第37話【宝石鑑定士】
「不思議な感じですね」
「何が?」
横溝刑事がネクタイを直しながらつぶやいた。
「何が?」とは答えたが、旦陽にも何が不思議な感じなのかは理解していた。
「怪盗ファントム・ネピアが外国人である、という可能性があるとはいっても、まだ性別も国籍も分からない以上、組対部が出張ってくるのは違和感しかありません」
「上も何か考えがあってのことだろうけど、確かに気になるわね……。ちょっと大平刑事部長に聞いてみるわ。湊たちは捜査していていいわよ」
「ああ、わかった」
旦陽が電話片手に警備室の奥の方へ行くと、湊たちは、再び展示室へと向かった。
展示室では、今もまだ数人の鑑識課員と捜査2課の面々が捜査を行っていたが、正直なところ、これ以上の証拠が出てくるとは考えにくかった。
「どうだ、何か見つかったか?」
「ああ、一条さん。いえ、まだ何も見つかっていません」
展示台の前にいた鑑識課員が湊の質問に答えるために顔を上げた。
展示台からは、湊たちの指紋は検出されたものの、他に怪しい指紋や証拠は見つかっていないのだという。
「ふむ……」
「新しく見つかった証拠は、今のところカメラのフィルムだけですね。この部屋にも何か証拠が残っていればいいんですが……」
「証拠、か……」
周囲を見渡すが、特に気になるところは見つからなかった。
捜査2課の面々と一緒に、展示室Aを確認して回ったが、やはり気になるところは中々見つからなかった。
そうこうしているうちに、展示室Aの扉が開いて、旦陽が部屋の中に入ってきた。
「湊」
「柏原か。どうした」
「横溝刑事も、聞いてほしい。さきほど、大平刑事部長に確認を取ってみたところ、組対部がなぜ動いているのかは分からなかったわ。組対部長に聞いてみるとは言っていたけれど、正直なところ聞き出せるとは思えない」
「刑事部長でも分からない、か」
組対部と刑事部は部署は違うものの、ある一定程度は情報のやりとりをしているため、刑事部が出張っている現場に組対部の刑事を送り込むということは、その情報が刑事部へ共有されていても問題はないはずだった。
しかし、刑事部長はその事実を知らなかったのだ。
「本来ならあり得ないことだけど、組対部が暴走しているか、もしくは私たちのあずかり知らないところで何か起きているか、ね」
「だが、いまはそんなことを考えていても仕方がないだろう。ひとまずは、今目の前の事件に集中するしかない」
「その通りですね。しかし……」
湊の言葉に横溝刑事が頷いた。
しかし、先ほどの湊と同じように周囲を見渡すが、まばらに動く鑑識課員と捜査2課の面々がくまなく捜査をしても、これといった証拠が見つかっていない。
この状況の中で、果たして事件が進展するのか、そう聞かれたら決してイエスとは言えない状況だった。
「正直な感想としては、この展示室Aに証拠が残っているとは思えない。現場の外……つまり、美術館前の監視カメラに証拠が残っていたのは、怪盗ファントム・ネピアの用心さから考えても、偶然に他ならないだろう」
ICPO《インターポール》に載っている情報が、”怪盗ファントム・ネピア”という名前だけ、という点から考えても湊の言うとおりである。
「正直、手詰まり感は否めないわね。科捜研に確認してもらってる、監視カメラに残っていたテープの破片についても、恐らくは何の痕跡も見つからないでしょうし」
「あ、あのー……」
湊たちが、部屋の片隅で話していると、一人の刑事が話しかけてきた。
色白で、どこかヒョロっとした感じの刑事だ。
「あなたは?」
「はっ! 警視庁刑事部捜査2課第3係の菊池です! 階級は巡査長です」
旦陽に名前を聞かれ、ビシッと敬礼をして名前と所属、階級を答える。このあたりはさすが警察官、といったところである。
「それで、菊池巡査長。どうかしたの?」
「宝石鑑定士の方が見えられています。警備室で、丹下会長とお待ちですので、警備室へお越しいただけたらと思います」
宝石鑑定士? そんな人が来る、という予定は聞いていなかったが、旦陽たちは菊池巡査長の言われた通りに警備室へと戻った。
警備室へ戻ると、ソファにまだ若い女性と丹下会長が座っていた。
「お待たせしました。警視庁捜査1課の柏原です」
「捜査2課の横溝です」
「あなたが、宝石鑑定士の方?」
「は、はい! 本日は、こちらの丹下会長のご依頼を受けて参上つかまつりました!」
丁寧な物言いだが、どこか抜けている、そんな印象を受けた。
丹下会長の依頼、ということは、湊の「偽物」発言を受けてのことだろう。
相当手が早い。
「ええと、黒薔薇の首飾りが偽物である可能性が浮上した、ということでしたので、確認のためにこうして参りました。あ、すいません。自己紹介がまだでした。丹下グループの丹下宝飾店に勤めています、宝石鑑定士の坂下澪と言います。よろしくお願いします!」
澪は、挨拶をすると深々と頭を下げた。
丹下財閥……もとい、丹下グループは相当に大きい財閥なだけあって、様々な傘下企業を持つ。丹下宝飾店もそのうちの一つで、日本各地だけでなく、ニューヨークや香港、ロンドンといった世界的な大都市にも店を構える、財閥の顔的な企業である。
「それでは、黒薔薇の首飾りの確認に移らせていただきますので、ご案内をお願いしてもよろしいですか?」
「ええ。こちらです」
澪はスクッと立ち上がると、旦陽の後に続いて部屋を後にしたのだった。
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