0-2.反撃
まるで巨大な獣の牙のように、不規則な岩塊が密集する小惑星帯が、漆黒の宇宙に広がっていた。太陽光すら届かぬその領域は、絶えず衝突と破砕を繰り返し、大小様々な岩石が予測不能な軌道を描いて飛び交う、まさに天然の要塞であり、墓場でもあった。
追跡者たちを嘲笑うかのように、メガロ=ヴァルヴァディオは躊躇なくその危険地帯へと突入した。その滑らかな黒曜石の体表が、岩塊の落とす深い影へと瞬く間に吸い込まれていく。
「追え! 奴を逃がすな!」
「メガロの肉体は殺しても構わん。ヴァルヴァディオ本体を確実に捕獲するんだ!」
シンジケート艦隊の指揮官は怒号を飛ばすが、その声には僅かな焦りが滲んでいた。
小惑星帯での戦闘は、練度の高い艦隊にとっても危険極まりない。視界は遮られ、センサーは岩石の質量に干渉され、予測不能なデブリとの衝突リスクも格段に上がる。それでも、ヴァルヴァディオ捕獲という至上命令の前には、躊躇は許されなかった。鈍色の艦艇群は、速度を落とし慎重に編隊を組み替えながら、メガロの後を追って小惑星帯の迷宮へと足を踏み入れた。
その瞬間、形勢は逆転した。
まるで待ち構えていたかのように、巨大な岩塊の影から、メガロが弾丸のように飛び出した。それは、もはや単なる生物の動きではなかった。ヴァルヴァディオの超絶的な空間認識能力と戦闘計算によって最適化された、神速の軌道。シンジケート艦隊の先頭を進んでいた偵察艇は、反応する間もなくその側面をメガロに抉られた。強化装甲が紙細工のように引き裂かれ、内部から火花と残骸を撒き散らしながら、制御不能に陥り回転していく。
「なっ――!? 敵襲! 右舷!」
「どこから来た!? レーダーに反応はなかったぞ?」
ブリッジは混乱に陥った。メガロは一撃離脱すると、再び巧みに岩塊の影へと姿を消す。あるいは、高速で回転する小惑星の陰を利用し、死角から別の艦艇に襲いかかる。その動きは予測不能。まるで、小惑星帯そのものがヴァルヴァディオの意思を持つ手足のように機能しているかのようだった。
ヴァルヴァディオは、メガロの強靭な肉体と二本の触手を最大限に活用した。接近し、艦艇の砲塔やセンサーアレイを触手で叩き折り、その勢いのまま艦体に強烈な体当たりを敢行する。メガロの本来持つパワーにヴァルヴァディオの制御が加わった突撃は、小型艇ならば一撃で航行不能にするほどの破壊力を持っていた。レーザーやプラズマ弾が雨のように降り注ぐが、メガロは迫りくる岩塊を盾にしたり、爆風を利用して加速したりと、信じられないような機動でそれらを回避していく。
「くそっ! あの化け物め! 被害報告を――」
「三番艦、ブリッジ大破! 四番艦、エンジン停止! 七番艦、応答なし!」
次々と報告される被害に、指揮官は歯噛みした。「銀河最強の兵器」の片鱗は、想像を遥かに超えていた。安易に追い詰めたつもりが、逆に死地に誘い込まれていたのだ。
しかし、銀河シンジケートも伊達に巨大組織として君臨しているわけではない。混乱の中から、指揮官は冷静さを取り戻し、新たな指示を飛ばした。
「全艦、散開! フォーメーションを変更、エリアを区画分けし、包囲網を再構築する!」
「大型艦は後方に下がり、長距離砲撃で小惑星ごと対象を圧殺しろ! 小型艇は連携して奴の動きを封じ込めろ!」
シンジケート艦隊は、犠牲を払いながらも徐々に体勢を立て直し始めた。
彼らは小惑星帯での戦闘経験も積んでいた。岩塊を破壊し視界を確保する部隊、メガロの予測移動地点にトラップのようにエネルギー網を展開する部隊、そして連携してメガロの退路を断つ部隊。個々の艦艇の動きは慎重になったが、その連携はより緻密で、冷酷なものへと変化していった。
メガロ=ヴァルヴァディオの動きが、徐々に制限されていく。いくらヴァルヴァディオの操縦が巧みでも、宿主であるメガロの肉体は生物としての限界を迎えつつあった。連続する回避機動と激しい戦闘は、そのスタミナを確実に奪っていく。ヴァルヴァディオ自身にも、その疲労は積み重ねられ、徐々に負荷を感じ始めていた。
「くっ、図られたか……」
ヴァルヴァディオのつぶやきが漏れた通り、ついにメガロは小惑星帯の外縁、比較的開けた空間へと巧みに誘導されてしまっていた。
気付けば、周囲にはシンジケートの艦艇が壁のように展開し、その数を十隻まで減らしながらも、完全な包囲網を完成させていた。鈍色の船体に無数に並んだ砲門が、静かに、しかし確実に中央のメガロに向けられる。そのどれもが、致命的なエネルギーを充填し、発射の瞬間を待っていた。
それらの直撃を受ければ、ヴァルヴァディオ自身は死なずとも、メガロの肉体はただでは済まないだろう。行動不能に陥ったところを捕獲されるのは目に見えている。銀河最強の兵器とはいえ、新たな寄生先が無ければ、ヴァルヴァディオ単体では何もできないのだ。
逃げ場はない。小惑星帯という地の利は失われ、数と火力で圧倒的に勝る敵に囲まれた。メガロの荒い呼吸が、宇宙空間に響くことはないが、その苦悶はヴァルヴァディオにも伝わってくる。しかし、その目に宿る知性の光は、まだ消えてはいなかった。追い詰められた獣が最後に見せる、逆襲の牙を研ぎ澄ますかのように。絶望的な状況の中、ヴァルヴァディオは最後の切り札を切る覚悟を決めていた――
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