中編

「はい、各自注目〜〜。あいさつ始めます〜〜。」

「先生!」

「みんな、会場入りしたみたいだね!ソフトウェアの更新、とエモーションドライブの更新を、進めながら!こっちを見て下さい!」

 禿頭の眩しい研究管理者は、マイクを握りながら僕らロボットの前に立った。人間の先生。結局、個人でのあいさつをしそびれちゃったなと思いつつ、僕はその恩師の話す様子を観察している。男が口を開く瞬間は、マイクに隠れて見えなかった。


「いやあ、いいねコレ。思い出すなあ。先生が若い頃は、まだ有線のマイクが主力で。無線のもあったけど、ハウリングしちゃうから、わざと線をつないでいたよ。でもあれ、すぐにもつれるから。通信が無線になってもついクセで、存在しない紐を伸ばそうと、持ったマイクを振っちゃうんだよね。はっはっは。

 まあ!それはいいとして!本日は稼働の中、合間を縫って駆けつけてくれてありがとう!諸君!君たちこそ、我が社の宝だとは何度も何度も何度も言っているが、だが。今日も言わせてくれ。君達の業務遂行に、私達は支えられています。ありがとう!」

 先生に合わせて、僕たちも自然と頭を下げる。

「はい。で、今日も解析された直轄データのエモーションドライブを更新してってくれ。内容は、……。更新されたものをインプットできる君達を前に、皆まで言うまい。次回更新は三ヶ月後だから、また各自、収集へといそしんでくれ。人間の心理活動は、対話からしか得られない。

 ……本当、君らは大変だな。

 我々も、我が社へ頂いている厳しい意見を大変憂慮している。ネットを開けば、やはり『ロボットに教育は無理だ』の、『子供の発育に悪影響だ』のと。君たちは当人だから、もっと恐ろしいと思うこともあるかもしれない。だが!私は君たちの味方だぞ!私には君たちに感情を与えた責任があるのだから当然だ!私が頭を下げます!」

 黄色、オレンジ、ピンクなど。会場のロボットが高揚感から光を漏らす。しかしそれより強いスポットライトを浴びた先生は、僕たちに人情を語り、ロボットに過ぎない僕たちに、最大限寄り添おうと力強く言葉を振るった。

「私は、感情と表情を君達に与えた!楽しい黄色、感動のピンク、悲しみの青、喜びのオレンジ。怒りの緑、恥じらいの赤、恐怖の紫。この一連の回路システム、『エモーションドライブ』があれば、私たち人間は、人間から自立したロボットを必ず創れる!

 これらの解析が進み、より円滑に、受けた思いを表すことができたなら!君たちロボットが我々人間と、いよいよ友達になる時代がやってくるんだ!その未来は、まだ遠い先のことかもしれないけれど、私は確信している!まさしく『ドラえもん』に並ぶようになる!

 ふふ、君たちはジェラシーを感じるかもしれないね。違うロボットの話だから。でも、私たち人間にとって、『ドラえもん』は特別なんだ。それにもし、君らの中でそのように悪感情が働いていたなら、悪かったと思う反面、私は嬉しいとも思う。それもまた、機械と感情の研究家にとっては一つの成功なのだ。不思議だろう?」

 ロボ達はお互いの顔を見合わせた。『ドラえもん』は雲の上の存在だ。僕達とは次元が違う。彼の期待は外れている。でも、先生の言った本筋は、確かに胸を打つ何かが秘められ、練り込まれている。感情がざわめき、皆の瞳が揺れた。

「君たちは、夢を現実にするための確かな足跡だ。この産業史をきっと塗り替えつつある!その一歩一歩を私は。はは。愛おしいんだ。さあ、挨拶はこれくらいにして、皆仲良く、同窓会を楽しんでくれ!じゃあ、ありがとう!」

 先生は渦のような拍手の中、ひょいと演壇から降りた。ロボットも拍手をする時代だ。その余韻に浸りながら、僕は職責を見つめ直し、ぶるりと身震いをした。


「ねえ、聞いた?僕たちはドラえもんに繋がってるんだって!」

「さあ、どうだろう。課題は山積みだし、難しいんじゃないかと思うけどね。」

「またまた〜、実はちょっとうれしいくせに。」

「話では、その可能性もある、ってだけだよ。すぐにそうなるわけじゃ……」

 言いかけて、不意に、僕は振り向いた。背後に先生が立っていた。

「やあやあ、3687号。君、遅刻したな。大丈夫だったか?」

 素っ頓狂で、でも落ち着く声。演題から飛び降りたあと、会場の脇を回り込みながら、僕と3683号の所にやってきたのだ。

「ああ、先生……!すみません。ご無沙汰しております。」

 うんうん、と、彼は感情を汲んで首を縦に振った。こんな牛の工芸品、先の時代にあったと思うが、いかんせん過去に過ぎ去ったものだ。名前を思い出せない。

「楽しんでいってよ。特に、君らは現場がキツそうだ。」

「いえ、今ではそんなことないですよ!周りの皆さん、とても良くしてくれます。」

「おお、そうかそうか。特にお前が一番心配だったよ。例のこともあるし……。」

「……。」

 僕は黙りながら、にこにこと黄色い光を放つ3683号を見ていた。この3683号は、子守ロボットの実践導入の過程で、かなり泥を食った個体だった。世間の知名度という点では、3369号よりも大きいかもしれない。

