第12話「ライバルの棘」

「その語彙の選択、意図は?」


廊下の突き当たり。晶が提出した感想文を何気なく読んでいた陽斗が、首をかしげながら言った。


「え?」


「いや、ほらここ。“夕焼けが空を抱いた”ってあるでしょ。

“抱いた”って、どういう比喩の構造? 抽象化の階層が気になっただけ」


「………なに言ってんの?」


その場にいた数人が固まった。

陽斗――晶と同じクラスの文芸部員で、“語彙モンスター”と密かに呼ばれている存在。

口調は丁寧だが、選ぶ語彙が難解すぎて、まるで辞書をそのまま喋っているようだった。


「べ、別に深い意味はないっていうか……感じたまんまを書いただけだし」


晶の声は思わず小さくなる。


「陽斗さんの語彙運用は高度ですが、“読者に届くかどうか”とは別問題です。」


AICOが、いつになく冷静な口調で補足する。


「伝える語彙と、誇示する語彙は違います。

相手に届かなければ、それは“記号”にすぎません。」


陽斗はふっと微笑んだ。


「言葉は、知性の表現だからね。

“届く”だけが正義なら、絵文字とスタンプで十分だと思うよ?」


晶は胸の奥に小さな棘が刺さった気がした。


たしかに――晶の言葉は、まだまだ素朴で拙い。

比喩もうまくないし、語彙だってAICO頼り。

でも、最近ようやく「伝わった」と思える瞬間が増えてきた。

それが、小さな自信になっていたのに。


「……じゃあさ。陽斗の言葉って、“届いてる”の?」


一瞬の沈黙。

それは、意地でもなく、挑発でもなかった。ただの疑問だった。


陽斗は口を開きかけ、しかし何も言わずに黙った。


その日の帰り道。

晶はノートを開いて、今日のやりとりをメモにまとめた。


難しい語を使うと、頭よさそうに見える。

でも、“それで何を伝えたいか”が伝わらないと、ただの音だ。


言葉は飾りじゃない。

AICOが教えてくれたように、“誰かに届く”ことが、語彙のほんとうの力なんだ。


陽斗の棘は、たしかに鋭かった。けど、

その痛みが、晶の語彙の根っこを少しだけ深くしてくれたような気がした。


🔜次回:🌱語彙の芽〈第12話編〉

難語=語彙力ではない!?

“わかる言葉”と“伝える言葉”のちがいを整理しながら、

自分の語彙を“届ける”ものに育てていくためのヒントを紹介!


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