力に宿りし物語

レドロン

貴方に捧ぐ(エーヴィヒ・リーベ)

 目の前に立ちはだかるひとりの騎士。彼は言葉を交わす間もなく剣を構えた。

それに倣うように俺も剣を握り締める。戦わないという選択肢はない。俺の目的はこの城の奥で、それを護るのが彼なのだから。

 世界から忌み嫌われる彼女と、その彼女を傍で護り続ける男。

紛れもない愛。世界から否定された悲しみの、しかし何よりも美しい愛。

そんな愛を、俺は踏み潰さなければならない。


 覚悟も決まらぬうちに振った剣は、いとも簡単に受け止められる。刃同士がぶつかる甲高い音を聞きながら、今にも滑り落ちそうな柄を必死に握り込む。

 今までもきっと、文字通り全てから彼女を護ってきたのだろう。剣を通して伝わる衝撃はその力を痛いほど伝えて来る。

そう、彼の力の源は彼女。ひいては彼女を護るということにある。

彼が扉の前から動かないのも、俺が吹き飛ばされて態勢を崩しても追撃して来ないのもその証拠だ。そのせいで、こちらを見据える兜の下にある心情が嫌でもわかってしまう。


『放っておいてくれ』


そう言いたいんだろう?

そりゃそうだ。世界から憎まれようとも復讐なんてせず、ただ世界の端で二人で過ごしていただけなのだから。

 だけど、それはできない。

君の大切な人が生まれながらに世界を蝕む運命なように、俺もまた、世界を再生する運命なんだ。だからすまない、世界の為なんだ。

……なんて言わないさ。そんな一言で片づけていいわけがない。俺の言葉すら彼らの邪魔になってしまう。だからせめて、安らかに眠ってくれ。

俺の剣先は、もう震えていなかった。


 確かに殺気を滲ませつつも無理に追撃してこないのは『殺さないから関わるな』というメッセージなのだろうが、きっと彼の性格もあるのだろう。

しかしだからこそ、それは甘えとなる。

徹底的に進む道を阻もうとする動き、それに伴う強固な受け身。

それさえ理解してしまえば、先を読んで隙を突くのは難しくない。


 無理にでも進もうとする俺を止める為に、彼が護る剣から殺す剣になった瞬間。

狙いが明確に俺の首になった振りを屈んで避けつつ、心臓を狙って突き刺す。

殺意を乗せきれなかった者と、殺意のみを乗せた者。

届いたのはどちらかなど、わかりきっていた。


 彼の心臓に突き刺さった剣から血が滴り落ちる。二人とも動きを止めた今、聞こえるのは血だまりが作られる音だけだった。

ゆっくりと剣を引き抜き、彼を壁にもたれかけさせる。動かなくなった彼は、今どんな表情をしているのだろうか。せめて苦しんでなければ良いのだが。


 彼が守っていた扉は何の変哲もない普通の扉だった。しかし、どこか寂しそうな気もする。触れたドアノブの冷たさが、気のせいじゃないと訴えている。

そのまま軽く捻ると、扉はあっさりと開いた。これまで決して開かない鍵が掛かっていたとは思えないほどに。

 自分の足音がやけに大きく聞こえる。当然だ、ついさっきまでの争いから一転しての静寂に耳が慣れてないんだ。

……いや、足音の間隔がだんだん早く…ッ!?

 首元に迫っていた攻撃を間一髪で防いだ剣は耳鳴りのような音をあげながら手から飛んで行ってしまった。幸い、武器には困らなそうだ。これまでの挑戦者の亡骸だろう武器がいたるところにある。刃が欠けた刀を持ったのも束の間、心臓を狙う一振りが迫る。

無理やり体を捻って避けたものの、肩口は大きく傷が開いていた。


 痛みに耐えながら彼を見た瞬間、頭が真っ白になった。

方法はわからないが治療したのだと思っていた。しかし、俺が貫いた心臓の部分は穴が開いたままだった。

治るどころか中の血肉さえ見え、穴からちょろちょろと流れ出る血は体から血が失われすぎたのだと理解するのに十分だった。

 だからこそ、”理解できない”。

死ぬほどの傷で動けるわけがない。いや、動けたとしても、耐えられるわけがない。

そんな状態でも俺の命を狙う攻撃は止まない……が、それ以外の動きはのろのろと歩くのがやっとのようだ。それもそのはず、動いているのが不思議な状態なんだ。

歩くたびに血が噴き出し、剣を振り下ろす腕はガタガタと震え、今にも崩れそうな足で立ち塞がる。

 その姿を見た俺は自分を恥じた。

せめて苦しまないように……なんていいながらとどめを刺しきれず、むしろ苦しませてしまった。

俺の剣が浅かったのか、彼の生命力が強すぎたのか、そんなことはもはやどうでもいい。一刻も早く彼を眠らせなければ。

体はできるだけ綺麗なまま眠らせたかったが仕方ない。

彼の突きを弾き、その勢いのまま彼の首を刎ねる。


 そのまま頭が地面に落ち、その衝撃で兜が割れた。

沈黙を貫いていた彼の表情は苦しみではなく、だが安らかでもなかった。

何も感じさせない無表情で、瞳には俺の姿が反射していた。

その時、彼の唇が動いた。


「我、如何なる苦痛も、汝と離るる苦痛たりえん」


それは、まるで詠唱のようで。


「我、死の神ですら、汝と別つこと叶わん」


それは、心の叫びのようで。


「我、動かぬ身体をもって、汝の為に立ち上がらん」


それは、熱をも感じる愛の言葉で。


「我、病める時も、健やかなる時も、汝を愛すと誓う」


それは、全てを捧げる誓いだった。


「貴方に捧ぐ(エーヴィヒ・リーベ)」


 言葉を終えた途端、落ちたままの頭はこちらを見据え、伏した体は音を立てながら

起き上がる。首と心臓の穴から血を垂れ流し、一歩、また一歩と近寄ってくる。

震える腕が構える剣は、真っすぐ俺に向けられていた。






禁術:貴方に捧ぐ(エーヴィヒ・リーベ)


蘇生"される"術。

術者が事前に自分自身に唱えることで発動待機状態になり、命を落とした時に自動的に発動する。

愛する者が存在する時に唱えることができ、愛する者を想うことで発動し、蘇生される。

ただし、蘇生されるといっても死ぬ前の体に元通りになるわけではなく、老いも病も外傷もそのままである。もちろん苦痛は感じ、状態によってはまたすぐに死ぬこともある。

故にこれは万能の不死などではない。魂を手繰り寄せ、体を突き動かす。

愛の執着の形である。


詠唱:

我、如何なる苦痛も、汝と離るる苦痛たりえん

我、死の神ですら、汝と別つこと叶わん

我、動かぬ身体をもって、汝の為に立ち上がらん

我、病める時も、健やかなる時も、汝を愛すと誓う

貴方に捧ぐ(エーヴィヒ・リーベ)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

力に宿りし物語 レドロン @meronpan0402

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