39「遠距離狙撃」

 俺は猿の支配地域へと、森の中を進んだ。

 崖が見える場所まで来て高い木を探す。そして風元素を巻き起こし空中へと飛び上がった。

 太い木の枝に乗り、剣を抜いて崖にうごめく猿たちに狙いを定めてみる


「ここならイケそうだな。やってみるか」


 まずはフーゴに前方警戒をさせる。

 剣軸を中心にして円陣を展開させ鋼鉄の弾丸を装填した。刃の周りに風元素の渦を作り、狙いを定める。

 そして中心に火元素の火球を作って炸裂させた。

 飛び出した弾丸を風元素で弾道調整し、奇行猿アッフェと一致させる。

 着弾が外れ、崖に小さな土煙が上がった。


「ちっ!」


 蜂蜜を狙っていた猿は何事かと驚いているようだ。


「風に振られたんだな」


 調整は俺の魔力行使範囲内までで、その間に照準を合わせればそのまま命中するはずだった。しかし崖の周囲は、特に風が吹いているようだ。

 だが右に外れたなら、同じだけ左を狙えばいいだけだ。

 次弾は見事命中し、猿が落下していった。

 続けて崖に取り付いている四匹を撃つと、さすがに猿も何かがおかしいと気がつき、姿を表さなくなった。


「群を率いる統率者リーダーはなかなか知恵が働くな。さて、これからどう出るか」


 しばらく崖を観察するが、猿はもう崖には登ってこないようだ。


『マイスター。魔物の反応が多数接近中』


 フーゴから魔導通信が来た。ここに狙いを付けて向かって来る。

 遠くの木の上に何かが動く。奴らも木を伝ってこちらを目指している。

 円陣の弾種を鋼鉄の弾丸から鉄球へと切り替える。その影に向けて何発か弾をばらまくが手ごたえはない。


「引きどころか」


 俺は地上に降りて、後方を確認しながら撤退を開始する。


「ついて来てるな」


 この程度ならまだ奇行猿アッフェはあきらめない。俺は大木を背にして迎え撃つ様子を見せた。

 群れは木の上と地上に分かれて左右に広がり、ジリジリと間合いを詰めて来る。

 こちらが一人で全方位同時に対応できないとわかっているのだ。


「ちっ!」


 やっぱり戦うならパーティーだ。しかし魔物を誘うならば一人の方が有利だ。


「それなら――」


 俺は弾をバラ撒き、すぐ身を翻して後方に駆け出す。スピードを上げた。

 猿たちは慌てて追って来るが、隊列が伸びて一塊りの集団になる。木の上の猿も地上に降りて来た。


「馬鹿めっ」


 俺は振り向きざまに、最大速度で連射した。猿たちの集団を弾丸の雨が包み込む。

 前衛と次列左右の猿が打ち倒され、群は四散する。生き残った猿たちは事態を察して一目散で逃げていった。


「上手くいったな。もうちょっと数が多ければ包囲されていたよ」


 俺は倒した猿の数を数えながら貨物庫カーゴに収納していく。

 最初に一匹倒し、狙撃で五匹倒し、そして今回で六匹を屠った。残りは十二匹か

 相手は半数を失う大被害だ。

 これで外敵を数で包み込む作戦はもう使えない。

 あのリーダーなら、おそらく一時撤退を決め込むだろう。

 それならば、俺は進撃だ。


 慎重に進むが魔物の反応は全くない。

 やはり猿の群は撤退したようだ。ほとぼりが覚めたら、またやって来るつもりなのだろうが。

 俺は崖下まで来て上を見上げた。猿の被害を受けていない蜂の巣がある。


「あいつから、おすそ分け願おうか」


 俺は強風を巻き起こし、飛び上がって崖に取り付く。

 岩の出っ張りをつかみ、足場を確保して蜂の巣の近くまで移動した。

 ミツバチがいるので、これ以上の接近はなしとして、蜂の巣の下に貨物庫カーゴの円陣を展開する。


「さて、ここからが問題だな」


 錬金の魔力を使った術で蜂蜜だけを取り出すのだ。

 蜂の巣と同じ大きに円陣を作り、その部分だけ重力を加速させた。蜂蜜が垂れる程度に微妙に調整する。

 垂れてきた蜂蜜が貨物庫カーゴ円陣の中に吸い込まれていく。

 空間を歪ませ、固定された場所に遠心力を発生させる錬金術だ。


「これぐらいしておくか」


 あまり採りすぎては猿と同じになってしまう。俺は場所を移動し、他の二つの蜂の巣から蜂蜜を取り出した。一人で食べる分には充分すぎる量だ。


「ずいぶん魔力が枯渇したな……」


 仕事を終えて地面まで降下するが、脱力感がすごい。重力操作は魔力消費が著しく高いのだ。

 消耗した俺はポーションを取り出して一気にあおった。みるみる魔力が回復するのがわかる。

 あの猿たちがいなくなれば、森の蜂の巣も回復するのかもしれない。


 戻って山荘にあった広口の瓶に蜂蜜を移し替える。

 夕食はシンプルにこんがり焼いたパンに、たっぷりの蜂蜜をかけ、酸っぱい果汁を絞った。

 苦労した甲斐のある味だ。

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