ハイビスカスのゆれる頃
柊野有@ひいらぎ
壱
001 光と影のあわいで――帰省のこと。
盆の頃になると、時間の境目が曖昧になる気がします。
私たちは朝早く、山の中腹にある先祖の墓を訪れました。
葛折りの山道の途中に、先祖の墓があります。
私は息子とふたりで、掃除をし、線香を立て、仏花を飾りました。
墓の横で写真を撮りました。彼は十一歳になろうとしています。
子の名前は「海の音」と書いてミオン。
海辺の町に住んでいた頃、漣の音に包まれながら育まれた命です。
その柔らかな音のように、優しく強く育ってほしいと願いました。
夏の強い陽射しのなか、霧がかかったようにぼんやりとした色の写真が撮れました。
さて、ただ外を歩いているだけなのに、子はスキップするように楽しそうでした。小枝を振り回し、漏れた光が肩に降り注ぎ、墓所がひときわ神々しく感じられました。
お墓は、大勢の過去の人々と出会える場所です。 私のチャンネルは、妖怪とは交わらず、ただ亡き人とだけつながります。
彼らは自ら帰ってきて、また静かに戻っていきます。
墓所で焚いた線香の香りが、いまも鼻先に残っている気がしました。
彼らの強い想いが浮かび上がるとき、沈んだ悲しみや恨みのかけらとして現れます。黒い塊。目を逸らしても、その想いは、私の内へと滲んできます。
そんなときは中空を見つめ、深呼吸。自分の内側にそっと佇みます。
そこにある想いのかけらを、手のひらに乗せるような気持ちで受け取るのです。 それを、流すように。意識を水へと変えてゆきます。すると黒い塊は砂のように小さくなり、さらさらと流れに溶けていくのでした。
父のこと。先祖のこと。
――――――
母の家に戻ると、仏前の座布団に人の形をしたモノが座っていました。
父です。
気づけば、私は父が亡くなった年齢に差しかかっていました。
仏前で酒盛りをする父の姿が、最近は妙にくっきり見えるようになってきました。 生前のままTシャツにチノパン姿で、供えた酒のお猪口を傾けるその姿に、
「もんてきちゅうかい」と声をかけると、影がゆらゆらと反応しました。
子煩悩だった父に、孫を抱かせられなかったのが残念でした。
彼は働き盛りで癌で亡くなったのです。 結婚がもう少し早ければ――と悔やまずにはいられません。
結婚し子どもが生まれてから、たびたび里帰りし、今朝も息子と墓参りに行きました。そこに父の姿はありません。
母の家にいるので。
けれど他のご先祖様方に、子の成長を見せることができました。
卒塔婆の影に、小柄な大婆様の姿が見えました。
目を潤ませながら、孫の成長を喜んでいるようでした。
生い茂る樹木の隙間から、陽光がキラキラと差し込んでいました。
息子は、かわいそうなことに、私の血を受け継いでしまったようです。
小さい頃、風呂上がりに半透明の小さなカエルたちと会話していました。
散歩中に私から離れていると「大きな黒いドロドロに追いかけられた」と泣いて走ってくることも。
私も子の年頃には、お盆の墓所でご先祖様方の姿が見えていました。
小さな祠や道端に置かれた石にも、人の魂だったものが宿っていました。
だから夜の桜の木の下は絶対に通らないと決めていました。街灯があっても暗く、崩れかけた霊が折り重なっていたのです。
その輪郭は見るたびに形を変え、鼻をつく臭いを放っていました。
今の家には、ときどき前の住人が遊びに来ているようです。仏壇の前に座っていることが多いですが、悪い気はありません。
だから私は、そっとしておくことにしています。
台所の窓から、庭の隅の赤いハイビスカスが見えました。
強い陽射しの中でも、色とりどりの花は淡い風に吹かれ咲き誇っていました。
父と母と、家族、そして今の私と子どもをつないでいるのは、この夕べの色――そんな気がしました。
つづく。
―――
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