第6話 青春の鯛焼語り・後編

目の前に現れたボーナと呼称される異星人。

背丈は高く、スラッとしたスタイルで時折触覚が揺れる。

顔たちはとても整っており、丸メガネをかけている。

モテそうなイメージを抱くであろうが、どこか嫌なオーラが纏わりつく。


「どういう事?例の話言うてるけど。」


「アイツらの事務所が親父の店…厳密には土地を狙とるんや…。なんやらでっかい家建てるらしい。」


「そ。だからゼクスくんの鯛焼屋邪魔なんですよね。それに今どき老舗て…。古臭い。遅れてるんですよ。時代の流れに。」


ムッとしたサーシャであるが銀之助とパルムの言葉を思い出し、冷静に状況を鑑みる。こんな憩いの場で怒鳴るわけにもいかない。

頭の中で整理するサーシャ。


「確かに今思えば鯛焼屋の周りの店はいつの間にか無くなってた。お前らがどかしたんか。」


「ほぉ、見た目の割に頭いいんだな。その通り。高級マンション建てるからな。近くにまたデカいデパートも建設予定。だからどいてもらった。てかさぁ」


ビシッ!と指をさすボーナ。

ゼクスやエメリィではない。

サーシャに指している。


「お前確かあの下品な名前のカフェで働いてるよな?あそこの土地も回収予定なんだわ。後日また伺うよ。」


いかにも相手を見下すかのような表情で目をつむり澄ましているボーナ。

煽りに反応してはいけない。

まさかゼクスの店だけではなくトリスコーヒーも狙っているとは。

しかし今は坑篭屋の方が優先である。

その後にバイト先の事は考えればいい。銀之助とパルムに伝えなければいけないこともある。

ボーナの周りには同じく黒服の取り巻きが5人。

この場を抜け出す手段はとっくに考え済みである。


「お前継ぐ気ねぇんだろ?だったらあんなチンケな店どかしてくれたらいいじゃねぇかよ。な?どうでもいいんだろ?」


さっきから何も言わず黙りこくるゼクス。

エメリィもサーシャの考えはわかっている。

行動に移すだけだ。

ゼクスの肩に手をかけ、目を合わせる。


「ゼクスくんの代わりにウチが言うわ。店はやらん。」


腕を組み、貧乏揺すりをしている。

ボーナは明らか苛ついていた。

何も言わないゼクスに少し腹が立ちながらも代わりにそのまま話すサーシャ。

それに対してボーナは何か思いついたように指を立て怪しく微笑んだ。


「じゃあゲームをしよう。デパートに入る予定のグラン・シャ・ヴァギナ…まぁ高級鯛焼屋があってだな。それの出店を近くに出す。それで…一カ月の売上金が多い方が勝ちだ。」


一カ月の間での売上金の勝負。

書面契約でもなく、口からその場での嘘を言っている可能性もある。

そこをエメリィが指摘するとこれ見よがしに書面をカバンから取り出したボーナ。

嘘ではないよ、とでも言いたげな顔である。

断ったところで次の手を使うだけだろう。

しかしこの話に承諾するのは私ではダメだ。ゼクス本人が契約しなければならない。

しかしさっきから複雑そうな顔をしながら黙っているだけ。埒が明かない。


「ほなその書類寄越せ。また後で郵送でアンタんとこの事務所送ったるわ。」


「随分と勝ち気なんだなお前。まぁ話が早いぶん良いか。」


その書類を渡した瞬間サーシャがボーナに尻を向ける。


「え?あん?何してんのお前。」


次の瞬間爆風と爆音、悪臭が漂う。

勢いよく弾き飛ばされたボーナたち。


「よっしゃ!行くで!!!……って!ごめんやで巻き込んでもうた!!!」


ゼクスも巻き込まれ白目を向いている。

エメリィはなんとサーシャの屁は慣れているとのこと。やはり慣れが一番恐ろしい。

ゼクスを担ぎ、その場を離れるのであった。


「く………くっそぉがぁ!!!!!なんなんだよ今のぉ!!!」


「クソというより屁でしたけど…ね。」


バタリと倒れる部下。

ボーナは静かにやかましいわと残し気を失った。






一旦カフェに集まったサーシャたち。

運が良いことにモット・ホイールズのメンバーも残ってる。

ならば話は早い。

事の顛末を互いに伝え、話を整える。


「っちゅう事やな。ゼクスくん、なんで親父さんの見せ継ぐ言わんのや?素直に言うたらええやないか。」


「ゼクスくん何でさっきから黙ってんのよ。」


パルムとサーシャが声をかけるも何も言わない。

メンバーたちも心配そうな表情だ。


「……………ウチさ、実家養護施設でさ。」


意外、だったのか俯いていた顔を少しあげるゼクス。


「ウチは赤ちゃんやったから全然覚えてへんけど、捨て子やったらしくて。で、今文里子いう養護施設の人に拾われて。ずっと昔からホンマのママって思っとったけど、高校生になってからその事言われてさ。」


