3-2.悠斗の力の目覚め

「本当に何もしてないよね、ヴァル?」

 次の種目に向かう間に悠斗が、脳内の相棒へと厳しめに尋ねる。だが、答えは同じ。

(俺様は何もしてないぞ)

「それじゃあ、どうして……」

 疑問に悠斗の眉間にしわが寄る。

(今のお前の実力ということだ。言っただろう、俺様が寄生すれば超人になれると)

「そう言えば…、でも、どうして急に……」

(俺様の体組織が馴染んできたという事さ)

「そうなんだ…。困ったなぁ」

(困ることはない。このテストで今の力を試してみるとよい。どんなものなのかな)

「いやぁ……」


 そこで次の種目が行われている五十メートル走の順番を待つ列まで来たので、悠斗は口をつぐむ。そのままじっとどうすべきか悩んでいた。だが、答えは出ないまま順番が回ってきて、悠斗はスタート地点に着いた。横にはもう一人、同じ二年生の男子が並ぶ。


(どうしよう…。軽く走って、様子を見ようかな……)

 悠斗はクラウチングスタートの態勢をとりながら、そんなことを考えていた。しかし――


「位置について。用意――」


 ピイィッ!


 スタートの笛が吹かれた瞬間、反射的に体が動いた。条件反射と言うやつだろう。後ろに置いた右足が地を強く蹴る。刹那、体が飛ぶように進む。そして次は左足。つま先が地面をえぐるほどの力強さで、体を前へと押し出した。直後に悠斗の体躯が風を切り、矢のような勢いで前進する。それで――


 気づくと、ゴールを過ぎていた。


「あ……」


 しまった――悠斗はそう思い、後ろを振り向いた。同時に走った生徒は、途中で立ち止まり、唖然として悠斗を見ている。いや、その生徒だけではない。今の悠斗の走りを見ていた誰もが、言葉を失っていた。そんな中で、


「あー、その、すまん。ストップウォッチ、止め忘れた……」


 タイム計測を行なっていた男性教師が、すまなそうに悠斗に向かって言ってくる。彼もあまりのことに驚き、全ての動きを止めてしまっていたのだ。


「あ、ああ、そうですか。――じゃあ、やり直しですね?」

 今のをなかったことにできる、とばかりに悠斗はそう提案した。

「そ、そうだな。すまないな、大空」

「いえ、じゃあ、すぐに」


 悠斗は軽い足取りでスタート地点へと戻った。途中で立ち止まっていた同走者も一緒に戻る。


「おまえ、凄いな」

「いや、まあ、走るのは好きなんで……」


 隣に並ぶ同級生に曖昧な笑顔を向けてから、再びスタート態勢に入った。


(まずいまずい、ヴァル、どうにかしてよ)

(どうにかといってもなぁ…。仕方ない、軽く負荷を掛けてやろう。悠斗自身も手を抜けよ)

(ああ、わかってる)


 そんな脳内での会話の後、再びスタートの笛の音が響いた。


 ピイィッ!


 今度は落ち着いて、ゆっくりと走り始める悠斗。同走者が先に進むのが見える。


(よし、今度はいいぞ)


 そう思ったが、あまり遅くても怪しまれるか――そう考え、軽く足に力を込めた。途端に、


「あ、しまった!」


 一瞬で前走者を追い抜き、ゴールへとスピードが上がる。


「まずい――」


 そうは思ったが、一度ついた勢いは止まらない。手足が勝手に動き、そして――そのままゴール!

 少し遅れて、隣を走っていた男子も後に続いた。先程のような圧倒的な差ではない。

 これなら、大丈夫か――悠斗がそう思っていたところに、計測タイムが告げられた。


「六秒フラット……、校内新記録だ」


 今度はきちんと時計を止めた教師が、目を丸くして悠斗を見る。


「おお、凄いな!」

「聞いたか、六秒ちょうどだってよ」

「早いなぁ。でもはじめの方が早くなかったか?」

「誰だ、あれ?」


 またも、注目の的となる悠斗。


「……」


 悠斗は無言のまま、急いでその場から離れた。



「ヴァルぅ……」

(情けない声をあげるな。大丈夫だ、いまので加減が分かった。次はいい感じにしてやる)

「頼むよ…」

(任せとけ。平凡がいいのだろう?)

「そうだよ、それ。普通が一番だよ」

(任せとけ、普通で平凡は俺様の得意技だ!)

「……頼んだよ、ヴァル」


 相棒とそんな会話を交わしながら、悠斗は次の種目の為に、体育館へと向かっていった。



 反復横跳び、立ち幅とび、握力測定、長座体前屈、上体起こし――体育館内でのこれらの計測でも、結局悠斗はトップクラスの結果を残した。ヴァルの力添えのおかげで、異常な数値とはならなかったが、悠斗の望む普通の数値からは遠くなれた結果となった。


 そして、校庭に戻っての最後の持久走。これは、さすがに悠斗も力加減が分かり、なおかつ一緒に多くの生徒が走ったので、それにペースを合わせることで、ごく普通のタイムを出せた。が、走った後、息ひとつ乱さず、汗もほとんどかかずに平然としていたことで、周囲の見る目は明らかに普通とは違っているのを、悠斗は気づかなかった。

 どうにか最後はうまくやれた――そう思った悠斗だったが、周りの人々のざわめきは落ち着かず、かくして、平凡を愛する高校生、大空悠斗は、その日を境に学園中の誰もが知る有名人になってしまったのだった……


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