第4話 幸せを諦めさせない
男性保護省からの正式な通達を受けてからというもの山田産業の社長である山田妙子は冷静さを取り戻していた。というより冷静にならなければマズい。未だに狐に化かされているのではと頭の片隅では思うものの、男性相手に何か粗相があってはならない。なにか問題が生じれば冗談ではなく会社が潰れかねない。
先ずは、社員への通達をどうするか。幸い社員の規模は大企業と違いそこまで多いわけではない、社員を一人残らず出社させどこかしらで接点を作り出すことは可能だ。有給の申請をしていようがすべての予定をキャンセルしてでも出社しようとするはず、とにかく社員から不満が出ないようにしなくては夜道を歩けなくなってしまう。
先代である母にも連絡を取る。奉仕活動という、我が社の創立以来最も重要な案件を完璧にこなすため、妙子は人生で一番の激務を追われていた。だが、その顔に暗い影が差すことは一度としてなかった。
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「じゃあ星君、日曜日の朝8時に男性保護省からご自宅へ車が来ますからね。冬樹君と透君も一緒って聞いたけどお泊りするってことよね?」
「うん、初めての奉仕活動だしそのほうがいいかなって思って」
「そうね、先生も賛成だわ。車に乗ったら男性警護課から、二人警備についてくれるそうだからなにかあったら頼るのよ」
遂に初の奉仕活動が明後日に迫った金曜の放課後。俺は担任のかおり先生に最終確認をされていた。かおり先生は一年生から変わらず担任のままだったが、噂で聞くには壮絶な担任争いがあったとかなかったとか。さすがに年齢差があるからか露骨にアピールをされることはなかったが、この世界では教師と生徒の恋愛を縛る法なんてものはない。そういった争いは恐らく全国各地で行われているのだろう。
中等部からは校舎も移り、出会う機会もなかなかないだろうし最後にサービスしておこうか。少し思うところはあるが、先生の手を取った。
「いつも相談に乗ってくれてありがとう! おかげで奉仕活動の練習もできることになったし、かおり先生大好き!」
女性が男性に好意を向けられることの極端に少ない世界。そんな世界だから、俺は好意を振りまき皆を幸せにしたい。だが、前世の記憶がある俺はその行為をどこか冷静になって見つめていた。
「大好き」と告げても本当に交際したり、結婚をしたりするわけではないし、期待させるだけかえって悪質なのではないのか?
俺の考えた理想は無遠慮に相手を喜ばせそして落胆させる。そんな仮初のものでしかないんじゃないか?
そんな想いを今までは抱えていた。それ故、同級生の女子たちにも交友を深め、親密になっていく過程でどこか一歩踏み出せないモヤモヤがあったのだ。
だが、だがしかし、俺はそれを聞いてハッキリと理解する。そんな不安は今ここで消え去るべきものだと。
「あ、あれ、ごめんね? 星君。先生泣いちゃって……」
「でも、こんな嬉しいこと、男の人に言ってもらったのなんて初めてでさ……あは、ハハハ……」
涙を流しそれでも幸せそうに笑う先生は、春の風に少し揺れた髪が彩りを加え、何者にも侵すことのできない美しい姿だった。
世継星として生まれ、過ごしてきた中で。いや、前世の記憶を辿ろうとここまで幸せそうな誰かの顔は見たことが無かった。そしてこの顔を引き出したのは間違いなく俺の言葉なのだと気づき、その瞬間に憂いが消え去る。
もう何も迷う必要はない。俺は俺が思うままの幸福を届けよう、そう決意した。
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「初めまして、【男性保護省 男性警護課】の汐崎美穂と申します」
「同じく警護課の、日比谷優香です」
背が高く恐らく180センチはあるであろう長身の汐崎さんと、背は160センチほどで高くはないが優しそうな雰囲気の日比谷さんが玄関を開けると出迎えてそう挨拶をしてくれた。学校以外で初めて会う大人の女性に冬樹は少しビビっているが、俺たちはそれに丁寧に返事をした。
「世継星です、美穂さんに、優香さん今日は一日よろしくお願いします!」
「えっと、立花冬樹です。ちょっと緊張してるんですけど、頑張って奉仕できるよう頑張ります!」
「京極透、よろしく。お姉さんたちが何かあったら守ってくれるって聞きました、だから安心して今日は過ごせそうです」
