アウトドアで料理をする-3

 ダッチオーブンはすぐに見つかった。当たり前だ。使用頻度が高い商売道具だ。しまってある場所を忘れるはずがない。棚から取り出して振り返るとイヴと目が合った。目が合うとイヴは目をそらし、俯いた。

 自分を見ていたのだな、と思う。なにか懐かしい気がした。まだ学生だった頃、よく目が合う女の子がいた。その後、何度かデートしたが、今は何をしているだろうか。そんなことを考えつつ、イヴのところに戻った。

「見つかった。使うのが久しぶりだから、ちょっと外の水道で軽く洗ってきてくれるかい。重いから気を付けてね」

「了解です――本当に重い!」

 ダッチオーブンの取っ手を両手で持ち、イヴはムムムという顔をする。10インチのシーカヤックに積んでいくサイズのものだが、それでも6キロくらいはある。弁護士生活ではあまり持たない重さだろう。

 よいしょよいしょと言いながらイヴは外の水道へ行き、クライブは軒下に積んである薪を手にし、ナタで細かく割っていく。これから焚き火をして火をおこさなければダッチオーブン料理は始まらない。もちろん木炭ならずっと楽に料理できるのだが、キャンプ先で流木を使う方がゲスト受けするので、クライブは木炭をあまり使わない。

 イヴが外の水道で軽くダッチオーブンを洗っているのを横目に焚き火をする炉に行く。どこでも焚き火をしていたら地面にダメージが大きいので耐火レンガで作った焚き火用の炉だ。風の向きで耐火レンガの位置を変えて風除けにする。風向きを確認し、新聞紙に火を点け、割った細い薪で火を移す。その間にイヴがダッチオーブンを両手で持ってやってきた。

「どこに置けばいいですか?」

「耐火レンガの端に」

「はい」

 そしてイヴはしゃがみこんでゆっくりとダッチオーブンを敷き詰めた耐火レンガの上に置く。しゃがみこんだのでストレッチデニムから白いお尻の割れ目が見えた。もちろんアンダーウェアも見えている。本人は気付いていない。

「ぐっ……」

 やっと下半身が収まったというのに……クライブは血を吐く思いで俯き、こらえる。このままでは自分が犯罪者になってしまう。

「クライブ?」

 イヴは立ち上がり、クライブを見上げた。ホッとするが、見上げれば見上げたで胸の谷間がよく見える。かろうじてクライブは聞く。

「な……何を作ろうか」

「本にはローストビーフのレシピがありましたね」

 幸い、イヴはクライブの挙動不審さに気付いていない様子だ。

「うん。冷蔵庫に牛のかたまり肉があるからローストビーフにしよう。あと、根野菜も一緒にオーブンしよう」

「本に載っていた写真は美味しそうでしたからね」

「実際、美味しい。冷蔵庫からいろいろ持ってこようか」

「はい」

 すっかりクライブのアシスタントになっているイヴである。先輩から聞いていたお堅い弁護士の雰囲気はどこにもない。

 2人でいろいろ持って来て、焚き火用の炉の脇に常設してあるアウトドア用のテーブルセットの上に置き、作業を始める。牛かたまり肉をしっかり塩こしょうする。ニンジンは皮をピーラーで粗く剥く。タマネギは皮だけむき、ジャガイモはしっかり洗って皮ごと焼くつもりだ。ニンニクはそのまま焼く。

 その間に太い薪に火が移る。火が安定したらダッチオーブンを火にかける。

「おお……それっぽくなってきましたね」

「こういうのはゆっくり焦らず、楽しみだと思って料理するのがコツだね。今日は天気がいいから特にそうだ。逆に天候が悪いときなんかはもう予定の方を変えてインスタントに切り替えてさっさとテントで寝るに限るし、予定はあってないようなものだとゲストにはいつも言っているよ」

「……予定はあってないようなもの、ですか」

「どう? ここにきてしばらく経つけど」

 シーカヤックに初めて乗ったとか、シャワーが自由に浴びられないとかいろいろあっただろうが、特にランチは衝撃だったかもしれないと思うと申し訳ない。

「毎日が楽しいですよ。昼の時間が長いからじゃなくて、本当に1日が長くてゆったりしています」

「暇していないといいんだけど」

「どうしてそんなことを言いますかね?」

 イヴは膨れた。クライブ的には一応確認しておきたいところだったのだ。

 火が強くなってきて、ダッチオーブンから白い煙がたち、クライブは皮の厚い手袋をして蓋を取る。白い煙がたつのは前回使ったあと、手入れで塗った油が燃えているからだ。この油が細かい穴が多い鋳鉄製のダッチオーブンをコーティングして、焦げ付きにくくしてくれる。手入れが必要だが、この油がテフロン加工のような役割を果たすのだ。

 煙が立てばもう肉を焼いてもいい状態になる。クライブはかたまり肉をダッチオーブンの中に入れる。

「ワイルドですね」

「男の料理だからね」

「でもいい匂い」

「最初に焦げ目をつけて、あとでゆっくり弱火にして蒸し焼きにするんだ」

「そうなんですね」

 イヴは目を輝かせてクライブを見る。本当に楽しそうだ。

「じゃあ、肉を転がしてくれる」

 クライブは用意して置いたトングをイヴに渡す。イヴはおどおどしながら肉を90度傾け、その面を焼く。

「焦げ目が美味しそうです」

「もっと美味しそうになる」

 普段の会話に戻ってきてクライブは安心する。

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