人材チートで無人島スローライフ~~追放されたけど次々に理想の仲間が流れ着く!~~
ごくごく元気
第1話
つい2日前まで営業マンをしていた俺は、何の前触れもなく異世界に飛ばされた。
そして今、とある国の、王の前に立たされている。
玉座の脇に立つ男が鋭い視線を俺に向けて来る。このサヴァナ王国宰相、マーヴァン・クレルという人物だ。
マーヴァンは冷たい声で言い放った。
「転移者ヤマシロ・ユキヒトよ。貴殿の行いは、王国に混乱と不和をもたらしたに等しい。よって本日をもって、その身をこのサヴァナ王国より追放する」
俺は思わず目を見開いていた。全く身に覚えが無かった。
「な、何を仰っておられるのですか! 私は昨日この王宮に招かれたばかりで、何のことやら……」
「とぼけるな! 貴様がこの宮殿内で下劣な行為に及んだ証拠は既に掴んでいる!」
宰相は人差し指を俺に向ける。
「えっと、その下劣な行為とは何なのですか?」
「下着泥棒だ」
「下着泥棒……下着泥棒?」
すすり泣く声が聞こえ始めた。3つ並んだ玉座の一番右に座る若い女性が、ハンカチで涙を拭っている。身なりや年齢、ティアラを付けているのを見ると、恐らくお姫様なのだろう。そして、泣いているということは……。
神に誓っても良いが、全く身に覚えの無いことだった。
異世界に飛ばされたやつが、昨日始めて連れてこられた宮殿で「よし、姫様の下着を盗みに行くぞお!」なんて決意するか?
それはあまりにアクティブ変態野郎すぎる。
俺は必死に弁明してみたが、宰相のマーヴァンは冷たく笑うのみだった。
「先ほど証拠を掴んでいると言ったであろう? ほら見ろ。貴様が寝室として使った部屋のベッドから、これが出てきたのだ!」
マーヴァンがポケットから取り出したのは、黒いTバックだった。ポケットに入れてたんだ……。
Tバックの漆黒がはためいた瞬間、お姫様は両手で顔をおおい、わあっ、と時雨のように泣き出した。
「よもや……」
その言葉を発したのは、お姫様の隣に座っていた王だった。白い口ひげを落ち着きなく触っている。
王は厳かな低い声で言った。
「その下着は間違いなくワシのじゃ」
お前のかよ。
「どうりで下半身がスースーすると思うたわ」
何で王様が下着Tバック一枚しか持ってねえんだよ。お前の生き様の方がよっぽど王国に混乱と不和をもたらしとるわ。
王の言葉を聞いた途端、お姫様の泣き声が激しくなった。
「うおおおんおんおん! 最悪だわ! こんなのが王なんて、この国はもう終わりよ!」
ほんとだよ。
姫の声がセミのように激しくなった。スマホで録音して松尾芭蕉に聞かせたら「すごい技術だねえ」と言いそうである。
王の間がにわかに騒がしくなった。姫様の鳴き声もあるが、王の従者たちが俺を見て何かヒソヒソと言い交わしている。まずい。絶対されてはならない誤解をされている。
いや、もっとまずいのは、追放されるという事実だ。
ここは異世界。どんな場所に飛ばされるか分かったもんじゃない。
「では早速追放の手続きに……」
「待つのじゃマーヴァンよ。確かにワシの下着を盗んだ行為は許せぬが、この者は非常にレアなスキルを持っておる。追放するのはこの国の損失ではなかろうか?」
うんうん、いつもTバックを履いている王様がノーパンで言うと説得力があるな。
「必要ありません」
宰相は全く意に介さずといった感じで続ける。
「確かにこの者は【適材適所】という非常に珍しいスキルを持っておりますが、まだレベル1。育成には非常に長い期間がかかる上、そもそも犯罪を犯した時点で、倫理的に問題を抱えています。育て上げたところで我が国を乗っ取ろうと画策するに違いありませぬぞ」
「ふむ、マーヴァンが言うのならそうなんじゃろうな。そんな気がしてきた」
宰相に説き伏せられたのか、王は頷きながらヒゲを触っていた。
「とにかく、ヤマシロ=ユキヒトを国外追放とする!」
こうして俺は異世界に来て2日目に追放されることになった。
*******
しかしよく追放される人生だなと思う。
現代日本に居たときも会社をクビになったし、こうして異世界でも速攻で追放されてるんだから追放RTA走者になれるかもしれない。何なら実況席に呼ばれるかもな。
試しに俺がクビになった状況でも実況してみるか。
『さあ山代、社長室に入った! 迎え撃つは三浦社長。四角く角張った顔、体型はまるで無能社員を調理するための【強面まな板】であります。
そして、あーっと、山代、緊張で口をパクパクさせているぞお! まな板の上の鯉とは今まさに、追放を言い渡されようとしている山代、お前のことだぁ! 事前にインタビューしたところ、好きな漫画はワ●ピースと答えてくれました! 今にも倒れそうな緊張を! ヒトツナギの精神力で耐えているぅ!
