第12話 失恋
1992年10月27日火曜の放課後。
西日が差し始めた【ロクロク】には、いつもの5人がいた。
いつもは一番うるさい健司が、バドワイザーを前に、ラークをくわえたまま黙っている。どこか遠くを見ているような目だった。
「……どうした健司? 女にでも振られたのか? ははははっ」
奥から顔を出した尽さんが軽く茶化すように言った瞬間──
純平「うわっ、尽さん!それ禁句!」
慌てて手を挙げ、大輔と恭一、竜も小声で「マズいマズい」と呟く。
4人が健司の方を見ると、彼はテーブルに突っ伏して、絞り出すように言った。
「うううぅ……りえ……」
尽「えっ!マジだったのか⁉︎スマン……」
純平「いや、大丈夫っすよ。ぜんっぜん関係ないっすから」
大輔「昨日の貴花田と宮沢りえの婚約です」
恭一「こいつ、宮沢りえの大ファンでショック受けてるだけです」
竜「まぁ悲しんだところで、そもそも健司はノーチャンスなんだからさ〜」
すると、
「んなことねぇよ!」
健司が顔を上げて叫ぶ。目はうるんでいた。
「オレだってな、りえの裸だって知ってんだぞ!」
大輔「サンタフェ見ただけだろっ‼︎」
「尽さんコイツ去年、友達の兄貴に頼み込んで入手してたんすよ」
尽「……そ、そうか、大変だな。ポテト、サービスしとくよ。ほら食え、元気出せよ」
健司「やってやる……貴花田とオレ、どっちがりえを幸せにできるか……勝負だ!席替えだ!」
「はぁ〜出たよ……」
大輔がため息をつきながら立ち上がる。
⸻
◆ 貴花田派 :純平、大輔、恭一、竜
◆ 京谷健司派:健司
健司「オレはりえを愛してる! 愛だけは負けない! オレは何があっても、りえに一途なんだ!りえママも含めて愛してみせる!」
貴花田派からは、次々と冷静な反論が飛ぶ。
「いや、貴花田も愛してるだろ」
「経済力が違いすぎる」
「そもそも、健司は学生だしムリ」
「りえママに返り討ちにされるぞ」
「宮沢りえと接点がないだろ」
「“サンタフェ”見て喜んでるようじゃ、ムリだろ」
健司は次第に言い返せなくなっていった。
「じゃあ、投票するか」
恭一がいつもと180度違う、落ち着いたトーンで言う。
「貴花田派はビール上げてくれ。せーの、はい」
4本のビール瓶が、静かに持ち上がった。
残る1本──健司だけが動かない。
「そりゃそうだろ、勝負にならんべ」
純平が笑う。
「貴花田が幸せにしてくれるって」
大輔が続ける。
「滑稽すぎるぞ」
恭一も呆れ気味。
「……観月ありさのファンになったらどうだ?」
竜がぽつりと提案すると──
「うわあぁぁぁ〜〜ん!!」
健司が突っ伏して号泣した。
その時、スピーカーから流れてきたのは、ロイ・オービソンの《Only the Lonely》。
淋しい人だけが、今夜の僕の気持ちがわかるんだ。切なく響くハイトーンが店内を包んだ。
恋は想うだけじゃ叶わない。
その事実が、音楽の中で淡く滲んでいった。
⸻
3ヶ月後──
貴花田と宮沢りえは、婚約を解消した。
だが健司は、すでに観月ありさのファンクラブに入会していた。
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