第24話「言葉のない瞬間に、芽が出る」

言葉にできないものが、たしかにある。


それは、景色だったり、

誰かの笑顔だったり、

ふと流れた涙の理由だったり。


晶は、それを知った。


スピーチ大会のあと、

語彙の花を持ち寄った日々のあと、

また日常が静かに戻ってきた。


だけど、ひとつだけ変わったことがある。


それは、「黙っている時間に耳を澄ませられるようになった」ことだった。


ある日、教室の窓から見た空が、すごくきれいだった。

だけどそのとき、晶は何も言わなかった。


「言葉にしようとしたけど、

なんだか、それじゃ壊れてしまいそうで」


凛が隣で、「何も言わないの?」と聞いた。


「……今は、ただ見ていたいだけなんだ」


その沈黙を、凛は笑って受けとめてくれた。


放課後。

晶はひとり、ノートを開く。

何かを書こうとして、また閉じる。


AICOがそっと起動し、音もなく起きてくる。


「書かないんですね?」


「……うん。でも、今はそれでいい気がしてる」


「言葉にしないという選択も、語彙の一部です」


晶はうなずいた。


「語彙って、“言えること”だけじゃないんだよな。

言えなかった気持ちにも、ちゃんと種がある。

時間をかければ、それもきっと芽を出すと思う」


帰り道、陽斗が横を歩いてきた。


「今日の空、ちょっと詩みたいだったな」


「うん。でも、“詩みたい”って言った時点で、

そのままじゃなくなっちゃう気もするよな」


「……わかる。

でもさ、そう思えるようになったってことが、

もう言葉の成長かもな」


誰かにうまく伝えられなくても、

語彙がすぐに見つからなくてもいい。


“語彙にできない感情”は、

いつか自分の中で芽吹く準備をしている。


言葉のない瞬間に、芽が出る。


それを信じることができたなら、

きっともう、語彙力という種は心に根を下ろしている。


ことばって、

「言うこと」より「感じること」から始まるのかもしれない。


そして、

「まだ言えない感情」にこそ、

本当の“ことばの芽”が眠っている。


晶は、何も言わず、春の風の中でそっと目を閉じた。

その沈黙は、未来の語彙に満ちていた。


🔚『コトノハ・スプラウト』

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