40「二人女子会の女騎士」★
王宮近くにある、騎士団女子寮の夕刻は意外にも静かだ。遊びたい盛りなので暗くなれば食事やらデートやらに、ほとんどの女子騎士たちは外出している。
ただし乱れてはいない。
しかし部屋にひきこもって、一人で寂しくしている謹慎中の騎士がいた。
その扉を監視者の騎士がノックする。
「エリーゼ。風呂に行くぞ」
「はーい。今行きます」
一人の錬金術師の追放処分は、今や大問題になっていた。王政の情報部と錬金教会、そしてそれらを取り巻く貴族たちが互いに政治力を駆使して、揉めに揉めている最中なのだ。
エリーゼの謹慎は重要参考人の保護にも当たり、カサンドラは監視者でもあり護衛でもあった。
「団長。お背中お流しいたします」
「ん。悪いな」
エリーゼは点数を稼いで、少しでも早く謹慎処分を解いてもらおうと考えていた。
だがその権限はカサンドラにはない。残念な努力であった。
「あっ。みなしご印なのですね」
カサンドラのタオルを泡立てる石鹸は、お馴染みの子供の笑顔印だ。
「うん。香付きも色々試したが、最近はやっぱりこれが一番だと感じている。何事もシンプルにだ。お前の石鹸の香りは悪くないがな」
「ありがとうございます」
などと会話しながら、新人騎士は上司騎士の背中をゴシゴシと擦った。
二人で並んで大きな湯船につかる。
「いい湯じゃないか。今日の釜炊きは、仕事をわかっているな」
「そうですかあ? 以前はもっといい人がいましたよ。時々手伝っていた人ですけど」
「そうか? 例の幼なじみの男のことだろう」
「はい」
「錬金術師だったな。風呂を覗く変わったスキルか何か持っているか? その錬金術師は」
「さあ? 私は詳しくないんですけれども、そんなのはないですよねえ……」
「もしかしたら、お前が覗かれていたのかもしれんぞ!」
カサンドラはまだ、弱みを握られているのではないか、との線を捨て切れない。半分は、それはないだろうと思ってはいるが……。
「まさか。だいたい孤児院の手伝いで、子供たちをお風呂に入れる時なんか、普通に見てますからねー」
「……そうなのか?」
「はい。もうたくさんいるので大変なんですよー。私たち子供の頃から、下の子たちのお風呂の手伝いをしてたから、今もやらされるんですよー」
「よくわからんが……」
「ハルトが外でどんどんお湯を作るんです。それをお風呂小屋に流してくれて、私がどんどん子供たちを洗って終わったそばから彼が外に出して体を拭くいてくれるんですね。もう戦場ですよ。私がどんどん送り出して、どんどん拭いてもらうんです」
つまりそこで見ていると――。
「ふーん……。逆はあるのかな?」
「時々はありますよ。終わったら背中を直そうか、って言ったら断ってくるんです。昔はよくやってあげてたのに、何でですかね?」
「知らん」
どうやら脅されている、との線はないようだ。
客観的に見て、覗いているのはエリーゼの方に見えるのでは? とカサンドラは思った。見込み違いだったようだ。
「ほどほどにしとけ」
「なぜですか? 家族なのに」
「……」
個人の事情はよくわからないので、これ以上は突っ込めないカサンドラであった。
「覗いてるの? と聞いたことがありますけど、キッパリ否定されました」
「ウソかもしれんぞ?」
「まさかあ~。あの人ウソをつけば顔に出るんで、すぐわかるんですよ」
「そうか……」
いい湯につかり、二人は並んで共同浴場を出た。
「どこかで一杯やっていくか。ご馳走させてもらうぞ」
「わー、ありがとうございます。行きますよ」
「近くに時々行く店がある」
二人は宿舎近くの裏路地にある酒場に入った。
「あれは赤鬼カサンドラ?」
「よせっ。シメられんぞ!」
「あの
と、他の客たちがザワついた。この店も冒険者ふうの客ばかりだ。
「ここでも人気者ですね」
「変な都市伝説ばかりが一人歩きして困っているよ」
二人はカウンターの一番奥の席に座った。マスターがやって来る。
「久しぶりだなあ。何にする?」
「時々が来てるだろう。
「ああ、誰か連れて来るなんて珍しいね」
「部下さ」
まずは
「ところで今日は、指輪はしていないんだな」
「はい。お風呂でなくしたら大変です。実は【ドゥ・エステルバリ】で宝石箱を勧められて、今はそこに入れています。防犯対策もバッチリの魔導具なんですよ。ちょっと高かったんですけど奮発しました。貯金がなくなっちゃいましたよー」
「そうか……」
長話を聞き一瞬押し売りされたのかと思ったが、【ドゥ・エステルバリ】の品なら中古でもほぼ同じか、あるいは高額で取引されている。カサンドラは問題なしと思い直した。
「とこで、騎士団ではその指輪を外してもらおうか。これは命令だぞ」
「そんな……」
「仕事に関係ないだろ? 外せ」
「でもこれを付けていると、みんなの私を見る目が変わるんです。結構イイ気持ちで……」
「何がイイ気持ちだ。すでに業務に支障が出ているだろう。それでは汎用魔剣は使えない」
「いざとなったら外します。それで何とか、かんにんしてください。団長」
「落としたらどうする? ポケットに穴が開いていたら? 戦場でなくせばもう出てこないぞ。魔物に踏みつぶされてボロボロだ」
「そんな……」
「だから外せと言っている。大切にしまっておくんだ」
「はい……。そうですね。なくしたら大変です。私、死んでしまうかもしれません」
「何を大げさな。新しいのを、おねだりすればいいじゃないか」
「そうですねっ! これはこれで大事にして、帰って来たらもっとおねだりしてみます」
「とにかく早く汎用魔剣を戦力化してくれ。我々の仕事なんだからな」
「はいっ!」
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