事実を伝えられたのが凄く最近なので少し驚く銀之助。

ゼクスは父子家庭。何か通ずるところがあるのかサーシャの言葉ひとつひとつを真剣に聞いていた。

一通り話し終え、またもや沈黙がその場を支配するもそう長くは無かった。


「俺…まぁ聞いてるやろうけど、ガキの時にクソ女が出ていってよ。そっから色々と荒れて親父に迷惑かけまくってよ。」


しどろもどろではあるがゆっくり落ち着いた声で語るゼクス。

全員が優しく見守りつつ話を聞く。


「せやから…今更親父に…そんな事言うても、迷惑…てか…。どの面下げて…言えばいいんか…。」


「………………し〜〜〜〜ょもなっっっっ!!!!!!!!!」


ビックリするやないか。

急にデカい声出すんじゃねぇや。

屁もデカけりゃ声もデケェのかお前は。


「なんやねんなデッカイ声だして。」


「なんか思い悩む事あるんかなって思ったらそんな事かいな!!!ホンマにしょうもない事で悩んでたんやのぉ!!!」


「そんなん全部引っくるめて愛してくれるんが【親】やろがい!!!それが血の繋がりがあってもなくても!!!」


汗を垂らしサーシャを見つめるゼクス。

でかい声で耳がやられているのか、サーシャの言葉が響いているのか。

何にせよ響いている。

メンバーたちもゼクスに優しく手を当てサーシャの言う通りだと熱い眼差しを送る。


「ゼクスくん。すぐには心の整理はつかんと思う。でも今は時間がない。動こう。」


ゼクスはまだ少しなにか考えてそうな表情であるが、頬を両手で叩き気合いを入れた。


「………わかった…わっーたよ!!!やったろうやないか!!!頼む!!!皆協力してくれ!!!」


何を当たり前の事を。

ここにいる変態たちは人情溢れる変態なのだ。

そこら辺にいる変態ではない。

そこにいる全員がオーッ!と声を上げるのであった。

因みに周りにお客さんおる状況やでこれ。






「へぇ〜。ビビらずによくこれたもんだなぁ。尻尾巻いて逃げ出すかと思ってたぜ。」


何も動じないゼクス。

なにか覚悟が決まったのか、前までの目ではない。

それを察したのかボーナも煽りを辞める。

コイツ、なにかしやがったなと。

周りにはメンバーたち。

特にあのカフェ絡みの3人がゼクスになにか吹き込んだのだろう。先に潰しておけば良かったと少し思いながらも勝負の火蓋は切って落とされた。


ザワザワ!ガヤガヤ!


