1-4 折り鶴の返事
翌朝、ミカはスケッチブックをランドセルに入れながら、小さな紙切れを一緒にそっと挟んだ。
祖母の家から帰る前、ふたりで折った白い折り鶴だ。
その鶴の羽には、鉛筆で小さく書いたひとこと。
「わたしは、ちゃんと覚えてるよ」
何を?――それは、今となってははっきりと言葉にできない。
でも、何か大事なものを共有しているという気持ちだけは確かだった。
教室に入ると、いつものように声のないざわめきが広がっていた。
今日の“朝の決まりごと”は、机の上に描かれた感情カードの掲示だった。
笑顔、涙、怒り、困惑――それぞれ色分けされた顔のイラストを貼ることで、その日の気分を示す。
ミカは自分の机の上に、何も貼らなかった。代わりに、昨日描いた絵と折り鶴をそっと置いた。
誰かがそれに気づいて、通りすがりにちらりと見た。
数人が、足を止める。
けれど、誰も声を出さない。質問もない。ただ、その白い鶴を見つめていた。
休み時間。ミカが廊下に出て戻ってくると、自分の席に何かが置かれているのに気づいた。
それは、色紙で折られた小さな青い鶴だった。
ミカは思わず息をのんだ。
青い折り鶴の羽根には、クレヨンで描かれた絵があった。
片手で手を差し出し、もう一方がそれを受け取る、二つの手。
そして、その下にひとこと。
「いっしょに さがす」
字は不揃いで、少し震えていた。けれど、まっすぐだった。
ミカは折り鶴を両手で包むようにして、そっと胸元に引き寄せた。
それが誰からのものかはわからなかった。
けれど、誰かが、ミカの思いに気づいて、答えてくれたのだ。
言葉がなくても、伝わることがある。
それは昨日も感じたはずだった。だけど今朝、その思いは少し形になって返ってきた。
ミカはその日、一日中折り紙を折っていた。
羽根の内側に、音のない詩を、手書きで記した。
「わたしは まだ あきらめていない
あなたの こえも どこかにあるって しってる」
授業の合間に、誰にも気づかれないように、何人かの机の上にそっと置いた。
放課後には、教室の窓辺に小さな折り鶴の列ができていた。
その静かな連なりは、どんな声よりもはっきりと、ミカの心に届いた。
だれかが、ちゃんと応えてくれている。
たとえ声がなくても、想いは回る。
折り鶴のように、手から手へ、羽ばたくように。
その夜、ミカは日記の最後にこう書いた。
「言葉は、消える。
でも、伝える手段は、まだ残っている。
わたしは、見つけてみせる。
この世界の、声の残響を。」
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