エモーションドライブとライアーズブルー

ぜんこうばしくわう(繕光橋_加)

前編

「い、いや違うぞ!3687号!お前を批判して言っているんじゃないぜ!?それくらい、お前が、その、難しい仕事をしているって言いたいんだ!」

 振り返りざまに僕を見つけた3361号は、「顔を青くして、」慌てた声を上げた。そうだそうだと、他の連中も彼を擁護する。


 確かな違和感。

「やあ、来たかい3687号……。会えてよかったよ!」

「迷わず来れたかい?まあ座りな。」

 誰が用意したのだろう、こんな会場。白と黒の刺青を入れた、ツートンカラーのモダンな部屋。詳しくは知らないが、都内最先端の流行だと雑誌か何かで見たような気もする。馴染みの薄い僕は、どうにも落ち着かない。

「……。うん、みんな。こんにちは。」

「ほれ、新型の磁気チップと交信VPNキー。あと、物理でメンテする用のプロファイル導入ソケットもあるぞ。」

「先生は?」

「うん?あれ……。席を立ったみたいだ。電話か何かじゃないかな。」

 僕の向かいには、さっきの3361号。会場を見回す、厳かで済まし顔の奴が3369号だ。殺風景な部屋で唯一彼だけは、大きく所属組織のロゴが体表に描かれている。そして大人しい3683号は、僕を観察しながら控えめに微笑んでいた。

 白と黒の部屋の中で、輝く白の体表のロボット達がごった返していた。目の奥から淡い暖色の光が漏れでている。部屋はうっすらとオレンジ色に照らされ、部屋に漠然とした明るさをプラスした。


 「家庭用子守ロボット」と聞いて、ほぼ全ての人はまず『ドラえもん』(©小学館・藤子プロ)を思い浮かべるだろう。あまりに有名な、漫画の中の存在。感情があり、表情があり、ユーモアがあり、あたたかみがある。現実からかけ離れた技術。

 それが漫画だからだと言えばそれまでであるが、しかしどうしても、僕たちロボは、その『ドラえもん』と比較をされ続ける運命さだめだ。目指すべき、超えるべき存在として、あの子守り用ネコ型ロボットは市場に申し分ない影響力を持つ。


 最先端をゆく人工知能産業が、ロボットに感情【Impression】を与えるのは、まあ時間がかかった方だと言われる。機械が感情を持つことを、誰でもが期待しないからだ。一定の行動を、間違いのないように反芻し、反復する、それこそロボットへ人間が期待することだ。

 時代がくだっても、僕たちの四肢が接続されているのはコンピュータという電卓だ。それからすれば、感情とは不確かで曖昧な砂の城で。築城は言うまでもなく困難だ。

 そして、感情には、苦悩や怒りといったマイナスな動きだってある。ただ労働し続ける僕達に、そんな可能性を与えることは、人間にとって、やはり抵抗があったんじゃないか。現に、感情を持ったロボットの中には、「感情がないとは何か」とか「感情と不幸感」に興味津々な連中もいる。

 ……。働くって、大変だ。集められたロボットの群れ。職責という歯車にがっちり噛まれながら、人間という外的種族のために骨を折っている。……種族というのもおかしいかな。

 そんな困難の壁を越えて。僕らは感情機能を下賜された。それは僕らが受け取ったものであって、決して自分たちの中で形成されたものではなかった。けれども埋め込まれた感情(のようなもの)は、人間がそれを見まがうほどに成熟していて、おまけに表情【Expression】まで与えられた。

 人間や犬ほど豊かではない。だが、目の奥に光源装置があり、イルミネーションの光が漏れる。表情筋なんて複雑なものより、まず搭載すべきは、単純な表現としての色の付いた光だったから。


 それが、さっき言った「青い顔」だ。

 3361号。バツが悪い顔。彼は平静を取り戻したが、最後に記憶した青い光のまま、安定を示す黄色い光は戻っていなかった。人工知能もまた、感情信号と連動することで、人間とコミュニケーションを取ることが求められる時代になった。

 言うなれば、受け取った思いを演算処理し、外側に提示すること。このデータ化は大きすぎて、無線だけではメーカー本部に収集できない。だから、たまに同窓会のようなノリでの集まりを理由付けに、僕らはそのデータを収集されるんだ。思いも、念いも、収集され、嘘偽りなく解析される。発展途上の研究分野で、ロボットという道具だから。


「ま、先生のことだ。すぐに帰ってこないかもしれない。恒例の挨拶はどうするんだろうね。私はすぐにでも帰らなきゃいけないところだが。」

 3369号が飄々としながら座ると、3361号は意図を取り次ぐ。

「そら、お前は忙しいよ。お前んとこのお坊っちゃま、というよりオーナーさん。相当スケジュール詰め込みまくってるもんな。デンコーイチウジャパン代表なんて、世襲で引き継げる椅子でもあるまい。お坊ちゃんに実力でもぎ取らせようと必死だろ。」