おっと、今まさに! 社長が『クビ』と言い放ったぁ! 血も涙もないキャッチアンドリリース! まな板の上の山代はぁ! 死んだ魚の眼をしているぞお! さあ今から! この夜のコンクリートジャングルに出航だあ! 世はまさに! 大後悔時代!』
……虚しくなったので止める。
全てを失ったに等しかった。貯金は殆ど無かった。
毎月、親の借金と家賃と税金を払ったら、あとはもう雀の涙ほどしか残っていなかった。
とほほ……、とほほ……、トホホギス! ホーホケキョ!!
などという、お客さんの前で披露しては、毎回哀れみの目で見られる一発芸をやる気力も無く、途方にくれて夜の街を彷徨っていた。
他の会社でやり直すという気力も湧いてこないくらい、精神体に疲れていた。
今まで人生で楽しかった経験なんて、殆ど無かった。遊びも恋愛も、やってこなかった。
「これで俺の人生終わりかあ」
夜空を見上げて、視線を地上に戻した瞬間、俺は目を疑った。
見知らぬ街に立っていた。
石造りの建物がずらりと並び、下は歩道ではなく、石畳になっていた。街ゆく人々は剣を背負っていたり、魔法の杖を握っていたり、ワニの顔をしていたりと、急にハロウィンパーティーに連行されたのかと錯覚するほどだった。
しかし何よりおかしかったのは、さっきまで夜だったのに、いきなり昼になっていたことだった。
もしかして、これが噂の異世界転移というやつか? いや、そんなこと現実に起こるわけ……。
俺が戸惑っていると、ガチャガチャ音をさせながら、鎧の兵士が俺のところに来た。
こいつも俺を東京湾に沈める気なのか!? と思ったがどうやら様子が違う。俺はそのまま馬車に乗せられ、城まで連れて行かれた。
城に到着して聞かされた話によって、どうやらここが本当に異世界だということが分かった。しかも、異世界の人たちは、俺達転移者の存在を認知していて、神の恵みとして歓迎しているのだという。
詳しい話は省くが(というか俺も全部理解出来ていない)転移者というのは、神界における何らかの「エラー」によってこちらの世界に「落ちて」くるのだという。
しかし、剣と魔法の存在するこの異世界において、いわば無防備な状態で放り出される転移者は、非常に無力で死亡率が高かった。
そこで、神様と呼ばれる存在が、こちらの世界でも生きていけるように、転移した際に様々な加護を授けてくれるようになったらしい。
その加護というのが、かなり特殊で強いものが多いため、基本的に国は転移者を喜んで受け入れるのだそうだ。
俺の心は躍った。今までついてなかった分、ついにツキが回ってきたということか! チートスキルを使って悠々自適な生活を満喫出来たりする? 今度こそ動物学者になれる? 結婚とかも諦めなくて済む?
