1-5.銀河最強、そして始まる二人の物語

 ヴァルが体内に入り込んだ瞬間、世界が変わったように悠斗は感じた。


 全身に、まるで高圧電流が流れたかのような衝撃が走る。視界が一気にクリアになり、夜の森の闇が、まるで昼間のように細部まで見渡せる。耳は、風で揺れる木の葉一枚一枚の音、遠くの街の喧騒、そして迫りくる戦闘機械キラーマシーンの駆動音まで、鮮明に拾い上げていた。


 そして何より、力が、身体の奥底から無限に湧き上がってくる感覚があった。筋肉が躍動し、神経が研ぎ澄まされる。さっきまで恐怖で震えていたのが嘘のように、目の前の戦闘機械キラーマシーンが、まるでスローモーションのように見えた。


(感じるか、人間! これが俺様の力だ! まだ完全じゃないが、あの鉄クズをスクラップにするには十分すぎるぜ!!)


 脳内に響くヴァルの声は、さっきまでの必死さとは打って変わり、自信と、そしてどこか楽しむような響きさえ帯びていた。同時に、膨大な情報――戦闘に関する知識、敵の動きの予測、効果的な攻撃方法などが、まるで最初から知っていたかのように、悠斗の頭の中に流れ込んでくる。


「なんだ――これ……」


 驚きと高揚感。戦闘機械キラーマシーンは悠斗の変化に気づく間もなく、右腕の銃口を向けてきた。チャージ音が響き、青白いエネルギー弾が放たれる!


 ――速い! だが、見える!


 体が勝手に動く。悠斗は自らが考えるよりも早く四肢が反応し、敵の攻撃を紙一重で回避する。エネルギーを帯びた熱線がすぐ横の空気を焦がし、背後の木に直撃して焼けた匂いを周囲に放った。


(行くぞ、人間!)


 ヴァルの気合と共に悠斗は地を蹴る。信じられないほどの加速。景色が後方へと流れる。

 一瞬で戦闘機械キラーマシーンの懐に飛び込んだ。と同時に、自然と右拳が繰り出される。


 ゴッ!!!


 鈍い金属音と共に、戦闘機械キラーマシーンの分厚い胸部装甲がへこみ、火花が散った。当然、殴った悠斗の拳にも衝撃が――いや、ほぼ感じない。ヴァルによって肉体が強化されていた。生身でありながら鋼鉄をも砕く力を秘めていたのだ。


 戦闘機械キラーマシーンは怯むことなく左腕で殴りかかってくる。重く、速い一撃。だが、ヴァルの戦闘経験が瞬時に最適解を導き出す。


(よし、カウンターだ!)


 またも体が自然に動く。悠斗は、体を捻りながら相手の腕をいなし、がら空きになった脇腹へ渾身の拳を叩き込んだ。


 グガッ!


 装甲が砕け、内部の機械が覗く。戦闘機械キラーマシーンの動きが明らかに鈍った。そこで、悠斗は一歩後退し、今度は追撃の中段蹴りを敵へと放った。

 戦闘機械キラーマシーンの胴が歪み、そして吹き飛ぶ。


「よぉしっ! やったぞ!!」


 悠斗の口から会心の雄たけびが漏れる。さっきまでの絶望的な状況が嘘のようだ。


 ――僕が、あの化け物を圧倒している


 だが、


(油断するな! まだだ!!)


 戦闘機械キラーマシーンは赤い単眼モノアイを激しく明滅させ、胸部からから無数の小型ミサイルを発射してきた。


「うわっ!」

(落ち着け! どうということはない)


 ヴァルの言う通り、体が勝手に動き、迫りくるミサイルを避けていく。避けきらなかったミサイルは手刀や蹴りで軌道を変え、明後日の方向へと向ける。

 悠斗の体を外れたミサイルたちが次々に爆発し、周囲に煙が立ち込めるが、悠斗にはダメージは皆無だった。


 銀河最強――


 悠斗の脳裏にその言葉が蘇る。


 驚く間もなく、ヴァルは悠斗の体を動かした。立ち込める煙を目隠しに、敵へと一気に距離を詰める。

 そして、地を強く蹴り、戦闘機械キラーマシーンの頭部目掛けて必殺の飛び膝蹴り。


 ぐしゃっ――


 鈍い音と共に、頭部はひしゃげ、赤い単眼モノアイから光が消える。

 ゆっくりと後方へと倒れ込む戦闘機械キラーマシーン。地に倒れた敵のどてっ腹に、悠斗=ヴァルのトドメの一撃。


 右の拳が鋼の装甲を完全に貫き、そして、内部の配線を乱暴に引き出した。


 プスッ、プスプス……


 戦闘機械キラーマシーンの各所から火花と煙が上がる。そして、沈黙。

 悠斗=ヴァルの完全勝利だ!


「はぁ、はぁ…、やった…のか?」


 静寂が戻った森の中、悠斗は荒い息をつきながら、戦闘機械キラーマシーンの残骸を見下ろした。


 信じられない、自分がコレを倒したなんて……


 戦いの余波はまだ全身に残り、アドレナリンは駆け巡り、体が熱い。


(よし、上出来だ、人間。ま、九割は俺様の力だがな!)


