第7話 微睡むブレイクダウン


 時間がスキップするような感覚だった。


 昼と夜の間、夢と現の間、音と静の間。

 その“間”ばかりを漂って、爽の感覚はだんだんとノイズを拾い始めていた。


 ——キィィィン、と、耳鳴り。

 ノイズ? ノイズじゃない。もっと、旋律のようだった。


 「……ッ、音?」


 校舎裏、コンクリートの壁に背を預けて目を閉じる。

 風の音。鳥の鳴き声。誰かの笑い声。


 そのすべての“隙間”に、弦をはじくような音が響いていた。

 ギュイイィィィイン……パチン。

 

 空気を弾くような、重たい弦のうねり。

 

 それは現実の音ではない。

 ——だが、現実よりも重く、深く、沈んでいた。


「うぅ……やっぱり、聞こえるよね」


 芹那の声。

 彼女もそこにいた。

 だが、芹那は今日、どこか“いつもの芹那”ではなかった。


 声にリバーブがかかっていた。

 現実から一歩ズレたところで響くような、残響/狂の女。


「ねえ、爽。世界がずっと“変拍子”だって思ったことある?」


 唐突な問い。

 でも、それはまるでジャズドラムのフィルインのように、奇妙なタイミングでスッと入ってくる。


「リズムが……合わない。あたし、ずっとそれに合わせようとしてた。でも、なんかもう無理で」


 彼女の指が宙をなぞる。

 それはギターのスライドのように滑らかで、同時に苦しげなグリッサンドだった。


「でも……ズレたまま、奏でてもいいって思えてきた」


 芹那の目が、今まででいちばん“音楽”だった。

 咲いた音そのもののようで、凄まじく静かだった。


 それはまるで、ブレイクダウン直前の沈黙。


 爽は、頷いた。


 「……壊れてるなら、俺が拾うよ」


 その言葉に、芹那が微かに笑った。

 

 そして、ノイズが止まった。


 けれど、止まった瞬間——背後で何かが“ポン”と弾けた。


 視界の端。

 制服。

 長い黒髪。

 

 ……誰かがいた。

 

 でも、目を向けたときには、そこには誰もいなかった。


 風だけが、スラップベースのように地面を叩いていた。


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