第10話 おやつタイム

「さてと……これからどうするか……」


 お互いの事情を話し合い、ルーリンとある程度打ち解けることができたところでオレはこれからのことについて考え始める。

 強い魔物に遭遇し、慌ててこの山の中に逃げ込んだというなら、恐らく彼女にも現在地は把握できていないだろう。

 そうなると状況は依然として迷子のままということになる。

 仲間とはぐれて一人で山の中を彷徨っていたオレにとって同じ冒険者に出会えたことは素直に心強いのだが、このままでは問題を解決するのは難しそうだ。せめてどちらかでも魔法が使えれば、仲間に居場所を伝えることもできたのかもしれないが……。


 そんなふうに今の状況を解決するための方法を考えていると、『くぅぅ……』という可愛らしいお腹の音が聞こえてきた。

 反射的にその音の聞こえた方へ視線を向ける。

 すると、恥ずかしそうに頬を赤く染めながら両手でお腹を押さえているルーリンと目が合った。


「あ……ごめんなさい。なんだかお腹が空いてきちゃって……」


「まぁ、小腹が減ってもおかしくない時間だよな……」


 現在の時刻は夕方前。しっかり昼食をとっていたとしても空腹を感じたり口寂しくなったりする時間だろう。

 ましてや彼女は魔物からようやく逃げおおせたばかりだ。その安堵や疲労感などから空腹を感じたとしても不思議ではない。


「……よし。ひとまずおやつにしようか」


 仲間を探す前に休息が必要だと考えたオレは近くの木陰に腰を下ろした。


「……え? おやつ……?」


 当然ルーリンは困惑する。

 オレは背負っていた荷物の中から何本かの瓶と木皿と木製のスプーンを取り出すと、彼女の前に並べて置いた。


「これは……?」


「クラッカーとジャム、それにあんこだよ。シンプルだけど、結構うまいんだ」


 そう言いながら、自家製クラッカーの詰まっている瓶を開け、木皿に移す。

 ルーリンは興味深そうにクラッカーやジャムやあんこを眺めていた。


「さてと……口に合うかわからないけど、食べてみてくれ」


「それじゃあ……いただきます」


 ルーリンがクラッカーを手に取ると、恐る恐る口に運ぶ。

 だが、味は微妙だったようだ。


「う〜ん……あんまり味がしないわね……」


 複雑な表情を浮かべるルーリン。

 そんな彼女に、食べ方のアドバイスをする。


「そりゃクラッカーだけじゃ味はしないよ。こっちのジャムやあんこをのせて食べるんだ」


 説明しながらリンゴやイチゴ、ブルーベリーのジャムや滑らかなあんこを詰めた数本の瓶を彼女の前に置いた。


「あ……そうだったのね」


 言われるがままにルーリンは木製のスプーンでリンゴのジャムを掬ってクラッカーの上にのせ、かぶりついた。

 その瞬間、彼女が目を輝かせる。


「……何これ!? 甘くておいしい!! 果物ってこんなに甘かったかしら?」


 どうやらリンゴジャムの甘みに感動を覚えたようだ。

 この世界の果物はお世辞にも質が良いとは言えず、基本的に糖度は期待できない。

 店で売られている果物も酸っぱくてまずいものばかり。

 だから甘いジャムに感動したのだろう。


「それはジャムと言って果物を砂糖で煮詰めたものだよ。パンにつけたり、お茶請けとして味わうのが一般的な食べ方なんだ」


「そうなのね……じゃあ、こっちの瓶に入ってる黒っぽいものは何かしら?」


「そっちはあんこだな。小豆を砂糖で煮詰めて作る……ジャムとはまた違った甘さだぞ」


「小豆って……確か高級な豆のことよね? それを甘くしたっておいしくなるはずはないと思うけど……」


 疑いながらもあんこをクラッカーにのせ、口に運ぶルーリン。

 咀嚼した瞬間、彼女の顔はまたもや綻んだ。


「わぁ……こっちもおいしい!」


 甘い豆という、この世界ではあまり馴染みのないものでもすんなりと受け入れ、夢中で味わっている。

 それだけ甘味に飢えているのだろう。甘いお菓子は貴族や王族が嗜むものと考えられており、庶民は滅多に口にできるものではないから無理もない。

 本当はジャムもあんこも、さらに言うならクラッカーも日本で暮らしていた時に食べていた味を完璧に再現できているわけではないのだが……それでも彼女は気に入ってくれたようだった。


 その後もルーリンはオレの用意したおやつを味わい続ける。

 その幸せそうな表情を眺めながらオレもサクサクのクラッカーを口に運んだ。

 木皿の上のクラッカーがみるみる減ってゆく。

 そしてあっという間に完食してしまうのだった。


「ふぅ……ごちそうさまでした。おいしかったわ」


 ルーリンが満足そうにつぶやく。


「……それはよかった」


 彼女の口に合ったことに安堵しつつ、オレは食器や瓶を片付けた。


 そんなオレに、ルーリンが話しかけてくる。


「ところで、だいぶ高価な食材を使ってたみたいだけど、もしかしてエレオってお金持ちの家の子息だったりするの?」


「いや、ただの庶民だよ。お世辞にも裕福とは言えないかな」


「それならどうやって食材を手に入れたのよ?」


「食材はオレの所属しているパーティーのリーダーが活動資金で買ってくれるんだよ。『うまいメシやおやつは仕事をする上で必須だ!』とか言ってな。リーダーにとって食材を購入するのにかかる金は経費らしい」


 通常、依頼を達成すれば報酬がもらえるが、その報酬を全額メンバーで山分けすることはない。一部はパーティーの活動資金に回し、現地への交通費やポーションなどの購入や武器の修繕・買い替えなどに使用することにしているのだ。

 そして、オレの料理の材料費はそんな活動資金から捻出されている。そのおかげで高価な食材でも手に入れることができ、前世で食べた料理を可能な限り再現することができるというわけだ。


「……え? じゃあリーダーに無断で見ず知らずの私におやつを振る舞ったりしてよかったの!?

怒られるんじゃ……」


 オレの話を聞き、ルーリンが体を震わせる。パーティーの活動資金で購入した食材を無関係な自分が食べてしまったことに後ろめたさを感じているようだ。


「大丈夫、大丈夫。みんないいヤツらだから、そんなことで責めたりしないよ」


 確かに食材は高価だが、決して庶民が手を出せないほどの高級食材というわけでもない。

 それに、ドラグもヴォルグもリーゼもコルネもフィリアもみんな優しくて気さくな連中だ。

 だから無関係の人間におやつを振る舞ったくらいで責める者などうちのパーティーにはいないと確信していた。


「安心したわ。それにしても、いい仲間に恵まれてるのね」


「あぁ……最高の仲間たちだ。少なくともオレは家族みたいに思ってるよ」


「……羨ましいわ」


 そうつぶやきながら、微笑みかけてくるルーリン。

 その笑顔は非常に眩しく魅力的だったため、オレは改めて彼女にときめいてしまうのだった。

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最愛の娘や妹たちとともに冒険者やってます 梅竹松 @78152387

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