第4話

「はひゅぉ~~……。」

 自分でも出した事のない感嘆の声が出た。葡萄の彫刻が施された本棚に、スズランの花を模した照明。地下室は学校って言うより、ちょっとレトロな洋館って感じだった。

「この雰囲気なら、魔法の本があってもおかしくないかも。」

 何気なく目に留まった本も、黒い布の表紙に金の刺繍が施されてて、いかにも「ぽい」!思わず手に取ったら、なんと、背表紙がバナナの皮みたいにべりりと剥がれ、ページと表紙が分離!

「うわあーーごめんよぉ!」

 本に謝りながら慌てて落ちたページを全部拾う。ひとまず上の階に戻って先生に伝えなきゃ!よし、回れ右!

「……え。」

 視線の先の暗がり。そこで動く黒っぽい何か。本棚の影かと思ったけど、ひとりでに動いてるから違う。でも本棚と同じくらいの背があるから、人でもない。長い尾、太い脚、そして長い首の先にある、不自然に大きな顔。その顔がパカッと二つに分かれ、鋭い歯がずらりと並ぶ口が見えた。

「……!」

 声を上げそうになるのを、手で覆って堪えた。でも、

 バサッ!

 さっき壊した本のページが手からこぼれ落ちて音を立てた。黒い影がこちらを向いた。何も無いはずの顔と、目が合った。

 黒い影は咆哮し、こちらに走って来た!

「わああああーーーー!!!」

 私は回れ右をして走りだす。怪物は体が重いのか、走るたびに部屋全体がドスンドスン揺れる。絶対普通の生き物じゃない!もしや魔術書に封印されてたっていう魔物!?

「これあげるから勘弁してください――!」

 私は半べそをかきながら、鴻先輩にお礼としてあげるつもりだった土筆を黒い影向けて投げる。だが、影は首をしならせて土筆を弾き飛ばし、その反動を使ってこちらを長い首で薙ぎ払ってきた!

「ひぃやああああ!!?」

 咄嗟に床に伏せて避けたけど、怪物の首が本棚にぶつかって、私の上に本がいくつも降って来た。背中と頭がじんじん痛んだ。でも、かまってられない!早く、階段を上がって逃げないと!

「はあっ、はあっ!確か、こっち―!」

 記憶を頼りに本棚の間を走り、通路にぱっと飛び出すと、正面に怪物の尾。それがパカッと二又に分かれ、鋭い牙を覗かせた。―これ、尾じゃない!もう一つの頭だったんだ!

「ああ……!」

 シリリリリッという何かがこすれる様な声を上げ、その頭が私にかぶりつこうとした時

「いた!」

「ぐえ!?」

 誰かが私のセーラー服の襟を後ろから思いきり引っ張り、怪物から引き離した。よろめいた私の目に映ったのは

「鴻先輩?!」

「走って!」

 先輩が、今度は私の腕を引っ張り走りだす。私も必死で棒のようになった足を動かし、もつれながら走る。私に噛みつこうとした頭の方に怪物は進めないらしく、方向転換にもたついていた。その隙に、鴻先輩と私は本棚を抜けた先にある、小さな部屋に駆け込んだ。

「ふぅ……。」

 部屋に入った先輩はドアにカギをかけ、一息ついた。「ひとまず、これで安心です。」

「ありがとう、ござい、ます……。」

 安心したら足から力が抜けて、私はしゃがみ込んだ。呼吸を整えながら、周囲を見渡す。電気が点いておらず暗いが、机に本棚、それに黒板があるのが分かる。

「怪我はありませんか。」

「はい、大丈夫、です。」

 私が答えると、鴻先輩は私の前に正座し、スッ、と頭を下げた。

「え、えええ!?先輩どうしたんですか!」

「申し訳ありません。あなたを危険な目に遭わせました。」

 頭を下げたまま先輩は答えた。「本来、ここには誰も入れないよう施錠してあります。だのに、鍵が開いていた。完全にこちらの落ち度です。」

「い、いえ!好奇心で入った私も悪いんです!」

 思わず私も正座になる。

「それに、結果的に鴻先輩に会うって目的は達成できましたから。」

「僕ですか?」

「はい!今朝助けていただいたお礼がしたくて。これ、今朝採れた土筆です!卵とじがお薦めですよ!」

「僕の名前もご存じなのですね。」

 先輩は土筆を押し返しながら私に尋ねる。

「あ、はい!すみません、こちらからは名乗りもせずに。私、春野蓮華といいます!先輩の事は霧品先生から聞きました。」

「……僕をダシにしたなあのクソ狸。」

「え?」

「ところで春野さんは、あの黒い影が見えるのですか?」

「は、はい、見えます。」

「成程。当たって欲しくない予想が当たりました。」

 鴻先輩は大きくため息をついた。

「春野さん、今から僕の言う通りにして下さい。今から僕があの怪物を階段から離れた場所に誘導し、仕留めます。その隙に、あなたは地上へ逃げてください。」

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