第5話【疑心の夜明け】

 湊が広間へ戻ってきたとき、すでに柏原の報告は終わっていた。部屋の中央には緊張した空気が残り、誰もが口を閉ざしたまま椅子に腰を下ろしている。




「藤堂の部屋、もう少し調べた。やはり、偶発的な犯行じゃない。あれは“観せる”ための演出だ」


 湊の声に、全員が振り向いた。



「配置、照明、血痕の広がり、部屋の構造……すべてが“誰かに発見されること”を前提に組まれていた。事故や衝動的な殺人では説明がつかない」


 赤坂が吐き捨てるように言う。


「つまり、誰かがわざとやったってことか」


「そうだ。しかも、この館の中で。今この瞬間、我々と同じ空間にいる可能性が高い」


 羽鳥が呟く。


「どうしてそんなことを……?」


「目的はまだ分からない。ただ一つ言えるのは、“演出された死”があった以上、この事件は始まりに過ぎないということだ」


 沙耶が理沙の袖を掴む。


「湊さん、誰がやったの?もう誰も死なないよね……?」


 湊は言葉を返せなかった。ただ、彼女の手をそっと包み込んだ。



「私たちはもう“演じる側”なのかもしれないわ」


 神村が不意に口を開いた。


「演者と観客の違いは何?命がかかっているのに、誰かがシナリオでも書いてるみたい」


 森崎が不安そうに顔を上げる。


「その“誰か”って……やっぱり、この中に?」


 柏原が頷く。


「現状、否定できる材料はない。全員の行動を明らかにする必要があるわ」


 封筒を手にした湊が言う。


「“あなたは選ばれました”──この言葉、意味があるはずだ。偶然集まったんじゃない。我々は“選別”された」


 羽鳥がやや身を乗り出す。


「じゃあ何?私たちの中に、犯人が“含まれている前提”で構成された劇?」


「あるいは……全員が観客を装ってる可能性もある」


 湊の目がわずかに鋭くなる。


 赤坂が立ち上がる。


「だったらそいつを引きずり出すしかねぇだろ!ここで黙ってたら、次にやられるのは……俺たちかもしれない」


「焦るな。感情的になっては犯人の思う壺よ」


 柏原が静かに言葉を投げる。


 広間に再び沈黙が落ちる。その中で、風の音だけが窓の外から不気味に響いていた。




 湊は手帳を開きながら呟く。


「全員が“何時、どこで、誰といたか”を記録していこう。互いの証言を突き合わせていく中で、必ず見えてくるはずだ」


 その提案に、柏原が頷く。


「いいわ。私も記録をつける。私と湊の二重記録で確認をとっていきましょう」


 神村が笑みを浮かべた。


「どんな劇でも、脚本の矛盾は破綻を生むものよ。よく覚えておいて」


 理沙が沙耶を抱き寄せたまま、小さく呟いた。


「絶対に……もう、誰も死なせたくない」


 その言葉に、誰もが無言で頷いた。




 広間の空気は張り詰めていたが、それはもはや単なる恐怖ではない。戦いの前に生まれる静けさのような、確かな“決意”があった。




 そして──その静寂を破るように、館の奥から、また音がした。




 ──ギシィ……

  

 今度は確かに、誰かが床を踏みしめた音だった。




「確認するわ」


 柏原が立ち上がり、湊もそれに続く。


「一緒に行こう」


 懐中電灯の光が再び闇を裂き、ふたりは音のした方へと進んでいく。


 広間に残された者たちは、それぞれの思惑と恐怖を抱えたまま、その場に身を沈めていた。



 神村が窓の外に目を向けたまま、誰にともなく呟いた。


「……次の幕が、上がるわね」


 柏原と湊が館の奥へと向かった後、広間には再び重たい沈黙が訪れていた。




 神村は窓辺から離れず、遠く霧の向こうを見つめている。森崎は椅子に座ったまま身じろぎもせず、羽鳥と赤坂は視線を交わすことなく、ただ互いの気配だけを感じているようだった。



 沙耶が口を開く。


「ねえ、誰も犯人じゃなかったら、じゃあ誰がこんなこと……」


 その言葉に誰も答えられなかった。


 理沙は手帳を開いていた。湊の言葉に倣って、全員の行動を記録しようとしていたのだ。けれど、書き込もうとした瞬間、指が止まる。



(私自身の行動だって、証明できるものは何もない)