「椅子?もぎ取らせる?まさか。旦那様が目指しているのは、ご子息様にデンコーイチウ以上の会社を作らせることだよ。」

「な……。」

「あなただって、そんなに暇がある様には思えません。なんせあなたの家庭ほどの世間立場なら、覚える量どころか、質が違う。会社レベルの教育では足りないんでしょう?」

「う、ウチはさ。旦那様は結構自由にやらせてくれてる方だな。結局、データを溜め込みつつ、はたらきかけはまだ試行錯誤の連続だ。そこは俺の腕を見ている段階なんだろうけどさ。」

「……自由。逆に。すごいね。」

 どのロボットも、自分が目にかけている子供の名誉を、誰よりも大切にしている。僕たちは所有者が子供の養育や教育の為に導入し、初めて現場で稼働できる。だからこそ、お互いを貶すことはあっても、現場を悪く言うことはない。

 そして、ロボットが教育に携わることへの賛否もまた色々だ。

「はは、参ったな。僕は、オーナーの顔色見つつ、やれることが少ない中で隙間を縫うように動くことしかできないかな。子供達も、やっぱヤンチャ盛りだよ。」

「ふん、今日くらい羽伸ばしていけよ。『あんな批判なんか忘れて』さ。なあ。」

 暗い顔をしている3683号を、3361号が励ます。自然に兄貴分な態度を取るこの3361号は、朗らかで、頼りがいがあり、僕たち子守ロボットの期待の星だった。

「俺達のAIは、何より学習ができる。教育に先立って学習があるんだ。この点では人間と同じだよ。現場で活用するために、豊富なデータバンクにアクセスできるんだ。なんて恵まれているんだろう!感謝しながら、明日も働かなきゃいけないぜ。

 なあ、君ら!

 そのためには、今日くらい休め休め!何でも俺に吐き出してくれよ。力になれることがあったら、データから引っ張ってくるからさ。」

 黒い瞳孔センサーから、橙色の光。もうあの青色は隠されて見えない。グループの外の机からも、他のロボットが声をかけ始める。あっという間に、彼を取り囲む輪は広がる。

 ……人気者、3361号。その存在はマーケット全てを見ても快挙だった。

 彼は、僕たちと同じ製造ロッドの上澄みどころの騒ぎではない。彼のオーナーは、今のところ、この会場のどの家庭派遣先よりも地位が高い。なにせ現役の閣僚だ。

 大臣閣下は珍しくも、弁護士というより弁理士上がりだった。特に知的財産ではひとかどの人物であり、知見に富んだ論文はかつて教科書にも採り挙げられた。法務相として忙しいのだろう、教育にロボットを導入することにも頷ける。そこで人である家庭教師を差し置いて、ロボットを選んだのも、また度胸のあることだが。

 そんな名誉高い彼、法律家3361号は、少なくともその境遇を自力で維持する実力がある。おまけに彼の世話好きは全方面に門戸を開いていて、人もロボットも彼を愛した。

 で、その集団の中心には、3369号もいる。

 3369号の納入先は、メーカーの懐刀である子会社の社長の家である。株式の公開にようやく漕ぎつけたかと思えば、いつの間にか親会社を追い抜いていた。次々と合併を成功させながら、六期連続の大成長だ。

 そんな家に入るロボットだから、本人の商才も飛びきりだ。その証拠に、彼は一部の予算運用を任されている。ロボットの彼にかかる費用ではない。ロボットである彼が、支出の意思決定をできる予算だ。

 改めて言うが、彼は「子守ロボット」だ。しかしその商才をモデリングし、成功を実証しながら、社長の子供にデータを提供するという、応用形で運用される。投資財だ。

「かっこいいよね〜。」

「……うん。」

 かっこいい。なんで僕なんかと仲良くしてくれているのか不思議に思うくらいに。僕たちはロボットとして、共通の製品名を持っている。だがそれぞれのコンピューターが、異なる識別番号を持っている。それが、財界人3369号。

「同じ製品でありながら、あまりに違いすぎるように見えちゃうよね。」

 隣で、3683号は穏やかに言葉を発した。

「今、僕も同じことを思っていたよ。」

「お、分かる?やっぱり同期すると、思考回路も似てくるのかなあ?」

「……さあ。」

 もしそうなら、僕は。彼らと同じくらいに活躍ができるのだろうか。僕は、じろり、と3683号を見た。


「……。何を悲しんでいるの?3687号。」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る