十歳
僕が異世界に転生してから早いことでもう十年。僕は十歳になっていた。
そして、その十年で僕はすっかり異世界の人間に染まっていた。
異世界であるここの言語は当然日本語ではないが、特に勉強したりすることはなく自然と周りの人間の言葉を覚えることが出来た。これが赤ん坊の吸収能力なのかと恐れ慄いたね。
すぐに言語を覚えられたおかげで僕の現状については一歳となるよりも前に知ることが出来た。
僕の名前はレア・フリューズ。フリューズ辺境伯家という大貴族の嫡男としてこの世に生を受けていた。
貴族として生まれた僕はここまで優れた教育を受けながらぬくぬくと安定した生活を送ってきていた。
文明レベルで言えば近世くらいの世界だというのに、貴族として生まれたというだけで前世よりも楽に生きられていると言ってもいい。
「よし」
そんな僕は今、神童として両親からの期待を背負って立っている。
転生者である僕が年相応を見せるのはちょっと無理だった。幼児のふりをするのは難しかった。
神童。そう期待されている僕の実態はただ前世を持っているというだけのズル野郎なんだけど……うぅん、自分のことを愛してくれている両親を失望されるわけにはいかない。
そんな思いを抱える僕は周りからどれだけ神童と褒められても慢心せず、せっせと日々自分を高めるべく生きていた、つもりだった。
「今日も頑張りますかぁ」
そして、今日もまた、僕は自分自身を高めるために一人、中庭へと出ていた。
貴族としての責務は数多あるが、魔物と戦う。これが最も象徴的な責務と言える。この異世界に存在している人を襲う醜悪な化け物である魔物。これを倒し、民衆を守るというのが貴族の責務であり、当然、貴族にはそれを行えるだけの強さが求められている。
周りに恥じないだけの強さを得る。
それがとりあえず今の僕の方針だった。
「まずは素振りから行きますか」
持ってきていた木刀を構える僕はそのままこの場で素振りを開始する。
「ハッ、ハッ、ハッ」
教育係として週に三回ほど剣を教えてくれるお師匠の言葉を思い出しながら、僕は素振りを繰り返していく。
「こんなものかな?」
一時間ほど続け、体もあったまってきた僕はそれを辞め、木刀を片付ける。
そして、次に行うのは走り込みや筋トレなどといった基礎的なものだった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
それを僕はバテバテになるまで続けていく。
満足するまでやり終えた頃の僕はもう地面に寝そべり、呼吸を荒げていた。もう……限界だ。これ以上はちょっと体を動かせない。
今日はもうこれで終わり。
「ふぅー」
ある程度息を整えた僕はちょっと痛む体を起こして、立ち上がる。
「次に行こうか」
体を動かすのは終わり。
ここからはちょっとしたお楽しみの時間だ。僕は両手を合わせる。
「……蒼炎」
そして、詠唱を唱える。
その次の瞬間に僕の手元より蒼い炎が溢れでる。
それを両手を伸ばして縦に広げていった僕はそのまま、弓を射るような動作を取る。蒼い炎はそんな僕の動きに答え、その形を弓と矢のものに変えていた。
「蒼天弓」
僕が手を離せば炎の弓より炎の矢が射出され、花壇などが置かれている中でポツンと無造作に置かれている大きな的に直撃する。
「ふふふ……美しいね」
その様を見て僕は満足げに頷く。
この世界には異世界らしく魔法があり、この世界を生きる僕もまた、魔法が使えるようになっていた。
「ふふふ、魔法で蒼い炎。僕の厨二心がくすぐられちゃうね」
前世の分も換算すればそろそろ三十も見えてくるアラサーになってしまった僕だが、それでもやはり魔法というのはテンションがあがる。
何度使ってもテンションがあがるね。
「相変わらず美しい魔法だな」
「んっ?」
自分の魔法にご満悦となっていたところで、一人の少女の声が耳へと入ってくる。
「どうだ?元気にやっているか?レア」
「もちろん。僕は何時でも元気だよ」
声がしてきた方に視線を向ければ、そこにいるのは一人の少女だった。
腰にまで伸びる赤い髪とキリっとした赤いツリ目が特徴的な美人さんである彼女の名前はユスティナ・ルースマルク。ルースマルク公爵家の長女であり、僕の五歳年上な幼馴染だった。
「それで?今日は一体何の用?」
「何打?用がなければ来てはいけないのか?ずいぶんと薄情な奴だな」
「ん?別にそんなことないけど、用がある時にしか来てくれないのはどちらかな?」
「ふっ、随分と言うじゃないか。だが、私は王位継承候補の一人だ。そうそう会いに来れるようなものでもない。君の方から会いにきてくれてもいいではないか。一回も君から来てくれたことはないだろう?」
ユスティナが言う通り彼女は僕の住まうルース王国の王位継承権を持ち、現在空席となっている王位を巡って争い合っている王位継承戦に挑む者の一人だった。
「私は君が遊びに来てもらえること待っているのだぞ?」
「ハハハ」
ユスティナがそんな人だからこそ、僕は気軽に遊びにいけないのだ。
うちの家は王位継承戦に中立の立場を取っている。そんな家の嫡男である僕がユスティナの元へと遊びに行ってしまえば、家全体がユスティナに偏っていると周りから見られかねない。
だからこそ、僕はユスティナの元に遊びに行くわけにはいかなかった。
「まだ十歳の僕に会いに来いって方が酷いと思うけどぉ?」
「ふっ、まだまだおこちゃまだな」
「うるさいよ」
なんてことを素直に言えるわけもない僕はとりあえず、いつものように年齢を出してはぐらすかのだった。
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