第1話「まえおき」

 *


 生きづらい。


 生きづらい、生きづらい、生きづらい。


 自分が少数派に属しており、それによって多数派、過半数から迫害を受けていることを主張する時の台詞として、この「生きづらい」という言葉は用いられている。


 令和れいわの今は、特にそうだろう。


 多様性という言葉の元、今まで日陰に隠れていた少数派の存在が認められたのだ。


 議論の土俵に上がることのできなかった人達が、表舞台へと姿を現した。


 大衆はそれを良きこととするだろう。


 良いことだ。


 皆が認められて、皆が同じように幸せになることができる時代だ。


 それが令和だ――などとうたっていた、さる市議会議員が横領の罪で逮捕されたけれど、彼女の言うことも一利ある。


 男女も老若も障害の有無も関係なく、皆が平等に生きやすい時代。


 しかしそれは天国であると同時に、地獄でもあるのだ。


 なぜなら、それによって人々は、


 今まで迫害してきた、低所得者や家の無い物、固有の――現代では表記することの許されない漢字を持つ障害者を、社会的弱者を。


 今まで迫害されなかった、高所得者や家をもつ者、普遍的に「一般人」と呼称される人々と、


 それが大変でなくて、苦痛でなくて、地獄でなくて何だというのだろう。


 良いことばかりではない。


 社会的弱者は、今まで持っていた「を捨てなければならなくなったのだ。


 そして挙句の果てに――そういう元社会的弱者は、「生きづらく」なる。


 当然である。社会的な常識人と同等に扱われるということはつまり、同じだけの負担を負うということなのだ。


 もう誰も助けてくれない。


 もう誰も共感してくれない。


 自分から、助けを求めなければ。


 自分から、発信しなければ。


 言わずもがな、そんな自己能動性や精神的可動域など身につけていない元社会的弱者は、間違いなく、現代社会において――


 世は、大後悔だいこうかい時代などと呼ばれている。


 平等を目指したからこそ、浮上したおりが目につく。


 いじめと同じ構図が、社会全体で巻き起こり、至極当然の流れで、そんな浮遊に対して耐性のない元社会的弱者は――自殺を選んだ。


 年間の自殺者数、特に――これから先、生き続けることに絶望した中高生などの青年層の自殺者が急増した。


 そのグラフをかいぎゃく的に取って「だんがいの世代」と呼ばれる。


 私も、その世代の一人である。


 年々急増する自殺者に政府が後手後手に回りながら――それでも私は生きていた。


 恵まれていた、と思う。


 他の皆に比べれば、少々自己肯定感が低いというくらいで、後は平平凡凡な家庭に育ったと自負している。


 否。


 それもまた、恵まれていたのだろう。


 一度として自殺を考えることなく、ここまで生きてくることが出来ているのは、その証左だろう。


 大学を出、探偵として生計たつきを立てて、5年間経った今だからこそ、思うのだ。


 自分は恵まれた人間だったのだ――と。


 探偵という仕事は、どうしたって人の心の闇に触れる。


 あるいは闇の心に。


 犬猫や紛失物の捜索などもあったけれど、やはり主流は、何かを偽証、窃盗、強盗、殺人――所謂いわゆる悪いことの調査、警察との協力が主であった。


 悪いこと。


 何をもって、悪いとするのか。


 その定義は、未だ私の中で、構築中である。




つづく

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