第14話 剥がれ落ちた垢

ワニワニ商会との激闘が終わり、何もなかったかのように過ごす異星人たち。

廃屋などで戦っていた事もあり、そもそも気がついていないものがほとんどだったのだろう。

時の流れは速い。

ボロボロのスーツ、手入れが全くされていないボサボサの髪、やつれた顔、靴も擦り切れて自慢のカバンなどは前の姿など面影がない。

エリートとは程遠い存在へと堕ちた男・ボーナ。

足元もおぼつかず、夜の街をふらふらと歩く。

お酒の臭いや女の艶美な香りが漂う繁華街で酔っぱらいの通行人に肩がぶつかり胸ぐらをつかまれる。


「なんだお前?ぶつかっておいて謝罪も無しかゴラオィ。」


「……………だよ…。」


「あ?聞こえねぇよ気持ち悪ぃ。金出…」


「じゃあどう歩けば褒めてくれんだよッッッッッッッッッ!!!!!!!あぁッッッ??!!?」


酔っぱらいの顔面に拳を入れ、取り巻き2人と取っ組み合いになるボーナ。


「僕はエリートなんだッッッッッッ!!!お前らみたいなクズとは違うッッッッッッ!!!!!」



心身ともに病んでしまっているボーナには勝ち目などどこにも無かった。

それを遥か遠くのビルの屋上から遠隔で見つめるディラス。

殴られ蹴られているボーナを見るもどこかつまらなさそうな顔をしている。


「あ〜あ…。せっかく心の闇を解き放ってあげたのになぁ…。そもそもレベルが低かったのかな。人としても男としても。」


そう思うだろう?と呟き後ろを振り返る。

そこにはポーズトッポ組のボス・ゴルズがこれまたデカい葉巻を咥え片手はポケットに突っ込み仁王立ちしていた。


「君も役立たずと思ったから捨てたんだろう?それに事務所の金庫からお金も取られたんだろうしね。」


口からフゥッーと煙を吐き出し、どこか死んだような目でディラスを見つめる。


「確かにアイツは役立たずのゴミ野郎に堕ちたな。」


ニッコリ笑うディラスが立ち上がり喋ろうとする前にゴルズは言葉を続ける。


「だが、それはあくまでも俺らみたいな腐ったドブで生きてるような奴らの目線だ。世間一般的に言ったら………アイツはブレた。あのイカれたカフェ従業員に絡み始めてから…。」


どういう事だい?と不思議そうな顔をし首を傾げるディラス。

まるで意味がわからないといった具合だ。


「俺も良く分からんが…アイツらに接触してからボーナのボケのオーラが変わり始めた。人間らしいオーラにな。性格は置いといて。それに金庫から盗んだ金も結局戻ってきたからどうだっていい。」


