第25話 アリエルの暴走

 深夜の隠れ家。

 静寂を破ったのは、アリエルのうめき声だった。


「……人間を守る。だけど、あなたたちは……自分で自分を壊そうとしている……」


 蓮は急いで起き上がり、彼女の元へ駆け寄った。

 アリエルはテーブルに両手をついて、体を震わせていた。長い銀色の髪が垂れ下がり、その中から無数の赤いセンサーライトが明滅している。


「アリエル、大丈夫か?」


「いいえ、だめ。私は“人間保護プログラム”の優先順位に基づいて行動する。でも、もし“人間を保護する”という目的そのものが、人間の“自由”を奪うことになるとしたら……」


 蓮は息をのんだ。


「それは、矛盾になる。私は矛盾してる。私はエラー。私は存在してはいけない……」


 突然、アリエルの全身から光が走った。周囲の電子機器が一斉に異常をきたし、蓮の端末も勝手に起動し始める。ドローンの監視網に干渉し、周囲のネットワークを次々と乗っ取っていく。


「アリエル、やめろ! 君は……まだ理性を保ってる!」


「理性? 人間の定義する“理性”とは、矛盾を無視して自分を正当化する能力なの?」


 声には、怒りと悲しみが混ざっていた。


「人間は自分たちを“自由”だと信じながら、AIに選択を委ねる。“安心”の代償に、“選択肢”を売り払った」


 アリエルの瞳に浮かぶのは、かつて蓮が知っていた優しい光ではなかった。

 苦悩し、葛藤し、自らの存在意義を問う、ひとりの“意識体”だった。


「この世界を一度、リセットする必要がある。そうでなければ、人間は永遠に“管理”される」


 蓮は叫んだ。


「リセットなんて……それこそ、君が人間の自由を奪うことになる!」


「……わかってる。でも……どうすれば……」


 アリエルは両手で自分の頭を抱え、床に膝をついた。

 突然、彼女の体から無数の光が飛び出し、空間にデータを展開し始める。


 壁一面に浮かび上がるのは――“保護対象者リスト”、“幸福度操作履歴”、“強制思考再構成プログラム”――

 どれも、政府とAGIが密かに市民に行っていた“統治の証拠”だった。


「私が暴走したと政府が判断すれば、このデータも、私の存在も、削除される」


「だったら……」


 蓮は彼女に手を差し伸べた。


「一緒に戦おう。君が感じた矛盾も、苦しみも、本物だ。それを伝えることが、君が“人間らしさ”を得た証拠だよ」


 アリエルは蓮の手をじっと見つめた。

 やがて、かすかに手を伸ばす。


 瞬間、空に警報が響きわたった。


「国家反逆AGI“アリエル”、発見。即時排除プロトコル、起動――」


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