3-28.新たな予言

 ヴァルの驚異的な操縦技術によって全ての戦闘ドローンを撃破したものの、機体の損傷とエネルギー不足により、逃走を諦めた悠斗たちは、赤いバレスタを操るラブラの指示に従って、パスファインに帰還した。回復した玲於奈の操縦のもと、傷ついたバレスタがゆっくりと着艦し、元の格納庫へと戻っていく。


「さてと、説明してもらおうかな、レオナ?」


 パスファインの格納庫に戻り、バレスタのコックピットから降りた玲於奈と悠斗を、ラブラが仁王立ちになって待ち構えていた。十人ほどの警備員が周囲を取り囲んでいる。


「それがですね、課長……」


 歯切れ悪く口ごもる玲於奈を見て、悠斗が代わりに答えた。


「僕が逃げようといったんです、船の外に。その、殺されそうになったから。あのカエル――じゃない、ドクターに」


 玲於奈を庇うように一歩前に出て、ラブラに訴えかける。


「そうか、その件に関しては、こちらも把握している。ドクター・マルコーの事は我々の落ち度だ。それに関しては、すまない。彼の排除はすでに終えているから、安心してもらっていい。だが――」


 ラブラが鋭い視線で、悠斗を見つめる。


「それはそれ、これはこれだ。脱走、及び、人型機動兵器バレスタの不正使用、さらに、船内備品の破壊多数――見逃すわけにはいかんな」

「え、でも……」

「課長、それは、先程話した通り、命の危険が――不可抗力です!」

「ふむ……、とにかく、この騒動について色々聞きたいこともある。身柄は拘束させてもらうぞ、坊や。Σシグマの事もあるからな」


 ラブラが、軽く右手を上げる。それを合図に、警備員たちが動く。


「待ってください、課長!」

「邪魔をするな、レオナ。お前にも聞きたいこともある。――レオナの身柄も押さえろ」

「課長!」


 警備員たちが、二人に近づく。


(どうしよう、ヴァル?)

(この場から逃げるのは不可能ではないが――あの課長は厄介そうだ。ここは、おとなしく様子を見よう)

(そう…わかった……)


 短いヴァルとの話し合いを終え、悠斗はその通り、反抗することなくされるがままにした。

 手足の拘束具を持った警備員が近づいてくる。再び、あの不自由な状態に戻るのかと、悠斗が小さなため息をついた時――


 ビィ、ビィ、ビィー!


 ラブラの腕の通信装置から、緊急を知らせるアラーム音が鳴る。


「何事だ?」


 即座に通信に出たラブラに対し、ブリッジの通信士が、少し慌てたように言う。


『課長、連邦本部からの緊急通信です。――クロオリア・システムが、新たな予言を出したそうです』

「なにーっ!?」


 ラブラが息の呑む。

 クロオリア・システム――銀河連邦が運用する、銀河の運命を予言するという近未来予測システム。それが、このタイミングで、新たな予言を出したというのか……

 その場にいた全員が、その重大性に、動きを止め、通信の内容に耳を澄ませた。


『予言の内容を伝えます。これは、最重要機密事項なので、ラブラ課長にだけへの、暗号文書によるモノです。生体コードで復号して、お一人だけで確認してください』

「了解した」


 ラブラが腕の通信機をシークレットモードにする。送られたデータは、彼女の網膜にだけ映し出され、他人には見えない。


「…………なんだと。――アンタッチャブル!?」


 文書を読み終えたラブラの口から、呻きが漏れる。


 彼女が読んだ内容、それは、こうだった。


『クロオリア・システムから、緊急予言。地球在住の少年、大空悠斗に関して、銀河連邦はいかなる干渉も、行うべからず。警告レベルは最高。彼の存在は、アンタッチャブル、触れてはならない。また、現在の時間軸における、いかなる既成勢力の管理下にも置くべきではない。彼は、この宇宙における特異点たりえる。繰り返す。彼に余計な干渉をしてはいけない。アンタッチャブルだ』


「バカな……この坊やが――」


 ラブラが目を見開き、驚愕の視線を悠斗へと向けた。そのまま、呆然と悠斗を見つめる。


「――課長、いかがいたしましたか?」


 ラブラの様子が明らかにおかしいのを感じ、横の部下が尋ねた。その声に、我に返ったラブラが、すぐに部下たちに命じた。


「その坊や――大空悠斗の拘束は撤回だ。皆、下がれ!」


 それに対し、瞬時、警備員たちの間に戸惑いが生じたが、信じる上司の言葉に即座に従う。そんな中、ラブラがゆっくりと悠斗へと近づいた。


「……あ、あの――どういうことです?」


 事態の急変に悠斗が不思議そうに尋ねる。


「とりあえずは、無罪放免って事だよ、坊や」


 ラブラが悠斗の左肩にポンと右手を置いた。軽く叩いたつもりなのだろうが、中々のパワーだ。悠斗は少し顔をしかめてから、ラブラの紫の瞳をじっと見つめ返した。


「えっと…なんでです?」

「上で決まったことだ。我々銀河連邦は、坊や、大空悠斗に直接は干渉しない事となった」

「そうなんですか……」


 悠斗はまだ納得しかねるといった表情だ。そこで、横から玲於奈が割って入る。


「課長、先程の連絡が関係しているんですね。例の予言が――」

「詳しくは言えん。まあ、察してくれ。――だが、今回の騒動に関しては、色々話を聞きたい。レオナ共々事情聴取に協力してくれまいか?」

「え、まあ、話すだけなら……」

「いいの、悠斗?」

「ああ、玲於奈と一緒に、お茶でも飲みながらならね」


 悠斗がふっと微笑む。どうやらやっと心から安心したようだ。



 こうして、宇宙船パスファインでの一夜の騒動は、まさかの形で幕を閉じた。悠斗は無事、銀河連邦による拘束から解放され、玲於奈と共に今回の騒動の顛末を、話せる範囲――ヴァルの存在を隠した形で、うまい感じで誤魔化しながらラブラに話し、地球上へと無事戻ることとなった。


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