そしてその日(昨日)のうちに、王に謁見することとなった俺は、鑑定士という、人のステータスを数値化出来る職業の人に能力値を鑑定してもらった。
以下が俺のステータスである。
名前:山代 幸仁(ヤマシロ ユキヒト)
年齢:20歳
種族:人間(転移者)
職業:無職
魔法適性:高い ※重力魔法適正あり
知性:人並み
精神:まあまあ
筋力:ざこ
運:うんこ
ここまで見ると普通だが、鑑定士はある一点を指さして「しゅごいぃっ!」と声を上げていた。
【固有スキル・適材適所】……レベル1
スキルについて詳しい説明はしてもらえなかったのだが、どうやらこの世界で固有スキル持ちというのは超珍しいらしく、鑑定士の人も思わず絶頂してしまったらしい。
これを持った人間には一代で巨万の富を成す商人や、領地を2倍3倍に押し広げる貴族などが持っている、超レアスキルだという。
「そのスキルはあなたの欲しい人材……言葉を選ばずに言えば、都合の良い人材を自在に集めることの出来る能力です」
鑑定士は両手でピースしながら言った。
「何!? それは本当か!」
聞いていた王が興奮気味に立ち上がり、ドスドスと階段を降りてきて俺の手を握った。
今思うと、このときもTバックを履いていたんだなって。
追加せんでもええ情報を、思い出に追加したことによって無償に腹が立ってきた。
「我が国の財政は最近、赤字続きなのじゃ。このままだと破綻してしまう。どうにか立て直せる人材を呼んではくれぬか? 衣食住は保証する。欲しいものは出来る限り与える。そうだ、見るからに一生独身のお主に美人の嫁を取り繕ってやることも出来るぞ」
王の必死さから、この国の状況が芳しくうないことは容易に想像できた。
「分かりました。私でよければ力を貸します」
俺が頷くと、周りの家臣たちか歓声が上がった。みな一様に「助かった」と言わんばかりの表情を浮かべていた。
正直、気分は悪くなかった。人助けをして、それに見合った対価が貰えるのなら、こんなに素晴らしいことは無いだろう。
しかし一つだけ気がかりもあった。
ただ一人、翌日俺に無実の罪を着せて追放を言い渡した男、宰相マーヴァンだけが俺を睨んでいたからだった。
*****
で、俺の予想は的中。無事追放されたってわけ。
追放を言い渡された3日後、俺は海に浮かぶ船の上にいた。
優雅な船旅を満喫しているわけではない。追放のための島流しの途中なのだ。先ほどヤクザみたいな顔つきの船員に聞いた所、向かっているのは人口の少ない小さな島だという。
追放されると決まったときは流石に堪えた。完全に無実の罪で追放されたのだから当然だ。
しかし今考えると、そういう場所でまったりスローライフを送るのも悪くないとも思える。今までの人生に比べたら極楽みたいなもんだ。
「おい」
船員から声をかけられ、いきなりリュックを持たされた。俺の私物をまとめた物だ。
「あれに乗れ」
彼が顎をシャクった方を見ると、一艘の小舟が降ろされていた。
「え?」
「早くしろ」
その船員は戸惑っている俺の腕をひっつかむと、すぽぽーんと、小舟に向かって投げ飛ばした。
やだ、力強い……。惚れちゃいそ♡
などという胸キュンキュンイベントではない。
金玉ヒュンヒュンパニックである。
ざぱあん! と水を跳ね上げなら俺は海に落ちた。
海に落ちて助かった。小舟に頭から落ちてたら死んでいた。
「ぶはあ!」
必死に泳いで小舟のヘリを掴んだときには既に、さっきまで乗っていた船はだいぶ遠ざかっていた。
あまりの展開の速さに思考が周回遅れになっていた俺は、今になってこの状況のヤバさを認識した。一気に冷や汗がどっと湧き出す。
周りには島一つ無い。
大海原に、航海術のかけらも有していない男が一人、小舟に取り残されることが、「死」を意味することは、馬鹿な俺でも分かった。
「置いてかないでええええ!」
力いっぱい叫んだが、船は更に遠ざかるだけだった。
つづく
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