3-13.謎の敵の襲撃
一打席助っ人の大役を終えた悠斗は、着替え終えると、ニコニコと上機嫌の黒瀬と相変わらず仏頂面の只野と共に学校近くの商店街にある中華料理屋に足を運んでいた。
「今日はよくやった、悠斗。今日は私のおごりだ、存分に食べてくれ!」
黒瀬が両手を広げ、威勢よく宣言する。が、すぐに横から、
「どうせ部費から出すんだろう?」
只野がぼそりとツッコミをいれる。
「当然だろう、部員の鋭気を養うのは立派な部活動だ。部費から出して何が悪い!」
「いや、悪くはないが、君のおごりではないな」
「ふふっ、何を言っている。私は部長だぞ。部費は私が自由に使えるもの、つまり、私のものだ。故に、これは私のおごりだ! 違うか、敦史?」
「違うよ、那奈。部費は部員みんなの為のお金だ」
「そうだな。だから、部の一員である私のお金でもあるのだから、そこから出費しても、私のおごりといって、何ら間違いはないだろう!」
「……はぁ~、そうだね。そういうことにしておこう」
これ以上反論しても無駄だと悟った只野が、ため息と共に撤退する。
いつも繰り返される黒瀬と那奈の不毛なやり取りがひと段落したところで、一同がそれぞれ好みのものを注文した。悠斗は味噌ラーメンを、黒瀬は生姜焼き定食・大盛り、只野はアジフライ定食を頼んだ。
早さと安さとボリュームがウリの店なので、頼んだものはすぐに出てきて、三人は食べ始める。
今度は肉と魚どっちが美味しいかの論争を始めた黒瀬と只野のやり取りを横目に、悠斗は出された味噌ラーメンの熱々のスープをすすった。運動後のラーメンは格別に美味しい。疲労困憊の体には、染み渡るような暖かさだ。
しかし、美味しいラーメンをすすりながらも、悠斗の心には僅かな後悔がつきまとっていた。今日のこの試合で、また一段と『普通の高校生』から遠ざかってしまったかもしれないという事実だ。結果を出してしまった以上、今後も同様に助っ人の依頼が来る可能性は高い。いや、向こうから来なくとも、目前の黒瀬が売り込みに行くことは火を見るよりも明らかだ。
「はぁ~、困ったな……」
誰にも聞こえないほどの声で吐き出したが、実は一つ、今までにない感情も産まれていた。それは、喜び――あのサヨナラの瞬間、歓喜する野球部員たちの姿を見て湧き上がった感情。自分が誰かの為になれた喜び。
「……まあ、悪くなかったのかな、今日のところは」
普通で平穏な生活を望む悠斗であったが、自分の力が誰か別の人の役に立つこともあるのなら、多少の騒動も構わないかな、などと少し思った。それに、今日のは高校生としてはありがちな部活動の一場面だ。宇宙から来た敵と戦うのとは大違い。普通の高校生活と言っても差支えないだろう。
悠斗の中で普通の概念が揺らぎだしていたのだが、その事をまだ意識はしていなかった。
そして、昼食を終え、悠斗は、帰る方向の違う黒瀬、只野と別れ、自宅へと一人で向かった。その背中に、
「おーい、悠斗ぉ! 明日の日曜はゆっくり休んでおけよー! 来週の週末からはたぶん…あんまり休みがなくなるからなー!」
黒瀬が不吉な言葉を投げかけてきたが、悠斗は聞こえないふりをして足早に進み、商店街の角を曲がり、細い路地へと入っていった。表通りの雑踏から離れて、静まり返る。いや、おかしい――
「あれ? なんだか静かすぎないか?」
音がない。通りを行き交う車のエンジン音も、人々のざわめきも、近くにある米軍基地から飛び立たと思われるオスプレイの爆音も突然消えた。
(悠斗、気をつけろ! これは――亜空間フィールドだ!)
ヴァルの警告が脳内に響く。
「亜空間フィールド?」
(元の世界と次元的に切り離された亜空間――似て非なる世界だ。アニメや特撮である、戦闘空間のようなものだな)
「…ってことは、敵が来る?」
(その通りだ! 見ろ!)
ヴァルの叫びと共に、目の前の空間が、熱を帯びた大気のようにゆらめき始めた。その中心から、人影が滲み出るように姿を現す。三人。異様な気配を放つ三つの影が、はっきりと形を成していった。
全身を覆う戦闘スーツを身にまとった三人の人物。顔はヘルメットに覆われ表情は見れないが、体つきから、真ん中の青のスーツ姿が男。右の黄色と左の赤のスーツが女であることが見てとれた。三人は静かに、しかし有無を言わせぬプレッシャーを放ちながら、悠斗の前に立ち塞がった。
「あれは……」
明らかに自分を襲いに来た敵。そう悠斗は直感したが、その一方でどこか現実味がなく、青赤黄って、信号かな? いや、信号なら緑か。戦隊ものだと赤が真ん中なんだけどな、などとその場にそぐわないことを頭の片隅で考えていた。
(ちっ、厄介な……。悠斗、油断するなよ。できるぞ、この三人)
「え、ああ、そうなんだ……」
悠斗が慌ててその三人に意識を集中する。その前で、真ん中のリーダー格らしき青の男が、ぐっと前へ踏み出した。それに合わせて赤と黄は、左右に広がって悠斗の逃げ道を塞ぐように位置を取る。その連携のとれた様子は、獲物を追い詰めるハンターのようだ。
「ど、どうするの、ヴァル?」
悠斗は迫りくる敵を前に、震える声で相棒に声をかけた。
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