冬樹よ、それは頑張りすぎだ。と心の中でツッコミながら、透に目を向ける。ニコっという擬音が聞こえてきそうなその最後の言葉に俺は感心する。出会った時から物怖じしないタイプだと思ってはいたが、ここまで素で女性に笑顔を見せるとは、天性の才能なんだろうなと思う。実際に笑みを向けられた二人は少し呆然としている。
「その、事前にお三方とも女性への恐怖心が少なく友好的に接していただける方だと聞いてはいましたが、まさかここまでとは思っていませんでした」
「そうですねえ、お姉さんたち少し驚いちゃいました」
男性保護省はその名の通り男性が生きていくための様々な支援をする機関だ。そのため二人のような警護課など、実際に男性と出会う機会はかなり多いとされている。それに伴いエリート中のエリートのみが在籍する狭き門だというが、その二人をもってして一瞬呆けるほどなのだ、やはり俺たち三人はどこに行っても特異点的な扱いをされるのだろう。
「あ、あれ? 僕なにか変なこと言っちゃいましたか?」
「いえ、冬樹様そういうわけではありません。我々の挨拶にまともな返事が返ってくることは珍しいですから、少々驚いてしまったのです。申し訳ありません」
そんな会話をしながらも俺たちは車に乗り込み今日の奉仕先へ向かう。山田産業という東京の下町で工場生産を主にしている会社だと聞いている。
「本日の流れですが、到着した後まずは全社員が参加する朝礼を見学していただき最後に激励の一言を貰えればと思います」
「そして……」
そして、工場生産の様子を見学。次に社長さんに会社の歴史などを教えてもらい最後に、社員食堂で昼食を食べて終了。とそういう流れらしい。激励の一言か、何か考えておかないといけないな。
「うわーなにか言わないといけないんだもんねぇ、大丈夫かな僕声小さいしちゃんと聞こえるかな?」
「ふふっ、そうはいってもパニックになって何も言えなくなるかも、とは思ってないあたり冬樹って結構図太いよね」
「そうだな、俺もそう思う」
この四年をかけて女子に慣れた二人はやはり心強いなと再認識しながら、透の言葉を俺は肯定した。そうして、車は何事もなく目的地に到着し降車する。
「じゃあ、美穂さんも優香さんも、警護官としてちゃーんと俺のこと見ててくださいねっ!」
そうウインクを交えて声をかけると「ぐふぅっ」と胸を矢で貫かれたような声を上げ二人は倒れこみそうになったが、すんでのところで体勢を立て直す。先ほどの透に笑顔を向けられた時以上の反応を見て、密かに悔しく思っていた俺は満足した。
「二人ともいくぞー」
そう声をかけてすぐ先で待っているスーツをビシッと決めたお姉さんの方へと俺は歩き出した。
山田妙子と名乗った社長さんと秘書の半田さん(なぜか下の名前は教えてもらえなかった)に俺たち三人はそれぞれ挨拶をして、朝礼を行う大会議室に向かっている。朝礼とか毎日あるのかと思うと社会人は大変だなーと他人事のように思っているとそれに気づいたのか半田さんが答えてくれる。
「普段はここまで仰々しいものはしないですよ。ただ、今日に限っては男性がいらっしゃる奉仕活動ですから、全社員に男性を拝める機会をつくったというわけですっ」
ふんっと鼻息が漏れながら解説してくれる半田さんが発した拝む、という言葉に神か何かだと思われていないか不安になるが、奉仕活動は誰もが知っているような大企業でしか行われないというのは知っていた。だからこそこういった機会がない会社にしてほしいと希望を出したのだが、凄い気合いの入りようだ。
だがそれはこの世界の女性がいかに欲求不満であるかを表しているのだ。俺たちの活動はこれからどんどん活発になっていく予定だが、今回は記念すべきその第一歩。俺も気合いを入れなおす。
俺たちと出会った人たちが今日のことを忘れられなくなるくらい、良い思い出を届けよう。それが俺の使命なのだから。
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ずっと書いてみたかった貞操逆転ものをついに書き始めてしましました。早速☆や♡ブックマークにコメントなどなどしてくださった皆さんありがとうございます。良ければ今後の活動の糧になりますのでこれからもよろしくお願いします。
本当は最初の五話くらいでさっさと高校に入学させる予定だったのに、まだ奉仕活動すら終わっていないという……ドウシテ?
まだまだ書きたいことが山ほどあるのでこれからも楽しみにしていただけると幸いです!
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