶ。
「はーい、いまいくからねぇ」
「はやく、はやく」
その森は昔、さきが暮らしていた森だ。さきは、一度自分の暮らしていた場所を見ておきたいと私に言っていた。
それに息子も、キャンプに行ってみたいと常々言っていたので、私が一肌ぬいだわけである。
「よし、これで全部だな。」
夫が車のトランクを閉める。
何気に夫もキャンプは楽しみだったようで、普段の休みは昼間に起きるのに、今朝は一番に起きて支度を始めていた。
夫が運転席に乗る。
「じゃ、出発するぞー」
車はアクセルとともに、4つの車輪を回し始めた。キャンプ場に着いてから、みんなでテントを組み立てて、昼ご飯のBBQをした。買ってきた肉は焼肉ようとはいえ普段家で料理するものと大差なかったものの、晴天の下で食べるからか、はたまた家族みんなが集まって食べるのが久しぶりだからか、とても美味しかった。
BBQの後、夫と息子、さらにさきが森の探索に出かけて、私はテントの中で昼寝をしていた。普段の疲れもあってか、私はすぐに眠ることができた。
しばらくして、外からの物音で静かに起き上がる。私はすぐに、自分の置かれている状況を理解した。
外の物音の正体は、熊だった。それも、テントの内側から分かるくらいに、大きなシルエットだった。私は、声も出なかった。声を押し殺して、必死にやり過ごそうとするものの、なかなか熊は動かない。
今は11月、冬眠に失敗したのだろうか、私たちの食材を漁っているようだ。がさがさ、がさがさ、という音がいつまでも鳴り続け、私を脅迫する。
そんな折、ある1つの嫌な想像が脳をかすめた。
「さき達は、大丈夫かしら……」
この熊は、恐らく森のほうからやってきた。もしかしたら……。
いや、今はこの場をどうにか凌がないと。そう考えていると、外の熊が動き出した。どうやら、森のほうに戻っていくようだ。
私は安堵して、その場に座りなおした。
「カラン」
しまった――。体勢を変えた拍子に、テント下の小石が動いたようだ。その小さな音を、熊が聞き逃すわけもなく、再び巨大な影がテントに迫ってきた。その影はだんだん、だんだん大きくなり、気づけば、座り込んだ私をすっかり覆いつくしていた。もう、私は動けなかった。
その時、途端に目の前の影が横に倒れた。しばらくして、外から人の声が聞こえてきた。
「うん、死んでいるな。被害の確認をしようか」
私は恐る恐る、テントの外に出た。そこには、一体の熊の死骸と、猟友会の方々が並んでいた。そしてほとんど同時に、さき達が帰ってきた。
「さき!」
「……! おかあさん!」
さきが私のほうに向かって走ってきた。私はさきが無事だったのを確かめたくて、向かってくるさきを受け止めた。
さきは、熊が倒れていてびっくりしたようだ。私はさきから熊を隠すようにして、そっと抱きしめた。
本当はテントで寝泊まりするはずだったが、このようなことがあったので、片付けて帰ることになった。
さきは、疲れてしまったのか、車の中でずっと寝ていた。せっかくのキャンプが、こんなことになってしまって、少し残念だった。
それでも、さき達が無事だったことを、私は心から喜んだ。
「いやぁ、今回の発表も素晴らしいものでしたよ、葛城さん。」
「いえ、あれではまだまだですよ。」
「そんなことおっしゃって、あの技術があれば、煤煙で枯れ果てた森も、すぐに再生出来ますよ。」
「ええ、その実現のためにも、もっと研究を重ねないと。」
私、葛城さきは、今年で30になる研究者だ。
小さい頃に行ったキャンプの思い出から、私は今の、森林再生の研究を始めた。あの熊が母を襲いかけたのは、生態系を壊されて、獲物が減ってしまったのが原因だ。実際、熊が人里に降りてくる事案がいくつもある。食べるものも、すみかも失っているのだ。中には人を襲ったり、攫ったりする個体もある。この現状を打開すべく、私たちは日々研究を重ね、動物達が豊かに暮らせるように努力しているのだ。
そして、今日は今後の実験をするための森の生態調査に向かう。この森に行くのは、あの日家族でBBQをしてから、実に17年ぶりだ。あの時のお肉が美味しくて、今ではジビエ料理もときたま食べている。特に、熊はすごく美味しく、すっかり虜になってしまっている。自分へのご褒美を考えながら、私は同僚と一緒に森へ向かった。
小1時間ほど車を走らせると、目的の森に到着した。車から降りると、猟友会の人がいて、森を歩く際の注意を聞いた。この辺りは、よく熊が出没するらしいので、熊鈴をもって行動することを告げられた。まぁ正直熊と遭遇するなんてこと、ないと思うが。そんなことを考えていたら、説明は終わっていた。
私は早速、自分の持ち場に向かって歩いた。森の中を進むと、ある穴を見つけた。熊の巣だ。近くに熊がいる……しかし、それ以上に驚いたのは、中に人間の子供がいたことだ。その子は、服も着ずに裸で、じっとこちらを見つめていた。私は巣に入って「どうしたの?」と、その子に声をかけてみた。その子は怯えているのかそこから動かなかった。
「大丈夫だよ、ほら、こっちにおいで」
私が優しくその子に話しかけると、その子はたちまち表情を柔らかくした。「さぁ、お姉さんについておいで、」
私は、一度巣から出ようと振り返った。
次の瞬間、私の頭は凍り付いた。巣穴の入り口で、大きな熊が私をじっと見つめていたのだ。
「続いてのニュースです。昨日午後、○○市、××町の森の熊の巣から、人間の骨が発見されました。警察は先日から行方不明になっていた、葛城さきさんの骨だと発表し、猟友会と熊の捜索に努めています。」
もりのくまさん ZuRien @Zu_Rien
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