ニコちゃん先生の花火まつり―④

 射的しゃてき、焼きそば、いちごあめ、チーズハットグに、金魚すくい、かまぼこ屋の天ぷらももちろん味わい、あおいのオススメだと言う地元の和菓子屋の生菓子をお土産みやげに買った。


 気づくと夜になっていた。

 見物客も増えて、人流じんりゅうに逆らわず進むのがやっとの状態だ。

 もう、知り合いとすれ違っても、それと分からないだろう。


 さすがに遊び疲れた4人は、メイン会場から離れた、地方銀行の駐車場のすみにかたまって、しゃべりながら時間をつぶすことにした。


 駐車場には、おなじようにおつかれ気味の人々が、10人ほどいた。


 途中、るいのペットボトルがからになった。

 類とあおいは、手をつないで買い足しに行った。

 

 にぎやかなふたりがいなくなったところで、残った方は、会話が途切れがちになる。

 和馬かずま美宇みうは、クラスメイトではあるが、親友というほどではない。


「ねぇ、和馬くん、さっき、ニコちゃん先生のこと、よく気づいたね」

 おもむろに、美宇が言った。


「ニコちゃん先生? ああ、歩き方が変だったから」

 かわいそうな虹子にこが、ひょこひょこ歩き出す姿を思い出しながら、和馬は答えた。


「くつずれのことじゃなくて、その前。かなり遠くにいたのに、よく、ニコちゃん先生だと気づいたなって」

「まあ、副担任だし。オレ、国語係だし」

 それを言うなら、美宇も、和馬と同じ立場だったのだが。


「先生さ、一学期より、髪の毛の色を、明るくしてたね」

「色? そうかも」

 和馬は、一学期の虹子の姿を思い浮かべる。美宇の言う通り、黒か、黒に近い茶色だった。

 今日の虹子は、たしかに、夏にふさわしい明るめの茶髪ちゃぱつに変わっていた。


「髪型も、あれ、ちゃんとヘアサロンであらかじめパーマかけて、ヘアセットしてる。帯だって、すごいキレイに結んでた。メイクもさ、いつもと違って付けまつげツケマしてたし、ちょっとだけラメかせてたし」

「へぇ」

 女子は、よくそこまで細かくわかるもんだなぁと、和馬は感心する。


「あんなの、ほとんど、変装へんそうだよ。わたしなら、たぶん、間近まぢかですれ違っても、気づかなかったと思う」

「そうか? が同じだろ」

 

「……かわいかったよね」

 ただの感想ではない何かをふくんだように、美宇は言い、和馬を横から見上げた。

 かわいかったかどうかで言えば、

「そうだな」

 和馬は、うなずいた。


「デートだから、だよね」

 美宇が、和馬を見つめながら言った。

 駐車場にとり付けられたわずかな外灯がいとうに照らされた美宇のほおが、夜に淡く浮かぶ。


 なんだか、美宇が、突然、ちがうだれかになってしまったかのようで、和馬はうろたえた。

「そう、かな」

「そうだよ。一生懸命、おしゃれしたんだよ。好きな人のために。かわいいって、思ってもらいたくて」


 和馬は、ふと、今日の類とあおいのことを思い出した。

 浴衣ゆかたで現れたあおいに、類はひたすら「かわいい」だの、「似合う」だのを言い続けていた。

 この、うかれトンチキめ、と、和馬は内心げんなりしていたが、類が、長い間あおいに片思いしていたことを知っていたので、黙っていた。


 あまりに類がしつこいため、とうとう「もう、やめてよー」と、あおい本人に止められていたが、あおいは幸せそうだった。


(そうか、あいつのために、虹子は着かざったのか)

 和馬の胸が、ざわついた。


「わたしも、カラーしてくればよかった」

 黒くてまっすぐな自分の髪を、ひとふさ、指に巻きつかせてもてあそびながら、美宇が言う。


「え?」

「帯も、ちゃんと固いほうを選べばよかった。サンダルじゃなくて、下駄げたいてくればよかった。それで、くつずれすればよかった」


 和馬はぽかんとする。

 会話の流れがよくわからない。

 わからないが、美宇が落ち込んでいるようすなので、

「そのかっこう、似合ってると思うけど。サンダルで来てよかったろ。くつずれしたら、痛いぞ」

 はげますつもりで言った。


 すると、美宇は、

「あはははは……」

 泣きそうに震える声で、笑い出した。


 類とあおいが戻ってきた。

「そろそろ花火の時間だけど、どうする? もっと海の近くに寄る?」

 あおいが、3人に聞いた。


 ちょうどそのとき、かすかに、ヒューと天に吸い込まれるような音がして、1発目の花火が、港湾こうわんに並ぶ低層ていそうビルの上空に開いた。

 ドォォンと腹に響く音とともに、そこここで、わあっと歓声が上がる。


 建物たてものふちられた空に、次々に火の華が咲く。

 咲いては、消える。


「きれいねぇ」

 あおいが笑う。

「いいじゃん、いいじゃん」

 類がスマホで撮影をはじめる。

 美宇はまるでにらみつけるかのように、花火の上がる空に顔を向けている。


 和馬は、ぼんやりと、虹子はカットバンをってもらえただろうかと考えている。


             ― 終 ―




 




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