第2話「警部、有珠来乖離」

 *


「しかしだ、久しぶりだな、鹿しか君。君に会うと思うと、俺は昨日から眠れなかったよ」


「冗談はその辺りにして、さっさと本題に入って下さいよ。有珠うすらい警部」


「冗談は君の胃袋だろう。一体どうしてそこまで肉を食していながら――その体型を維持できているのか、俺には不思議でならないよ」


「太らない体質なんですよ。っていうか人の体型をあれこれ言うの、今の時代、ハラスメントですよ」


「そうだな。失礼した。普通は、そういうのは大人になるにつれてだるんだるんになっていくものなのだろうけれどね」


「じゃあ、私はきっと長生きできないんでしょうね」


「したいとは思わないのかい」


「まあ、50くらいで死ねればと思います」


「短命だね」


「探偵としては、長生きな方でしょう」


「そりゃそうだ」


 高級焼肉店の個室にて、私は肉を頬張っていた。


 肉、肉、野菜、野菜、肉、肉、野菜、肉、の順番で、続いてランダムに口に放り込み、丁寧にしゃくして、胃へと流し込む。


 会計は警部持ちだというので好きに食べられる。


 人の金で食う肉は美味いのだ。


「私への依頼料は、基本的には食事でお願いしていますからね。それが承諾だと思っていただければ、それで結構です」


「普段どうやって生活しているんだい、それで」


「こうして依頼を受けて、食いだめしているんですよ。一度にがっと食べて、栄養補給をするんです」


「人間の身体はそういう風には出来ていないよ、全く」


 そう言って有珠来警部は、少々焦げた肉を取り、食べた。


 発がん性物質だと分かっていても、実は少し焦げている方が美味しい時もあるのよな。


 料理を平らげて、エプロンを丁寧に畳んだ。


 流石に私も大人のレディなので、ゲップはしない。


「それで? 今回の依頼は何ですか」


「ああ、その件なんだが――今回は、殺人の可能性のある事件だ」


「殺人の可能性のある、という言い方が、既にもう何だか含蓄がありますよね。どうしてすぐに殺人事件と言わないのか」


「警察でも、どちらか判断付きかねている事件なんだ。取り敢えず、人が一人死んでいる」


「そうですか」


 私は一応、口調を整えて言う。


 5年も探偵をやっていれば、人死ににも慣れてしまうものなのだ。


 ただ、人は死ぬ。


 その純然たる、そして絶対的な事実から目を背けてはいけない。


 それが私の、探偵としての規則ルールである。


「で、どう死んでいたんです」


「マンションの高層階からの落下死だ。被害者は30階在住の苅生かろうさき、30歳女性の、所謂シングルマザーだ。3歳の娘と0歳の息子がいる」


「ふうん。シングルマザーですか」


 片親で、母親側が子供を引き取ったことを、俗にシングルマザーと呼ぶ。


「それがどうかしたのか」


「いえいえ。別にその言葉に差別性だとか世間的評価と照合したかたよった価値観を思いついたわけじゃありませんよ」


「思いついているように見えるけれど」


「今は多様性の時代ですよ、有珠来警部。子供2人作っておきながら片親というだけで差別される理由は、どこにもありません。ほら、改めて私がこう言った所で、誰も何も傷付かないでしょう?」


「それはそうだが……」


「それで。その落下死に何か問題があるんですか」


「問題も問題さ。


「…………」


 鍵か。私は頭の中で、四角い部屋とそのベランダを想像する。


 家族3人だとしたら、そこそこの大きさだろうか。


 夫婦の寝室などは――いや、ないか。


 既に離婚しているか、少なくとも破局しているのだった。一応、そこも確認しておいた方が良いか。


「鍵、となると、。そういうことですか」


「ああ――そういうことになる。外から下を見下ろすための台があり、そこに乗り上がって洗濯物を干していた所を落下したと見られている――が、落下した瞬間の目撃者はいないな」


「その後はどうなったんです」


「通行人が落下した彼女を発見したが、その時には虫の息だったそうで、救急車で運搬されて――後に病院で死亡確認がなされた」


「成程」


 私は箸を置いて、手を合わせた。


 御馳走様でした。


 そして言った。


「分かりました。色々と確認したいことがあります――取り敢えず、お持ちの情報を下さい」




(続)

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