第6話 名もなき侵食
夢と現実の境目は、少しずつ曖昧になっていた。
目を覚ますたびに、どこかを置き去りにしてきたような感覚。
布団の中で目を開けながら、爽は確信する。
——これは、夢の続きじゃない。
——けれど、昨日の続きでもない。
窓から差し込む朝の光が、妙に静かだった。
風も音もない朝。
世界だけが、ひとりでに進んでいる。
時計の針が、狂っていないことに逆に不安を覚える。
手を伸ばす。肌寒さが指に絡む。何かを忘れている——そんな実感が、鼓動を重たくする。
◆
教室。
日差し。ざわめき。いつもの風景。
その中で、芹那の姿を探す自分がいた。
昨日、あれほど近づいたはずの彼女が——今朝はどこか遠い。
「ねえ、爽。聞こえる?」
背後から声がする。
それは芹那ではなかった。
見たことのない女子生徒。肩までの髪、淡い声色。
どこか影が薄いのに、存在感だけが鮮明だった。
「あの、昨日……話した気がして」
声が遠い。思い出せない。
けれど、何かが疼く。指先の奥、夢で掴み損ねた感触が。
——知らないはずの誰かを、知っているような錯覚。
「ごめん、俺……」
「ううん、大丈夫。忘れてるなら、それでいいの」
微笑み。穏やか。でも、その奥にある“何か”が疼く。
「またね」
そう言って彼女は去った。名も、残さずに。
——残らなかったのではない。
最初から、名がなかっただけ。
爽は、背筋を伝う寒気と共に、確信していた。
——今、現実に穴が空き始めている。
窓の外、空は晴れていた。
けれど、その青の中に、**うっすらと何かの“輪郭”**が見えた気がした。
何かが、名を持たぬまま侵食してくる。
そしてそれは、どこか懐かしい温度を孕んでいた。
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