「でもな、仕事に真面目に取り組むのは、実はアタリマエのことで。その上で結果を残さなければならない。ロボットだからな。で、お前にしか出来ない結果、というものが、必ず残せると私は思う。批判は素直に受け取って、それでも抱えきれなくなったら、私や、3361号という善き友達に相談してくれ!それでいいかな3361号?」

「はい!もちろんですよ!」

「ははは、嬉しいよ。」

 善き友達、ね。3683号は、笑っていた。そんなピンク色の光を目にしたためながら。


「君は……。大丈夫かい?」

「?はい。」

 先生は、今度は僕の顔を見ていた。何かを考えながら。どうやら、表情用のイルミネーションライトを覗いているらしい。不具合でもあるのだろうか?

「せ、先生?」

「うん、ちょっと青の光が強いような気がして。」

「え?」

 感情は、光の色。その切り替えがエモーションドライブの醍醐味だ。つまり、光の強弱は感情とは特別関係がなかった。例えば、ピンクの光が強かったところで、ものすごく喜んでいるとか、そういうわけではない。電装の故障だ。それは、ガムをもらっても車をもらっても、本来同じ桃色ということだ。

 というのも、僕たち機械は廃熱という命題に常に脅かされている。あまりに強い感情に振り回されると、文字通りトんでしまうし、故障や信号遅延の原因になる。いくら高性能な電球装備で熱を抑えたところで、危険の芽がある以上、搭載自体が望ましいものではない。最終ゴールは人間のような表情であって、光による感情の伝達は、寂しいが、実験過程の代替にすぎない。だから、僕の基準通りでない強さの青は本来想定されていないもの。……まず故障が疑われるのはもっともだ。

「やれやれ、そんなに悲しい顔をしないでくれ。3687号。」

「いやいやいや。……しかし来る前に簡易スキャンをしましたが、プログラム異常はなかったですよ。」

「ふむ。どう思う?3369号、3361号。」

「3369は帰りました。例の如く。」

「あっそう。」

「俺から、こうすればいいというのはありません。メカニックではないので。……メンタルがきつかったら、いつでも連絡入れてくれよな。訴訟だって辞さないぜ。」

「あ、ああ。そのつもりだよ。心配するな。」

 知っているよ、お前らが忙しいこと。無理をするとかしないとかじゃない。俺達は、「感情を宿した機械」に先立って、何よりロボットだ。鉄と鋼に縛られながら、感情とは異なる炎を宿している。

 感情を持て余したなら、容易に感情を切り捨てるつもりだ。言葉に出さなくたって、ロボットはみんなそう思っている。僕ら機械は、究極的に言えば、人間の模倣でしかないんだ。

 あらゆる発明とは、人間から見て、人間の運動機能の延長らしい。テレビジョンは遠くを見たいという目の機能の延長だし、自動車は速く移動するという脚の延長だ。僕たち子守ロボットだって、特定の目的に生み出された「機械」という宿命で。壊れるその瞬間まで遂行すべき目的をたがえない。

 命のある生き物を羨んでも仕方がない。だからこそ、究極的な局面を迎えたなら、僕はエモーションドライブをデリートするだろう。……その心づもりは、切り札の奥に隠している。そんな僕らを診療したカルテに、「模倣のしすぎ」と書かれていたら、そりゃお笑いだ。

「更新は終わったかい?」

「ああ、うん。遅れてすまんな。」

「……でも。みんなの顔を見れたよね。」

「うん。」

 僕は見渡した。

 変わらないな。機械だからそうか。

 3687《ぼく》と3683《かれ》の間に挟まる3台は、とっくにその活動を終えて。でもきっと、最後には、この会場にいるすべてのロボットが、最新式に置き換えられる。その最期を見る前にぶっ壊れちまえたなら……。果たしてそれは幸か不幸か。いずれにせよ、ロボット自身には次なる目的を見つけ出すことはできない。その意味で、人間を差し置いて、僕ら生活機械は運命を背負わされ、転がされているのだ。

「そろそろ僕も、おいとまを頂くよ。よっこらせ。」

「ん、僕も帰ろうかな。……ありがとう、先生!3361号!」

「?おう!またな。」

 3361号の周辺には、子守ロボットが集まっている。すっかり話し込んでいる会場を背に、僕らは自動扉を開けた。


「ありがとう、店員さん。良い時間でした。」

「ありがとうございました。良い夜を。」

 美しい声だ。

 夜空は澄みきっていて、画鋲に止められたようなカシオペヤ座が、手がけた娘を誇っていた。夜を知らぬ街を、僕と3683号は歩いていく。騒がしい街を、歩いていく。

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