【第5話】えらいおかた【#3】



「──弟子を連れていきたい?」


「無理か?」



ここはとある街の一番大きな屋敷。その応接間に使われる和室に着物をびっちりと着こなしたこの屋敷の女使用人と侍を思わせるヒーロー衣装を纏った男が対面していた。

女使用人は男の申し出に顔を顰める。しばらく瞑目して悩み抜いた後、女使用人は口を開いた。



「……いいでしょう。許可します。そのかわり──」


「──ああ、他言無用だな?」


「分かっているようで何より。儀式中・・・は、かのお方の邪魔をしないようにと言っておいてくださいね」


「ああ、しっかり伝えとくよ」



かのお方は器が大きくおおらかであらせられる。多少人が数人増えようが文句も言わないだろう。これはかのお方の素晴らしさを若手に見せるいい機会だと女使用人は思った。


「ではそろそろご朝食をお持ちせねば」


女使用人はお盆を抱えかのお方のいる座敷に入る。その部屋にはもう女使用人が言うかのお方はいないのだが。


「な、な、な…自分探しの旅に出かけるから探さないでくれですってー!!??」


女使用人は思い出した。かのお方は器が大きくおおらかではあるが、少々性格と行動に難ありのお転婆当主であったと。

──そうこの日はとあるえらいおかた・・・・・・が街からこっそり脱走した日のことである。




◇ ◇ ◇ ◇




俺がこの町と屋敷に来るのも今日で3度目だ。俺はこの屋敷の主に2回は護衛を頼まれているB級のヒーローであり、この護衛の仕事はただじっとしてるだけで安月給の俺でも高額な報酬を受けられる割のいい仕事だ。



「いいかお前ら。ここでの出来事は全て他言無用。儀式中は喋ったり話しかけたり邪魔すんなよ?それだけは絶対に守れ」


「「「はい」」」



大人しくしててくれよ…?ここの連中おっかねぇ奴らばかりなんだからな。俺たちは儀式の間の前で依頼主を待つ。


「依頼主ってどんな方なんです?」


待ち時間弟子の1人が聞いた。


「どんな人、ね」


俺は2度と会っているが不思議な野郎だったな。


「依頼主、ここのバカでかい屋敷の主人だな。どんな人かっうと──」


──究極のお人好しで自己犠牲の塊とも言うべきか。









────夢環町。

日本のなんてことない町の一つであるが、この町は現在"世界から最も注目されている町"といってもいい。


──ここに存在しない・・・・・。何故ならば、ここ夢環町は『世界一平和な町』だからだ。


悪意、敵意、殺意、それら全てがこの街では執行対象。住民はヒーロー相当の実力をもち子供でさえ新人ヒーロー並の戦闘力を誇る恐ろしい街だ。そしてこの街にヴィランが現れれば正義の雷・・・・によって撃ち抜かれる。それらは物語フィクションや迷信なんかではなく実際に起こったものとして語り継がれている。


そんな異常で世界一平和な夢環町だが、守護様と呼ばれる存在がいる。


──神を人の身に宿し、神の力を行使する一族。

その名も人柱ひとばしら家。

代々、とある神に仕え夢環町守る特別な存在だ。

滅多に人前には現れず、かの一族の顔を知っているものは数少ない。しかし夢環町の民からは絶大な信頼と支持を得ている。──その理由として、夢環町を守る代償にを削っているからだ。


そのため人柱家は早くに死んでしまう。前当主は30歳で死んだ。それでも長く持った方だ。しかし不運なことに前当主が残した子孫はたった1人の息子だけ。

現当主となった息子は17歳の頃から人柱のお勤めを立派に果たしてくれる。若くして親を亡くした悲しみに浸る暇もなく、 彼は夢環町とその民のため命を削っている。


──それが人柱あか・・・・という人間だ。




(綺麗だ)


