第35話 ギャング集団の逆襲

「痛むか?」

 ロミオは助手席に座って相変わらず左肩を押さえているフィールに対して、車を止めて、運転席から降り、助手席に回った。

 この場所は一番街の中心街だ。ここまでくれば追ってはこない。先程まで速度を上げてロミオの車とカーチェイスになっていたファイナルブレイクのギャングがいたのだが、ロミオは上手く彼の車の左後輪タイヤに命中し、パンクした車は速度を落としていった。

 その後は追ってはこなかった。三十分ほど運転をした後での出来事だ。

 フィールの額には汗が流れていた。軽症だが傷がしみていてかなり痛がっている。

「ロミオさん。あたし、死んでしまうかも」

「何を言ってるんだ。バカ野郎」

 ロミオは常備しているハンカチを手に取り、フィールの左脇から肩にかけて縛り止血した。

「痛いか?」

 ロミオは気を配りながら優しく聞く。

「少しまっしになってきた」

 フィールは痛みが徐々に弱くなってきたことに、安心したが、精神的に不安定になってしまい、思わず涙を流した。

「おい、大丈夫か。痛むのか?」

 ロミオはしゃがみ込んでフィールを見上げる。

「違うの」フィールは嗚咽と共にしゃっくりが出た。「この数日間であたしの色んな事が変わりすぎて、何が何だか分からなくなっちゃった。あたしはすべて失ってしまったんだって」

 そう言うと、とめどなく涙が流れていく。鼻水も垂れていく。だが、フィールはそれをむやみに隠したりもせず、もう顔中ぐちゃぐちゃになっていた。

「こうなってしまわないように、俺たちグランレブルはファイナルブレイクに挑んだんだ。本来なら俺たちも殺されるはずだった。でも、色んな意味があって今こうやって生きてるじゃないか。生きてるだけでも幸せだと思うぞ」

「本当にそうかしら?」

 フィールは嫌味っぽく言った。

「これから毎日を送るのに、毎回自分が失った人たちを想いながら生きなくちゃいけないんだよ。それに、ファイナルブレイクというギャング集団たちに怯えながら生活する。そんなことが幸せなの?」

 ロミオは戸惑いながら押し黙った。ロミオ自身も今からファイナルブレイクに挑めるのには勇気がいる。自分に説得力など何もない。

 ――だが、しかし、フィールだけは生きていてほしい。それはローキンドだったらそう思うだろうし、ミルでも思うはずだ。

 ファイナルブレイクに身を売ったヒルゲは、今頃殺されているだろう。彼はこんな健気の少女をどうするつもりだったのか。

 ロミオはフィールを見つめた。

「幸せになれるさ。俺が幸せにして見せる」

「ロミオさんが? あたしを?」

「変な意味じゃない。俺にとって今味方は君でしかいないんだ」

「あたしだって、ロミオさん以外誰もいない……」

 フィールもロミオを見つめている。少し泣き止んだのか、しかし相変わらずしゃっくりが出ている。

 このタイミング……、何だか。

 ――何を考えてるんだ俺は……。

 ロミオは慌てて頭を振った。

「しかし、誰もいないな。この場所はそれほど人通りが少ないことはないんだけどな。ラジオを付けてくれないか?」

 ロミオは慌てながらフィールに頼んだ。

「わかった。付けてみるね」

 フィールは車内のラジオの電源ボタンを押した。すると、女性のアナウンサーの重苦しいニュースが流れていた。

「ニュースでしかないのか」

 ロミオは運転席のほうに回って椅子に座った。

 他のチャンネルに回してみるが、音楽が流れているものがなかった。

「おかしいな。まあ、いいけど」

 ロミオは諦めてニュースを聞くことにした。すると、「緊急速報です」と、アナウンサーの声が聞こえてきて、出発するのを止めた。

 二人はラジオに集中している。すると、百五十年前に発生した猛毒ガス、ダプラが、この一番街に集中しているということで、今全員避難しているという話が聞こえてきた。

「え、どういうこと?」

 フィールはハッとした気持ちでつぶやいた。

「どうやら、ファイナルブレイクがこの街にまき散らしたようだな。ダプラは空気よりも重いから、床に残っている可能性は十分高い」

「ということは、あたしたちは感染してしまったってこと?」

「まあ、そういうことだ。俺たちだけじゃない。この一番街のほぼ全員が感染している可能性だってある」

「ダプラって確か、三日後から症状が現れるって奴だよね。徐々に筋肉が衰えてしまっていう病気でしょ」

「ああ、そうだ。俺たちにはもう助からないかもしれないな」

 ロミオは自嘲気味に笑った。

 フィールも希望が見えたと思ったときに絶望的なことが起こってしまう。何とも前向きにはいけなかった。しかし、今回の場合はこの空気感染のダプラが少なくとも一番街の人たちには感染している。どちらにしてもグランタウンは全滅してしまうはず。その為、悲観的には思えなかった。

 ――全員死ぬ運命だったんだ。

 そう切り替えると、心が楽になってきた。

 と、その時、後ろからライトが光ってきて、何事かとロミオとフィールが振り返るとともに、後ろからやってきた後続車の助手席の人物が拳銃を構えているのに気が付いた。

「ファイナルブレイクだ!」

 ロミオは叫びながら車を急発進した。

 後続車の助手席の窓から猛毒マスクを装着したスキンヘッドの男が顔を出して、拳銃を構えてロミオたちの車をめがけて撃っていく。

「バックガラスはがら空きだ。かがみこめ」

 ロミオはカーチェイスのようにスピードを上げて上手くカープの道を交わしていく。

 フィールはロミオという通りしゃがむ。

 すると、前からファイナルブレイクの車がやってきて、また同じように猛毒マスクを付けた助手席の窓から拳銃を構えて撃っていく。

 ロミオのフロントガラスを二発つき破って、ロミオの右頬をかすめた。

「くそっ」

 ロミオの車は歩道に乗り出して、上手くかわしていき、前方の車を後にする。

 しかし、後続車の運転するファイナルブレイクのメンバーはテクニックが上手くないのか、前方車両と衝突してしまい、互いに速度が出ているので、ボンネットが破壊され、爆音とともにボンネットから炎が舞い上がっていた。

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