鉢巻を強く結び直すゼクス。

しかしミーハーの力は強い。

グラン・シャ・ヴァギナの方に人が集まっている。

とくに女子高生などが多い。

InstagramやTwitter、チンポトックに宣伝が広まり火が付いたのだろう。

しかしこっちも同じ事。

銀之助やパルムは機械には強いがスマホ関連には疎い。そこで現役ピチピチ屁ビチビチ女子高生のサーシャの力を借りた。

学生はやはり流行りものに強い。

坑篭屋の宣伝はモット・ホイールズとサーシャが請け負った。


「う…。」


「気にすんなゼクス。今日だけの売上の勝負じゃねぇ。一カ月の勝負だ。ほら、お客さん来たぜ。」


モット・ホイールズのメンバーがゼクスを促す。

前からの常連さんや久々に坑篭屋が開いたという情報を聞きつけまばらではあるが人が買いに来てくれている。

拙いものの、一生懸命に接客をするゼクス。

そしてそれをサポートするメンバーたち。

遠目からバカバカしいと言わんばかりにボーナが冷たい目で見つめていた。


「ありがとうございましたー!」


「ゼクスちゃんやっと継ぐ気になったんやね!応援しとるで!」


「惑星ニュルンポから来ますた。ヴァギナは散々食べたので地球の老舗の味を食べたいだす。」


懇切丁寧に接客していく。

確かに勝負事ではあるが数や売上だけではない。

そこには必ず人情というものが挟まる。

一人一人を数としてではなく、大切なお客様としてもてなす。

何もここだけの話ではない。

本来全ての企業の根本的な話である。

そして時間は過ぎていく。


「ク…、今日もあっちが賑わってやがる…。…………ん?何しとんねんお前ぇ!!!」


「へ?ごめん。ちょっちつまみ食いしようと思ったら美味しくて止まらんくて。」


後ろで頬いっぱいに鯛焼を詰めているバカ3人組。


「やっぱりゼクスくん鯛焼作るの美味いわぁ。素敵やん♪」


「なんも嬉しいないわアホンダラァァァッッッッッ!!!!!!これ鯛焼のストック無くなったら勝ちとちゃうんやぞ!!!売・上・金が多い方が勝ちなんじゃよ!!!!!!!」


「なんやて!!!クソッ………!!!!!罠か…!!!」


「お前が勝手に罠作って罠ひっかかとるんやんけ!!!!!」


「まぁ良いじゃねぇか。美味そうに頬張ってる方がお客さんにも伝わるぜ。」


時は待ってくれない。

銀之助たちはカフェの仕事もあるので参加する時間も限られている。

依頼は今は休止中。ゼクスの応援に力を入れている。

モット・ホイールズもメンバーがそれぞれシフトを作りゼクスを支えていた。

なので日によってメンバーが違う。

しかし共通しているのが皆ゼクスを、坑篭屋を心から思っていることである。

時折エメリィやジョージ、クエスチョナーにグレートも鯛焼きを買いに来てくれた。

ドサッ!と金を出して鯛焼を買いたいがそれぞれ財布の事情がある。強くは言えない。

それに無理にそんな事をしてもらうほうが返ってお互いに傷ついてしまう。

その代わり口伝てで宣伝などをしてくれている。

それだけでどれだけ有り難いか。

そして残酷にもその時間になってしまった。






「…………。」


ファサッ…と鉢巻を外すゼクス。

メンバーがそれぞれ集まる。

結果としては……………






「みんな、ありがとうな。」


敗け。

大幅に差をつけられて惨敗であった。

いい汗と言っていいのか、汗だくで椅子に腰掛けるゼクス。

みんな沈んだ顔をしている。

力を注ぎ全力で挑んだ勝負。

結果は悲しいものになってしまった。

無言が続く中、静寂を破るように小さな女の子が訪ねてきた。

拙い言葉で「たいやきくだしゃい!」と100円玉と10円玉を小さな手で差し出してきた。

ゼクスは優しく微笑みながら鯛焼を渡しお金をもらう。

ありがとうと笑顔で女の子を見送る。


「………確かによ、敗けたから土地は…取られる。でもよ、取られんのはあくまでも土地だけや。」


「………そうか。」


「ん?どいうこと?」


「なにも看板取られる訳じゃねぇ。後半年。この地で半年で創立100年やったけど…そんなもんにこだわるもんじゃないわな。……………前までの俺みたいに。」


深々と頭を下げ皆に礼を言うゼクス。

その後ボーナが契約書を持ち込みサインを書かせた。

殴りかかりそうなサーシャに警戒しつつ、それを見届けるしかない。

ゼクスは綺麗な字で書面を書き込む。

それを嫌らしく奪いとったボーナはそそくさとその場を去った。

しかし勝ったにもかかわらずしかめっ面のボーナ。

理由はここ一カ月の坑篭屋。

明らか追い詰められているにも関わらず誰も絶望的な顔をしていなかった。

むしろ晴れやかな笑顔で接客をしていた。

どう考えても負け試合。それにも関わらず朗らかなエネルギーを発するあの店が気に入らなかったのだ。

しかし勝ったのは勝った。

あとは事務所に持っていくだけ。

ボーナは苦虫を噛み潰したような顔で目的地に向かった。






「どうやら坑篭屋、ちょっと離れてるけど駅の近くで出来たらしいの。」


「サっちゃんが土地探したんやんな?立派やで。」


「うん。それに敦さんも回復して、親子で上手いことやってるらしい。またやり直したらええんやから。」


3人が協力した鯛焼勝負。

確かに負けはしたが得るものは大きかった。

これからの親子鯛焼屋の行く末を楽しみにしつつ、今日もカフェを経営するのであった。











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