弟子の1人が思わず見惚れてしまう。

この光景をなんと言い表せれば良いのか。そこには六芒星を描く陣に光の粒子が集まり溢れ幻想的な空間を作り上げていた。けれど光が部屋全体を照らすも眩しくはない。暖かく優しい光だ。


(相変わらず何度みてもすげぇと思わされるのは、この状態を3日間・・・は続けられるということだな)


この町を平和たらしめる町全体覆う結界の維持、それには月に3日ほどのメンテナンスを費やす。この状態の人柱は無防備となってしまうためこうして俺たちのようなヒーローが3日間を交代で護衛する必要がある。護衛する価値が目の前のお方にはあるのだ。


──世界一"平和で安全な場所"があるからこそ人は安心することができる。この町は今や日本の、いや世界の拠り所となっている。


(問題は、この町に住めねぇというのがなあ)


この町は世界一平和な町としての観光名所となっているが、移住はできない。なぜなら移住希望者が全国から集まってしまったためだ。

──でもまぁ、結果的にはそれで良かったとも言える。


(このお方が命を張って守っているのにそれを無かったこと・・・・・・にするのは間違ってるもんな)


この町の長きに渡る人柱と地に眠る神への感謝を移住者はちゃんとできるだろうか?不満はあれど文句を言える立場ではないことは俺でさえ理解できる。



「半日お疲れ様だてめえら」


「「「半日?!」」」


「おう!お前ら見惚れすぎて時間忘れちまったようだな。分かるぜ俺も最初こそそうだったよ。まぁ、座りっぱなしで疲れただろうし俺は最終日の護衛役だ。お前らはこのまま観光して来てもいいぞ」



最終日はただ見てるだけじゃなくてその後に大仕事もあるしな。



「いえ、最終日私たちもご同行させてください」


「あんなに素晴らしい景色を見たのは初めてです〜」


「とても興味深いですね。あのような強力な術を3日間も続けられるとは。是非とももう一度、今度はじっくりと見てみたい所存です」



珍しいなじっとしてるのが嫌いなコイツらが自ら見学をご希望とは。


「まぁ、いいんじゃね?人柱様からは特に何も言われてねぇし」


もう一度見たくなる、って気持ちは分かるな。こうして俺も通算3度目の護衛役だしな。



「最終日の3日目は大仕事だから気張れよ」


「「「はい!……ってどういうこと?」」」



見ればわかるさ。



◆ ◆ ◆ ◆



儀式が終わると人柱様は糸が切れたように倒れ込んだ。



「え?!」


「だ、大丈夫なんです〜?」


「安心しろ、寝てるだけだ」



人柱の儀式は"神降ろし"と呼ばれるものだ。とどのつまり神様が結界をメンテナンスしてるってイメージが分かりやすいだろうか?意識はなくとも3日間は不眠不休だったので、人柱の儀式終了後はそのまま眠りに落ちるのだとか。



「ふむ…起きられるのはいつになるのでしょか」


「約3〜4日ほどかぁ?」


「4日!?」


「そんなに、ですか」



3日間不眠不休だった分の身体的疲労と精神的疲労が同時に来るらしいから意識失うどころかそのまま死ぬんじゃねぇかってくらい寝るらしい。最低でも2日いっぱい寝ないと過労死するとか何とか。そうあの女使用人に言われたことを思い出しながら人柱様をそっと抱き抱える。



「よし寝室にいって寝かせたら俺たちの任務は終了だ」


「師匠もっと優しい運び方ないんですか?」



人柱を肩に背負ってるところを弟子に指摘される。優しい運び方ってなんだよ。



「それだと荷物見たいですよ…」


「実際荷物だしな」


「酷っ、女性になんてことを…!」


「女性?いやこいつ男だぞ」


「「「え??」」」



確かに髪は長いし巫女装束着ているが正真正銘こいつは男だ。巫女装束着ている理由はなんか正装がそれしかなかったからみたいなことを本人から聞いたな。まぁ、声とか性格とかまんま男だし見た目とか関係ねぇだろ。


さて、とっとと報酬もらってぼちぼち帰りますかー。

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