第37話「カヌレと私」



流行りものに、私はいつも乗り遅れる。

一時期、街中で「カヌレ、カヌレ」と騒がれていた頃も、私は遠巻きに見ていた。いや、そんなに騒いでなかったか…。

小さな仏塔のような、不思議な形。外側は硬そうで、中身はどうなっているのか想像もつかない。未知のものには、なかなか手を伸ばせない性分だ。


「どうせまたすぐ別のスイーツが出てくるんだろう」

そんなふうに冷めた目で流行を眺めていた。


ところが、流行がすっかり落ち着いた今になって、ふと立ち寄ったケーキ屋のショーケースで、あの見覚えのある形に出会ってしまった。

他のケーキが華やかな宝石のように輝く中で、ひとつだけ落ち着いた佇まいを見せる小さなお菓子。

なぜだろう。あの時は素通りしたはずなのに、今日はどうにも目が離せなかった。


「お決まりですか?」

店員に声をかけられ、思わず口から出た。

「カヌレください」


家に帰り、ささやかな儀式のように準備を始める。

まずはカヌレを少し温め、お気に入りのお皿にのせる。

飲み物はどうしよう。紅茶か、コーヒーか……いや、そういえば戸棚に赤ワインが眠っていた。友人からもらった一本。

甘いお菓子にワインは合うのだろうか。まあいい、これも試しだ。


グラスに赤ワインを注ぎ、テーブルに並べる。

ショーケースの中で見た時よりも、家の小さな食卓の上の方がずっとオシャレに見えるから不思議だ。


一口かじる。外はカリッと香ばしく、中はもっちりと柔らかい。

ワインをひと口。驚くほどに馴染んでいく。


流行りの熱が冷め、街のざわめきが去った後に、私はようやくカヌレに出会えた。

きっと、ものごとは“みんなが騒ぐとき”ではなく、“自分が惹かれるとき”に味わうのがいちばん美味しい。

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