第5話違和感の始まり(後半)

 その日を境に、学校での空気が明らかに変わった。


 まず、綾瀬が学校を休み始めた。理由は「体調不良」らしいが、如月からの話では、LINEも電話も繋がらないという。


「やっぱり氷室、何かしたんじゃ……」


 如月の言葉が頭から離れなかった。


 


 その数日後。教室の掲示板に、ある張り紙が貼られた。


《綾瀬美月は男子生徒を誘惑するビッチです。関わらない方がいいです。証拠の画像あります。》


 血の気が引いた。


(まさか、レイカ……?)


 誰もが貼り出した犯人を探していたが、決定的な証拠はなかった。けれど俺にはわかる。

 ――あれはレイカだ。あんなことを平然とやれるのは、あの子しかいない。


 なのに、当の本人は平然としていた。


「綾瀬さん、最近見ないね。何かあったのかな?」


 そう言って、無垢な笑顔を浮かべながら、俺の腕に自然に触れてくる。


「勇太くんが心配しすぎちゃうと、私……悲しくなるよ?」


 その一言で、言葉を詰まらせるしかなかった。


 俺は、レイカに“捕まっている”。


 周囲から見れば羨ましいかもしれない。でも実際は、彼女の優しさも笑顔も――すべて、鉄格子のように俺を縛る鎖になっていた。


 


 放課後。帰り道で、思わず聞いてしまった。


「……綾瀬に、何かした?」


 レイカはぴたりと歩みを止める。そして、ゆっくりと俺を見つめた。


「どうして、そう思うの?」


「……張り紙。内容が……明らかにおかしかった」


「そっか。じゃあ、逆に聞くね」


 レイカは一歩、俺に近づく。


「もし私がやったって言ったら、どうする? 嫌いになる?」


「……」


「勇太くんが、他の女の子と仲良くするから悪いんだよ?」


 その声は、どこまでも優しかった。まるで“子どもを叱る親”のように。


「綾瀬さん、勇太くんのこと見てたよ。ずっと。……私、許せなかった」


 レイカは笑っていた。とても綺麗に。


「でも大丈夫。もう全部“処理”したから。だから……ね?」


 ね、って何だよ。


 そのとき初めて、心の底から、怖いと思った。


 この子は――本気で俺のためなら、何でもする。


 そう、命すら――奪えるような目をしていた。


 


 帰宅して、部屋に入った瞬間。


 俺はその場にへたり込んだ。


(……どうする? このままじゃ、俺も、周りも危ない)


 スマホを握りしめる。レイカからのメッセージは止まらない。


《今、なにしてる?》

《さっきの話、怒ってる? ごめんね。》

《勇太くんは、私だけのもの。忘れないでね?》

《今日、夢に出てきてくれると嬉しいな》

《おやすみ、大好きだよ》


 俺は、スマホを伏せた。


 逃げる? でも、逃げたら――何が起きる?


 如月や、綾瀬が巻き込まれるかもしれない。俺の家族にも何かあるかもしれない。


 どうすればいい? どうすれば――


 


 その夜、夢を見た。


 真っ白な部屋の中で、レイカが立っていた。


 笑っていた。


「勇太くん、逃げても無駄だよ。私、ずっと一緒だから。どこにいたって、見つけるから」


「君は、私の“運命”なんだよ?」


 目が覚めたとき、心臓がバクバクと跳ねていた。


 けれど、枕元には一通の手紙が置かれていた。


 便箋に、達筆な文字でこう書かれていた。


《君を、本当に自由にする方法。教えてあげる》


 差出人の名はなかった。


 でも、文末には小さく、こう書いてあった。


《明日、旧校舎の裏で》

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