ニコちゃん先生の花火まつり―②


「あ……」

 山田やまだ和馬かずまは、思わず声をらした。

 10メートルほど先に、高橋たかはし虹子にこがいた。


 彼女を見るのは、一学期の終業式以来だった。


 虹子は浴衣ゆかた姿だった。

 浴衣は白地だ。たんぽぽのような形のだいだい色の小花が散っている。

 帯は濃い緑で、白い帯留おびどめをしていた。胸に近い位置に帯が巻かれているせいか、いつもより背が高く見える。

 髪をふわふわと結い上げて、オレンジ色の花かざりをつけていた。

 手には編みかごを持っている。


 すごい偶然だなと、驚くよりさきに、

(かわいいな)

 と、和馬は思った。


 人の流れの中で、急に足を止めた和馬の背中に、後ろから来ていた小杉こすぎるいがぶつかった。

あっぶ。急に止まるなよ、和馬」

「ごめん」

 花火大会までは2時間以上あり、さいわい、人混みはまだピークに達していなかった。和馬はするりと道のはしに寄った。


 車両を通行止めにした、海岸通りと呼ばれる市道しどう両脇りょうわきには、花火会場である海のはたまで、さまざまな露店ろてんが並んでおり、そこここから、ソースや揚げ物のいい匂いがただよってくる。


 まだ明るいうちからり出しているのは、和馬たちのようなひまな学生や、花火を最後まで見るつもりのない小さな子を連れた家族など、比較的若い人々が多いようだ。


 毎年、同じ市内だけでなく、近隣きんりんの市や町から足をのばす人も多い。

 夏休み中の和馬たちも、1時間ほども電車に揺られて、わざわざやってきている。


「食べたいものでも、見つけた?」

 と聞いたのは、類の彼女の野鳩のばとあおいだ。

 この町には、野鳩あおいの祖父母が住んでいる。そのえんで、彼女は小さい頃から、毎年のように花火を見に来ているらしい。


 あおいは、類に約束した通り、浴衣を着ている。

 こん地にピンクの大きなはな模様もよう

 帯は、最近はやりの、金魚のひれみたいな兵児帯へこおびで、足元はラフなサンダルをいている。

 髪は、絵本に出てくるクマの耳のように、上の方でおだんごをふたつ作っている。


「いや、そうじゃなくて、あそこに」

 和馬が向けた視線の先に、3人が目を向ける。

 数秒後、

「ニコちゃん先生?」

 和馬と同じクラスの島崎美宇が反応した。


 国語の先生である高橋虹子は、ふたりのクラスの副担任でもある。

 それに、美宇は和馬と同じ国語係だ。

 一学期の間、よく虹子と顔を合わせていたため、気づくのが早かったのだろう。


 その島崎美宇も、あおいとよく似た浴衣姿だった。

 水色の地に、白で抜かれた朝顔あさがお模様もよう

 浴衣こそ、あおいのものと色や柄は異なるが、同じように背中でひらひらする青の兵児帯へこおびを巻き、足元はサンダル。

 同系色の巾着きんちゃくぶくろに持ち手がついたバッグを合わせている。


 正直なところ、和馬には、どっちがどうという違いはわからないのだが、あおいと美宇が仲良しだということは、よくわかる。

 友だちコーデというやつだろうか。


 待ち合わせの駅に現れた女子ふたりに、小杉類は、喜色きしょく満面まんめん、しつこいほどめていたが、当たり前のように、賛美さんびの対象は、あおいと美宇では、8対2くらいの差があった。

 あおいは、すこぶる、ごきげんである。


 少々気の毒に思って、和馬も美宇を褒めようとこころみた。

「朝顔、好きなんだ?」

「うん。ありきたりかな」

「夏だから、いいんじゃない。水色に白って、なんか、涼しそうだし」

「そう? ありがとう」


 まるで、褒め言葉になっていなかった。


「ニコちゃん先生? あ、ほんとうだ! ほら、類くん、あそこ、あの電球ソーダ屋さんのまえ」

 美宇にいで、あおいが気づいた。いぶかしげな類に、指をさして教えてやっている。紺色のそでが、旗のように振れる。


「あ、あれか。って、男といっしょじゃん」

 ようやく虹子を認識した類が、ひゅう、と、うそくさい口笛もどきを吹く。


 そう、電球のかたちをした光る容器にジュースを入れて売っている屋台に、並んでいたのは、虹子にこだけではなかった。


「彼氏さんかなぁ」

 あおいが、わくわくした顔で言った。








 

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