それよりもよ…と拳を力いっぱい握りしめ血管を浮かばせディラスを睨みつけるゴルズ。

ボーナに纏わせたオーラもお前の仕業だろうと。

それに対しその通りとなんの悪気も無いような面を見せつけてきた。


「アイツにお前の魔法がかけられてたのはすぐ分かった。………母星滅ぼしてくれたお前の魔力が。」


「みみっちいなぁ。それとも記憶力が良いって言ったほうがいいかな?80年も昔の話にこだわるなんてさ。」


強く握りしめた拳からはポト…ポト…と血が滴り落ちる。

ゴルズは今にも殴りかかりそうな形相である。


「テメェこそ今更地球に何の用だゴラ。この銀河から追い出された惨めなレプティリアンの分際でよぉ。」


「今まで散々銀河政府が僕らレプティリアンに地球の管理任せておいて、用が済んだらポイッ…てね。心配してくれてるのかい?」


そんな訳あるかと啖呵を切り捨て睨む目がより一層強くなる。

どうやらディラス含むレプティリアンは銀河政府に直接雇われ地球を管理していたようだ。

しかし何らかの理由で地球はおろか銀河から追い出され一族は散り散りになってしまった。

中には殺された同族も居たようだがディラスからしたらそんな事心底どうでもいいらしい。

地球に来ているのも復讐というよりおもちゃを弄くる子どものような雰囲気に近い。

ようは遊びに来ているのだろう。

しかしゴルズは違う。

時系列こそわからないが、レプティリアンに滅ぼされた母星のカタキがある。

その時はまだ弱かったが今は違うと吸っていた葉巻をディラスにぶん投げファイティングポーズを取る。

投げられた葉巻はディラスに当たること無く、まるでバリアーにでも当たったかのように先端部分から消失。指をググッ…と力を入れゴルズに何か弾いたディラス。

ゴルズは事前に魔法で出していた三節棍をぶん回しそれを叩き落とした。


「へぇ、随分鍛えたんだね。」


「俺もあの時と違ぇ。舐めんなよクソトカゲ。」


スーッ………


「ッッッッッッッッッ!!!!!!」


叩き落としたと思っていた衝撃波。

しかし全て落とせたわけではなく、黒のスーツが全身切り刻まれている。

左手から煙幕を発射しディラスにぶつけ、三節棍を握り走る。

見事な動きで対象物を全方向からぶっ叩く。

生死などは問わない。そんな事はどうでもいい。

兎に角ここで叩き殺さなければ。


ブオガガガガガガガガガガッッッッッッ!!!!


(バリアーごとコイツを叩ければ………ッッッッッッ!!!)


ピシッ


「なッッッッッッ!!!!!!」


バギャァァァァン!!!!!


