母の日に伝えること
広川朔二
母の日に伝えること
ショーウィンドウの中に飾られたカーネーションの造花。その上に掲げられた「お母さんにありがとうを伝えよう!」というPOPが、妙に目についた。
思わず、舌打ちしそうになるのをこらえる。
なんで毎年この時期になると、ああいう押し付けがましい言葉が街を埋め尽くすんだろう。
私は、あの女に「ありがとう」なんて、思ったことすらない。
父はいなかった。私が物心つく前に出て行ったらしい。理由は知らないし、興味もなかった。母は、ただ一言で言えば、だらしない人だった。時間にルーズで、気分屋で、生活能力が低いくせにプライドだけはやたら高かった。
だから、私は早くに大人にならざるを得なかった。
家事も、金の管理も、全部、私の仕事だった。お金の管理といっても、私自身に自由になるお金があったわけじゃない。家賃や光熱費の支払いを母に催促して、母が気が向いたときに渡してくるその金を持って、コンビニで電気代を払い、一階に住んでいた大家さんの家に家賃を届ける。それでも、母は私に文句を言った。
「ねぇ、あんたさ、ちょっとお金使いすぎじゃない?」
そう言って、眉をひそめる。ブランド物のバッグをぶら下げて、週の半分は外泊している女が、私に。
私は、自分のためのものなんて、必要最低限しか持っていなかった。もっとお菓子が食べたかった。かわいいノートが欲しかった。流行の服にだって憧れた。
でも、我慢した。いつも、我慢ばかりだった。
学校では「しっかりしてるね」と言われた。でも、それは違う。本当は、ただ我慢して、誰にも頼れなかっただけ。甘えたかった。誰かに守ってほしかった。でも、それを許す空気じゃなかった。小さな私の中に、「甘える」という選択肢は最初から用意されていなかった。
小学二年のある日、担任の先生が「母の日には感謝の気持ちを伝えましょう」と言った。私は、折り紙でカーネーションを作った。お気に入りの、ピンク色の折り紙だった。ちょっとだけラメが入っていて、特別な時用に取っておいたやつ。
母にそれを手渡すと、「ああ」と気のない返事が返ってきた。ちょうど外出の準備中で、ハイヒールの音を響かせながら、花をハンドバッグに雑に突っ込んで、外でクラクションを鳴らしている車に向かって出ていった。そのまま、母は数日帰ってこなかった。
そして数日後、ゴミ箱の中でぐしゃぐしゃになったその折り紙の花を見つけた。
ああ、私はどうでもいい存在なんだ。
その瞬間、私の中で何かが死んだ。
それから私は、誰のことも信用しなくなった。誰にも本音を言わなくなった。それが私の、生き方になった。
高校を卒業して、すぐに家を出た。
やっと、自分だけの人生が始まった気がした。もう、あの家にも、あの女にも、戻ることはないと決めていた。時折、母から連絡が来ることはあった。
「最近どう?」「元気にしてる?」
でも、そんな言葉のあとには決まって、どうでもいい愚痴が続いた。
「最近ついてなくてさ?」
「男って本当どうしようもないわよね」
「周りは私のこと全然わかってくれないのよ」
私がどうしてるかなんて、母は一度も聞かなかった。まぁ、期待していなかったし、もし聞かれても、話すことなんてなかったけど。
それでも、街のどこかで「母の日」が近づくと、胸の奥に鉛のような重さが生まれる。POPやテレビのCM、雑貨屋のディスプレイ??それらが、まるで私を嘲笑うようだった。
「お母さんにありがとうを伝えよう!」
そんなもん、伝える価値すらない相手に、何をどう言えっていうの。