 ヴァルが尊大な態度で言うが、その奥に安堵の感情が隠れているのを悠斗は感じ取っていた。銀河最強と言われる彼にとっても、紙一重のところだったのだろう。


「ま、そうかな。――それより、その人間はやめてくれよ。僕は大空悠斗おおぞら ゆうと。助かったよ、ヴァル!」

(大空…悠斗か。うむ、悠斗、俺様も一応、礼は言っておこう。お前の体が無ければ、ちょこっとだけ危なかったからな)


 素直な?感謝の言葉に、少しだけ照れくささを悠斗は感じた。こいつ案外悪い奴じゃなさそうだ――そう思い、微笑みを浮かべた。


「――それより、これ、どうするの? マズいよね、こんなもの、ここにあったら?」


 悠斗が足元の戦闘機械キラーマシーンの残骸を見ながら言う。更に少し離れた場所に転がるメガロの遺体へも視線を向けた。

 共に今の日本、いや、地球上にあってはならないものだ。明るくなって人目に触れれば大騒ぎになる。


(俺様は、どうでもいいが――ふむ、確かに騒ぎは困るか……)


 銀河シンジケートの更なる追っ手を呼び寄せかねない。


(よし、埋めよう)

「えっ、埋める?」

(ああ、――体、借りるぞ、悠斗)


 その言葉が終わるか終わらないうちに、悠斗の体が自然と動き、その場に膝をついた。そして両手を地面へとつける。


「はぁっ!」


 裂ぱくの気合が悠斗の口から放たれる。直後、地面が大きく砕けた。それを避けるように、後方へと大きく飛びずさる悠斗。戦闘機械キラーマシーンの残骸を中心に、すり鉢状に地面がえぐれていた。隕石が落ちた跡のクレーターのようだった。えぐれた分の土は縁に盛り上がっている。


「うわぁ…、凄いね……」

(メガロの遺体も放り込むぞ。その後に土をかぶせて、適当に圧し固めれば――ま、平気だろう)

「いやいや、草が削れてるから不自然な気もするけど――ま、いいか。枯葉をかけて誤魔化そう…。最悪、ミステリーサークルって事で、どうにかなるかな……」

(深く考えるな。きっと大丈夫だ。そう思えば、未来もそうなる。それが宇宙の真理だ)

「え…、そんなものかなぁ……」

(そんなものだ。さあ、残りの作業を片づけちまうぞ、悠斗)

「ああ、わかったよ」


 メガロの巨体を軽々と放り投げ、穴の中に入れると、周囲の土をかぶせていった。そして穴を埋め戻すと、予定通り土を固め、周囲の枯葉や枯れ草、小枝などで目立たないように誤魔化していく。


「これで…いいかなぁ……」

(上出来だ。じゃあ帰ろうか、悠斗の家に)

「えっ…、もう戦い、終わったよ、ヴァル」

(ああ、だから、家に帰るのだろう?)

「いやいや、もう安全なのだから、僕の体から出て行ってくれよ」

(ああ、それな……。悪いが、しばらくこのまま居候させてくれ)

「ふぁ? え、なぜ――」

(ああ、思ったよりも居心地がよく――いや、まだ安全ではないんだ。更なる敵が来るかもしれない)

「なら余計に出て行ってくれないかな?」

(いやいや、戦闘機械キラーマシーンを倒したのは悠斗だ。つまり、敵はお前を狙ってくる…多分)

「多分?」

(いや、必ず! だから今俺様が離れるのは危険だ。それに、今少し力を回復したい。疲れ切っているのだ、さすがの俺様も。頼むよ、悠斗。少しだけでいい。しばらくこのままいさせてくれ)

「あぁ、う、うーん……」


 悠斗の中で様々な思いが葛藤する。だが、結局、彼はお人好しであった。


「わかったよ、ヴァルが回復して、次の宿主が見つかるまでだからね」


 渋々そう答える悠斗の脳内に、ヴァルの歓喜の感情が弾けた。


(よ―し、決まりだ! よろしく頼むぜ、相棒!!)

「はぁ…、よろしくね。ただ、無茶なことはしないでくれよ。僕は何事も平穏に過ごすことをモットーにしているからね」

(大丈夫大丈夫、平穏だろ? 任せておけ、俺様の得意技だ)

「え…、そうは思えないが……。まあ仕方ない、じゃあ、帰ろうか」


 悠斗は家路につくため、元来た道を戻り始めた。懐中電灯が無くても夜道が見える。進む足取りも軽い。そういう意味では便利だな、と思いつつも、この先厄介ごとが待っているのではないかと、一抹の不安を感じる悠斗であった……



 こうして、平凡な高校生・大空悠斗と銀河最強兵器・ヴァルヴァディオの二人の物語は始まった。その先で待っているのは、悠斗の望む平穏か、それとも――



第一章 完


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