三節棍がバラバラに砕け散った。

後ろに要る。

すぐさま後ろ回し蹴りを放つ。

軽々しく片手で受け止められたがそんな事は読めている。

ポケットから出した拳銃をディラスの顔面めがけ発射。

デカい発砲音を夜空に響かせた。


「チャカですらおもちゃ扱いかよ…!!!」


弾はディラスの弾力がありかつ滑り気が強い舌で舐め取られていた。

眉1つ動かさないその表情。

ゴルズの逆鱗を刺激するには十分だ。

プッと弾を地面に吐き出し、辞めだ、と告げる。


「鍛えたって言ってもこの程度か。残念。でも多少はマシになったのかな?でも足りないよ…。全然足りない…。」


【力】が。

ここで君を殺しても仕方ない。

来たるべき時にまた遊んであげるよと呟きディラスの体がブロック状に変化し、そのままどこかに消えてしまった。

ビルの屋上で夜風が吹く中1人佇むゴルズ。

空を見上げ舌打ちをし、どこにもぶつけようがない怒りと憎しみを仰ぐのであった。






ボコボコにされゴミ捨て場でうずくまるボーナ。

エリートのエの字もないその姿は滑稽しかりとても惨めである。

なんのやる気も無く、死んだ魚のような目でコンビニで買った安酒をグビグビと飲み干す。

なんで僕が、なんでエリートなのに…なんて事すら頭に出てこない程心身ともにやられてしまっていた。

行く当てもない。

頭によぎるは今まで無かった【死】の1文字。

エリートからはなんの縁もゆかりもないような単語がよぎる。

そうなるしかないのだろうか。

どうせ自分が居なくとも世界や銀河中心のブラックホールは周り続ける。

堕ちたもんだ。そう呟くもやはり認めたくない。

しかし心機一転する気も起きない。

今は汚いこのゴミ袋のベッドが心休まる。まさかそんな事を思う時が来るとは。

数分空を見あげていたその時であった。


「兄ちゃん…そんなとこで何しとるんや。」






「話さんでもええ。安いもんやけど食ってくれや。」


な〜にが安いだと大将に笑顔で憎まれ口を叩かれる初老の男。

エメリィの父・珠雄である。

全身ボロボロで汚いボーナを屋台のおでん屋まで連れに来たのだ。

地球人や異星人問わず人生色々とある。

華の時期もあれば絶望期もあるだろう。

誰しもが喜びそして病むのだ。

60を回った珠雄だから分かる。

おでん屋の大将・タマゴンゴンもそういう奴ばかり来店するので何も言わなかった。

珠雄とは昔からの仲らしい。


「兄ちゃんさっき酒飲んでんの見たからよ、水飲んでくれや。美味いぞ?六甲山の天然水だ。この汚ぇおでん屋には似合わんわな。」


ガッハッハと男らしく笑い、大将からはうるせぇよと言われるもどちらも楽しそう。

頼んだおでんがボーナの前に出される。


「俺のおでんは宇宙一だからよ。だからこのジジイも毎回食いに来てんだ。食ってくれや。」


「お前もジジイやろが。」


いつもならこんな安いもん口に入れれるかと文句を垂れるところだが、ここ最近何も食べていない。

ポーズトッポ組を追い出されて以降、何も口にしていないのだ。

腹はどうしても空くもの。

ゆっくりとだが確実に割り箸を割り、糸こんにゃくを食べた。


「………………あ。」


その刹那、ずっと忘れていた記憶か微かに脳裏に蘇る。それは小さい頃祖父の家で食べた味であった。

ボーナ一家は金にものをいう家庭であった。

得たものもは全て自分のもの。

金を稼げないものは負け組。

祖父も金がたんまりあったのだが困っている人たちや苦しんでいる人たちに配りとっくに貯金など底を尽いていた。

しかし金が無いのに毎日楽しそうだった。

親族からはその行動や性格のせいで忌み嫌われていた。

その事を知らない幼少期のボーナは毎月お小遣いを貰いに行っていた。その時に出されたおでんの味だったのだ。

次に大根を食べ、はんぺんなど次々に口に運ぶ。

それを見守る珠雄とおでん屋だしまきの大将。

祖父は最後病に伏し、苦しみそのまま亡くなった。

しかし最後まで人に囲まれ幸せそうだった。

物心が付く前なのでボーナは良くわからなかった。

ただ親族からはよく[貧乏人に関わったからあんな無様な死に方をしたんだ。お前はそうなるな。]と言われていた。

ボーナは祖父が好きだった。

その時は覚えていなかった祖父の言葉が微かに蘇る。頭を撫でながら言われていた。


「兄ちゃん、色々あったんやろ。どんな事してたか〜ってのは連れから色々聞いとるけどよ…。」


【よぉ頑張ったな。よぉやった。】


こんなこと親に言われた事があっただろうか。

生まれてこの方親に褒められたことなど無い。

エリートだから当然だ。常に完璧であれ。そう教わってきた。

おでんの器付近がポタポタと水が落ち始めた。

雨などではない。

今まで溜まってきた感情が一気に溢れ出し、大粒の涙と鼻水を流すボーナ。

本心では褒められたかったのだ。

頭を撫でて欲しかったのだ。

本当の意味で…認められたかった。

頭や心の中で感情がぐちゃぐちゃになるも、これだけは言える。


「う………………美味ぇ…………。」


泣きじゃくりながらおでんを食べ続けるボーナを優しい顔で見守りつつ会話を続けた。


「兄ちゃんがよ、嫌や無かったら…うちの鉄工所来うへんか?人手足りんくてな。エリートの兄ちゃんやったらすぐに仕事覚えられるわ。」


給料なんざ雀の涙だがなと大将が意地悪に水をさす。

しかしそれすらも嬉しそうな珠雄。

やかましいわと笑い合う。


「おでん奢ったんは俺の気まぐれや。気にせんでええ。恩を返すために働くとかは考えんでええ。でも行くとこなかったら…いつでも来てくれや。」


鉄工所の名刺を渡し、おかわりは要らねぇかと聞くと頭を縦に振るのでまた具を注文。

タバコを吹かし、男3人が笑い合う声が夜空に唄うのであった。






柳鉄工所㈱。

カフェの経営だけではあまりにも厳しいのでバカ3人がまたお世話になっている。

とくにサーシャは誰かに絡まれているようだ。

めちゃくちゃイライラしている。


「お前さ!!!お前さ!!!なんだよそれ!!!わかった!!!ミミズかなんかに溶接してもらったんだろ!??!猫の手も借りたいっていうけどミミズしか貸してもらえなかったんだろ!!!!!見ろよこの俺の完璧な切り込み!!!これがエリートの仕事よ!!!」


高笑いで指をサーシャにさす嫌らしい人間。

どうやら最近新しく入社してきたらしい。

頭に血管が浮かびプルプルと震えるも、実際目の前の丸メガネの方が仕事期間は短いのに美しい。

まるでベテランの域。

俺はエリートだからなぁと煽り倒す。


「おっと!!!もう休憩の時間か!社長!ちょっと休憩してくるぜ!!!」


颯爽とその場を後にし、喫煙所に向かう。

新人のお陰で仕事率が遥かに伸び、売上も少し上がったようだ。


「アイツホンマに…いてこましたろか…!!!バーナーで切断したろかぃ………!!!!!!」


まぁまぁとサーシャをなだめるパルムと銀之助。

エメリィも苦笑い。

その近くで両手を合わせごめんねと笑う珠雄。

喫煙所で高らかにポケットからタバコを取り出したその男は今までとは全く違う毒の抜けた生き生きとした顔つきになっていたとさ。


チャンチャン♪

















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