◆
「久しぶり。元気にしてる?」
母からのメッセージは、あまりにも軽かった。淡々とした通知音とともに届いたその文章の下には、絵文字で飾られた続きがあった。
「突然だけど、再婚することになったの。会ってくれないかな? 相手が挨拶したいって言ってるの」
目を細めて画面を見つめながら、私はしばらく無言だった。会う理由なんて、どこにもない。でも、ほんの少し——ほんの、ほんの少しだけ——胸の奥にざらつくものがあった。私は、どうしてこの誘いを断らなかったんだろう。
数日後、私は久しぶりに地元に戻っていた。
見慣れた商店街の風景は、微妙に変わっていた。古くて埃っぽい文房具屋が、洒落たカフェに変わっていた。通りすがりの子どもたちが、制服のままソフトクリームを食べていた。私が欲しくても手に入らなかった、あの甘くて冷たいものを。
そんな風景の中に、私はまるで異物のようだった。呼吸が浅くなる。歩くたびに、記憶が押し寄せてきて、足元がふわつく。
母が指定してきたのは、小綺麗なレストランだった。昔からこの街にあるちょっと気取ったイタリアンに勿論私は行ったことはなかった。
「ここ、たまに来るの。オシャレでしょ?」
母はそう言って、にこやかに笑った。
私の記憶の中の母より、少し老けていた。でも、相変わらず化粧は濃く、髪には無理に若さを取り繕う色味が差されていた。実際、同年代の女性に比べれば随分と若い見た目ではある。服も、明らかに年相応ではないミニ丈のワンピースに派手なネイル。ブランドのバッグを見ると心にチクリと痛みが走る。私が贈った折り紙を無造作に突っ込んだあのバッグに似ている気がした。
隣に座る男は、母よりひとまわりは若く見えた。三十代半ば、聞けば三十五だという。もっと胡散臭い男を想像していた。ホスト崩れとか、チンピラみたいな。でも彼は、意外にも礼儀正しく、清潔感があった。スーツもよく似合っていた。
「はじめまして。リカさんですね。お母さんからいろいろ聞いています」
その“いろいろ”に、私の幼少期の話が含まれているとは到底思えなかった。
「とても頑張り屋さんで、しっかりしてるって」
ああ、やっぱり。その言葉が出た瞬間、心のどこかで冷めた笑いが漏れた。
食事は形式的だった。前菜、パスタ、肉料理。会話はほとんど母と婚約者のもので、私は相槌を打つ程度だった。二人は料理に合わせて美味しそうにワインを飲んでいたが、私は飲みたいとは思わなかった。
「これからは、家族としてやっていけたら嬉しいなって思ってるんです」
男がそう言った時、私はフォークを置いて、黙って水を飲んだ。その言葉の軽さに、喉が焼けるような気がした。
何も知らないくせに。
何一つ、分かってなんかいないくせに。
食後のコーヒーが運ばれてきたタイミングだった。母が突然、ふわりと微笑んだ。
「そうそう、あなたね、お姉ちゃんになるの」
……は?
一瞬、時が止まったように感じた。
母は、穏やかな笑みを浮かべながら、自分の腹に手をあてた。慈しむような、優しげな仕草で。
「できちゃったのよ。びっくりでしょ? でも、すごく嬉しいの」
嬉しそうに語るその声が、まるで遠くから聞こえてくるようだった。
吐き気がした。喉の奥から、どろどろとした黒い感情がせり上がってきた。
——この女は、また子どもを作ったのか。
——あんなふうにしか私を育てられなかったくせに、今さら“母親”をもう一度やり直すつもりか。
——それに飲酒もしていなかったか?妊娠しているのに?正気か?
