頼み事
「それで?今日も用事があってやってきたユスティナの用事は何?」
「頼み事だな」
「頼み事……?」
ユスティナから僕への頼み事。
そんなこと、初めてなのではないのだろうか?
「うーん。これを頼むに至った背景状況に関してはまぁまぁ複雑で、まず、これを頼めるのが王戦において中立の立場にある人間であることが大前提。その上で、中立の立場であっても権力をもっていない人間であることも条件として付けくわえられる案件なんだよな」
「……どんな条件?」
すっごい条件だ。
それを満たしている人間なんて……。
「まぁ、僕か?」
「あぁ、そうだな。レアはしっかりと満たしている。どこかの騎士に頼む予定でもあったんだが……既に三人ほどがこの一件に触れ、そのまま姿を消していてな。実力者であることも求められている」
「我、十歳」
「だが、君は我が国の武道会で圧倒的な成績を残している神童だ。ありとあらゆる人が君の実力を高く評価している」
「まぁ、そうだね?」
この国で毎年行われているかなり大規模な催しものである武道会。
U15の部門で三年連続優勝。今年はもう飛び級してU20の部門に行き、そこでも優勝した僕はありがたいことに明確な強者としてこの国で認めらている……これが転生者というズルを持っているからこその結果であるということにはちょっと僕は心が痛いし、これからを思うと胃が痛いけど。
早熟の天才として終わってしまう可能性が高くて毎日ドキドキですわ。
「背景状況は分かった。それで?結局、僕に頼みたいことって何なの?」
「オーロイのスラム街を知っているか?」
「オーロイのスラム街……あぁ、馬鹿貴族がやらかした結果生まれたあの?」
「あぁ、それだな」
オーロイのスラム街。
そこはとある辺境伯家があり得ない下手をうった結果生まれてしまったスラム街だ。ルース王国の中で最大、どころの話ではなく、世界最大のスラム街がこのオーロイのスラム街なのだ。辺境伯家の領土すべて。それがオーロイのスラム街の範囲だ。
「なるほど。確かにそこで起きていることなら中立の人間が求められるのも納得だね」
そんなところでで大きな存在感を発揮してスラム一帯を自分たちの勢力圏とした上で治安回復に努め、それを成功させたりしたら王位継承戦で一気に有利になる。
互いに互いが拮抗している今の状況で、何処かの勢力がここに手を出そうとすれば、他の勢力が止めに入ることは想像に難くない。
中立の権力ある貴族に頼むというのもそう。
ここを中立の人間が手中に収めた、なんてことがあれば王位継承戦が終わった後の時が不安だ。国王の権力をそいつが凌駕しかねない。
「上のゴタゴタに民が巻き込まれていると思うと最悪の状況だけどね」
「……それを言われると耳が痛いばかりだ」
「それで?そこで何が?」
「連続殺人事件だ。何か、大きな組織が動いている」
「……?いくらでも転がっていそうな話だけど」
「まぁ、そうではあるんだが……今回はちょっと規模が違う。ただのいち犯罪組織による犯行……ではない、というのが上の認定でな。規模があまりにもデカい。被害者は既に1000人を超えようとしている」
「……嘘でしょ?」
「本当だ。流石に看過できないと判断した」
「そんなところに僕を一人で行かそうとしていることが信じられないけど」
「……それは、理解している。その上で、頼めるのが君しかいない。お願い出来ないだろうか?」
「んっ、了解したよ。上のゴタゴタで、民が被害を受けている。その状況をずっと静観しているような人間にはなりたくない」
「助かる」
「でも、大々的には動かないからね?普通に怖いし。最初は潜入して情報を集めて……って感じでやっていくから、そんな早く結果を出すことを求められると困るよ?」
「わかっている。こんな大事件をたった一人に背負わせようとしているんだ。そんな愚かな真似はしない。そんな真似、絶対に私が許さない」
「……君が許さないのはちょっとあれなんだけどぉ」
「不服だな。せっかく君の幼馴染が守ってあげようとしているのにその態度なの……実に不服だぞ?」
「僕の家は中立なんだよ!……お父さんからユスティナとの距離が近い!って怒られるのは僕なんだからね?」
「はっはっは!このままお前は私のものにしてやる!……悪いようにしないと誓うぞ?」
「辞めてよねっ!?そんなことされたら大変なことになっちゃうよ!?……もういっそのこと、王位継承権保持者全員と仲良くなろうかな?」
「おっと。それは辞めてもらおうか?……そんなことされたら、お前のことを愛してやまない私がどうなってしまうかわからないぞ?」
「冗談は辞めてよね」
真っすぐ見据えてくるユスティナの言葉を軽く受け流す。
「……冗談では、ないのだが」
「はいはい。それじゃあ、僕は準備してくるから……お父さんに挨拶でもしてきてよ」
「すでにしてきているさ。今日のところは大人しく帰るよ」
「んっ。そうしてよね。それじゃあ。また今度」
「あぁ、また……必ず」
僕はユスティナと別れ、スラムに向かうための準備を始めていくのだった。
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