 そんな思いが胸をかすめる。全員が不安で、全員が疑われる可能性を孕んでいる。


 やがて、廊下から柏原の声が聞こえた。


「一度集まって。確認したいことがあるの」


 湊と柏原が戻ってくる。二人の表情には微かな緊張と、しかし明確な決意のようなものが宿っていた。



「封筒が置かれていた部屋、そして外れかけた窓……それらの配置はすべて、館の内部から操作されたものだった」


 湊の報告に、赤坂が身を乗り出す。


「つまり、外からじゃないってことか」


 柏原が頷いた。


「ええ。この館の中にいた誰かが、封筒をばらまき、藤堂を殺し、配置した」


 羽鳥が鋭く言う。


「でも、それがどうやって?あの部屋、施錠されてたわよね」


「そこが鍵なのよ」


 柏原は言った。


「鍵が“内側から開けられていた形跡”がある。つまり、閉じ込められていたんじゃない。“見せるために”開けられた」


 森崎が叫ぶ。


「誰だよ……そんなことして、何の意味があるんだよ……!」


 湊が視線を全員に向けた。


「だから、全員が知っていること、気づいたこと、隠していることがあれば出してほしい。今、それが生き残る鍵になる」


 沈黙。




 やがて、神村が静かに口を開いた。


「……ひとつだけ、気になっていたことがあるの」


 一同の視線が神村に集まる。



「招待状よ。他の人たちはどこで受け取った?私はポストだったけれど、それ、直接誰かが入れたような形跡があったの」


 赤坂が眉をしかめる。


「俺は……自宅の玄関にあったな。封筒だけが、ぽつんと置かれてた」


 羽鳥が呟く。


「私は、仕事から帰ったら机の上にあった。家族は見てないって言ってたけど……」


 沙耶が顔を上げた。


「……私も同じです。机の上に、知らないうちに置かれてました」


 柏原がまとめるように言う。


「つまり、犯人は私たち一人一人の生活空間にアクセスできるだけの“知識”を持っていた」


 神村がぽつりと言う。


「それって、怖いわよね。まるで……最初から、私たち全員を“観察”していたみたい」


 湊の表情がさらに鋭くなる。


「それこそが、この事件の根幹かもしれない。“見られている”だけではない。“操られている”」


 その言葉が広間に響いた瞬間、再び──廊下の奥から、音がした。



 

 今度は、明らかに足音だった。重たく、ゆっくりと、確かに誰かが歩いている。


 柏原が立ち上がり、湊に目を向けた。


「いくわよ」


 湊も頷く。


「行こう」


 二人は再び、懐中電灯を手に廊下へと向かっていった。


 残された広間には、張り詰めた沈黙だけが残っていた。




 その足音が止んだのは、階段の上だった。だが誰もそこへ足を運ぼうとしない。




「まるで、誘ってるみたいね……」

 

 神村がぽつりと呟いた。


 沙耶が怯えたように理沙の背に身を寄せる。


「誰か……誰か見てる……さっきから、ずっと……」


 理沙は彼女の頭をそっと撫でながら答える。


「大丈夫、ここにいれば安全よ。今は、みんながいるから」


 その言葉には根拠がない。けれど、言葉にしなければ恐怖が支配してしまう。



 柏原と湊が足音を辿り、階段へと近づく。




「もし上にいたら?」


 柏原が問う。湊は静かに答えた。


「そのときは──逃がさない」


 二人は懐中電灯の光を向けながら、ゆっくりと階段を上っていった。




 広間に残された人々は、それぞれの想いを胸に沈黙したまま待っていた。




 緊張の糸が、いつ切れるとも知れない状況で──次の一手を、誰もが息を呑んで見守っていた。




 階段の先からは何の物音も返ってこない。だが、それがかえって不気味だった。




 神村が誰にともなく呟く。


「……この館そのものが舞台装置。演者がいなくても、舞台は回るのよ」


 その言葉に、理沙も小さく息を呑んだ。

 まるで、自分たちの存在までもが“仕組まれている”かのように感じてしまったからだった。



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