ふと、レストランの装飾の中に、目につく花があった。テーブルの横の棚に飾られた、赤いカーネーション。そうだ、今日は母の日だった。雑貨屋で見た、あのPOPの言葉が頭をよぎる。
「お母さんに、ありがとうを伝えよう」
——ふざけんな。
私の中で、長い間押し込めていた何かが、静かに音を立てて崩れはじめた。
「嬉しいの」
「今度こそ、ちゃんとした家庭を作りたいと思ってるの」
「リカも、きっといいお姉ちゃんになれると思う」
母の言葉は、まるで水のように流れていった。中身のない言葉。うわべだけの、軽い音。
私は、コーヒーカップを見つめたまま何も言わなかった。表面に浮かぶ泡の輪が、ゆっくりと壊れていく。それが今の私の気持ちのようだった。
「……そうですか」
そう言った自分の声が、他人のもののように聞こえた。その言葉を皮切りに、口が勝手に動き始めた。
「じゃあ、私の子ども時代の話でもしましょうか」
母が、動きを止める。隣の婚約者が、少し身を乗り出した。
「私は、家事をするのが当たり前の子どもでした。掃除、洗濯、炊事。学校の宿題は、夜遅くにまとめてやりました。母がいない夜が多かったから」
「……リカ、ちょっと……今、そういう話……」
「黙って」
私は母の言葉を、感情のない声で遮った。
「お金の使い方も、私が把握していました。母に家賃や電気代を催促して、お金をもらって、コンビニや大家さんの家に支払いに行く。そのたびに、母は私にこう言いました。『ねえ、お金使いすぎじゃない?』って」
婚約者の表情が引きつるのが見えた。母は視線を逸らして、コーヒーに口をつけるふりをした。手が震えていた。
「私は、おしゃれがしたかった。お菓子も欲しかった。かわいい文房具も。そんなことはできなかった。だって必要最低限の生活費であんな厭味をいわれるんだから。自分の我儘なんて言えるはずがなかった。でも母は、ブランドバッグを買って、毎晩のように男と出かけていた。小学生の頃の母の日も、私が折り紙で作ったカーネーションを、無言でハンドバッグに突っ込んで数日帰ってこなかったこともあったね。帰ってきたとき、その花は、ゴミ箱の底にくしゃくしゃになって捨てられていたっけ」
一瞬、レストランの空気が凍ったように感じた。周囲の客の話し声が、遠くなった。
「母の日に“ありがとう”を伝える? そんな言葉、私の人生に一度も存在しなかった」
私は、ゆっくりと立ち上がった。母の顔を、真正面から見据えた。その目は、大きく見開かれていた。まるで、初めて私という存在を見たような表情だった。
「今度の子も、きっと不幸になるね。…だって、あんたが母親だもの。というか妊娠中にワイン飲むなんて産む気あるの?」
「お、お酒はリカの時も大丈夫だったし…」
「あんたなんて、地獄に落ちればいいのよ」
それは、心の底から出た本音だった。恨みでも、怒りでもない。ただ、それだけが、今の私の“事実”だった。
カーネーションが飾られた店内。「母の日限定メニュー」と書かれた黒板。その全てが、今となっては滑稽だった。私は、振り返ることなくレストランを出た。背後で呼びかける声があったかもしれない。けれど、私はもう、振り向かなかった。
レストランを出たその日、私は一人でビジネスホテルに泊まった。母と会ったその町で、一晩過ごすことすら最初は嫌だった。でも、電車に乗って逃げるには、少し体が重すぎた。
窓の外、夜の街はやけに静かだった。ネオンサインの光が、ぼんやりとカーテンの隙間から差し込んでくる。私はそれを見つめながら、感情の波が引いていくのをじっと待った。
何も感じなかったわけじゃない。でも、不思議と涙は出なかった。
怒りや悲しみは、とうの昔に擦り切れていた。あのレストランで、私が放った一言は、きっと母にとって衝撃だっただろう。でも、私にとっては、あれがようやく“スタート地点”だった気がする。
翌日、朝一番の電車で街を離れた。もう二度と戻ってくることはないと思った。
数日後。婚約者からメッセージが届いた。食事に先立って連絡先を交換していたのを今の今まで忘れていた。
「突然すみません。リカさんにどうしても伝えたくて。あの後、お母さん、流産しました」
驚きより先に、ため息が出た。やっぱり、と思った。どうせあの女の事だから高齢出産ということなんて気にせずに遊び歩いていたんだろう。それに飲酒だってあの食事会の時だけということもないだろう。お腹の赤ちゃんはかわいそうだけど、この結果はあの女の自業自得だ。いや、産まれてこない方が赤ちゃんにとっては幸せだったのかもしれない。
「本人も、だいぶ落ち込んでいて。良かったら、会って話をしてあげてくれませんか?」
続けて送られてきたその文章を、私は無言でスクロールし、最後まで読んだあと、何の迷いもなく婚約者をブロックした。
それが、私にとっての“終わり”だった。
携帯を置いて、私はカーテンを開けた。昼間の光が、部屋の中に射し込んでくる。
今日は、洗濯をして、コンビニでアイスを買って帰ろう。
少し高めの、チョコレートのやつ。
小さな頃の私が、きっと欲しがったもの。
私はもう、誰かのために犠牲になる子どもじゃない。
そして、誰かの傷を癒してあげる優しい大人でもない。
自分の人生を、自分の手で歩くだけ。
それが、あの母に育てられた私にできる、たった一つの報復だった。
母の日に伝えること 広川朔二 @sakuji_h
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