第2話 これがどん底となどと言える間は、本当のどん底なのではない
俺がギナーに世話になりだしてから、徐々にこの世界の事が分かってきた。
まず、魔法が存在すると言う事。多数の人間は魔道具に魔力を込める程度しか扱えないらしい。
15歳になるまでに魔力を高める訓練をすると、戦闘に使える程の魔法を扱えるようになる。魔力を体内に留めておく量を少しずつ増やす訓練をするとの事だ。なので、冒険者や騎士団、憲兵になろうと思うと幼い頃から鍛えておかないと絶望的。
俺が思っていた異世界は中世ヨーロッパ風の街並みに、騎士は鋼鉄の鎧に身を纏い、馬に乗って颯爽と駆けていき、冒険者になろうと思えばギルドに登録といったイメージだった。
しかし、ここでは一応馬もいることはいるがラクダやロバが主流らしい。メンネフェルは周りを砂漠で囲まれているため、馬では移動出来ない。
同じ国内でも王都までは15日程かかると教えて貰った。また、メンネフェルの街中の道路はあまり広くないため馬よりも小さいロバで移動する人が多いのだ。
車や電車が当たり前の生活をしていると、とても不便に感じるが時間に追われる生活よりは俺の性分に合っていると思う。
この世界にはギルドはなく、代わりに商工業組合がある。冒険者も商人も農家も漁師も全てここで管理されている。日本の市役所的な役割といえば分かり易いかもしれない。
そしてなにより暑い。年中30℃前後の気温だとギナーから教えてもらった。
少しでも建物内の温度上昇を防ぐ為、壁は漆喰で塗られている。街全体が白一色だ。
「よう! イツキ! 昨日ぶりだな」
ご機嫌で声を掛けてきたのはアトゥムだった。
「毎日暇なん?」
俺はギナーに頼まれていた物を買いにスーク(市場みたいな場所)までおつかいに来ていた。
「暇じゃない。これでも俺はそこそこランクの高い冒険者だからな」
いつもアトゥムはこう言うが、毎日フラフラしている姿しか見た事がない。
「そういえば、うちの奴らがお前は魔法とか興味ないのかって話してたぞ」
うちの奴らとは、アトゥムと同じパーティメンバーのシュー、ゲブ、イシス、ネフティスの事だ。
シューは20歳の男性。上背があり筋肉質な身体で魔法も使うには使えるらしいが主に大剣で戦う。一見怖そうだが、面倒見がよく、優しい性格だ。
ゲブは18歳の男性で、身長はシュー程高くはなく178㎝程度の細マッチョ。ゲブは攻撃魔法が得意らしくシュー程鍛えてはいないけれど、剣術もそれなりに得意らしい。そして何より、顔がいい。できるならゲブみたいな青年に転生したかった。
モテるが、チャラい性格ではなく落ち着いていて冷静沈着。中身まで男前とは全くどういう育てられ方をしたら、こんな男前に育つのかおじさんは知りたい。
イシスは21歳の女性。アトゥムのパーティメンバーでは1番年上だ。身長は170㎝あり、締まるところは締り、出る所はしっかり出てる。俗に言う『不二子ちゃん体系』だ。カッコイイ感じの女性で、噂によると貴族の令嬢らしい。
二刀流で剣はシャムシールのような形をしており、魔法を付与して戦うスタイルらしい。戦ってる姿は踊りを舞っているかのように優雅だと聞く。
最後はネフティス。19歳の女性で防御魔法を得意とするらしい。身長はイシスより気持ち低めで綺麗なお姉さんという見た目。
ぶっちゃけ俺はネフティスがタイプだ。いい感じの鍛え具合で、硬そうじゃない所がポイントが高い。やはり、抱き心地がいいポヨンとした感触が……とこんな事を言うと、セクハラになってしまうのでやめておこう。
以上アトゥムを含む5人がメンバーだ。
「魔法? 興味はめっちゃある。けど、俺……魔法の使い方知らんし。本は高額で買えんしな」
「ギナーさんから給料貰ってないのか?」
「貰ってはいるけど、それは使う気はないんよな」
「何か欲しい物でもあるのか?」
「欲しいものじゃのうて、いつまでもギナーさんにお世話になる訳にもいかんけん……。1人暮らしの資金を貯めよんじゃ」
「まぁなー。確かにあんなおっかない人とは早く離れたいわな」
「いや、俺はそんな事が言いてんじゃのうて……」
こんな会話をもしギナーに聞かれでもしたらと考えると恐ろしい。
「うそうそ。それよりもウチのメンバーがさ、お前に魔法を教えたらどうかって言ってたんだよ。もちろん魔法だけじゃなく、剣術や体術もな。そうすれば、何かあってもイツキが戦えたらギナーさんも安心だろ。アスィーラもいるしな。まぁギナーさんも昔は国の騎士団に入っててそれなりの強さだったみてーだから、ギナーさんだけでも十分な気もするけどな」
こうして俺は、ギナーの店を手伝いつつ空いてる時間にアトゥム達に稽古をつけて貰える事になった。
アトゥムと別れた後、ギナーに頼まれた物を買いに目当ての店に行こうとしていた。すると、前から走ってきた子供とぶつかってしまいその場に尻もちをついてしまった。
「あ……ごめんなさい」
その男の子は一言謝ると直ぐに走り去ってしまった。俺は起き上がろうとした時、ポケットがいやに軽く感じて手を突っ込んでみると、ギナーから預かった金がないのに気付いた。
「さっきの奴か!」
先程ぶつかってきた子供に盗られたのだと理解した俺は直ぐに追いかけた。
「確かこの路地裏に入っていったと思うたんじゃけど……」
スークが並ぶ通りから1つ奥の路地に入ると、急に陰湿な雰囲気になる。人影が見えず表とは真逆だ。
俺は恐る恐る進むと話し声が聞こえてきた。角で身を潜め、覗いてみると先程表通りで俺とぶつかった子供がいた。
「おい! お前! さっき俺の財布盗ったじゃろ」
俺はそう言いながら近づいていくと、幼稚園児位の子供や小学校低学年位の子供が数人、彼の後ろに隠れて怯えている。
彼は自分より小さな子たちを庇いつつ
「は? なんの事? 言いがかりだろ? 俺が盗ったって証拠でもあんのかよ」
そう早口で捲くし立ててきた。
「それはお世話になっとる人から預かった大事な金なんじゃ。じゃけぇ、返してくれんかな?」
俺はきっと彼がここにいる子たちの面倒をみているのだと悟り、なるべく事を荒立てないように優しい口調で話す。
「だからそんなの知らないって言ってんじゃねーか!」
彼は断固として認めようとはしなかったが
「ねぇ、あの人本当に困ってるみたいだよ? それに私たちと同じ子供なのに可哀想だよ。返してあげよ?」
後ろにいた小学生くらいの女の子が彼を説得しようとしてくれている。
「盗るのは大人からだけだって前にお兄ちゃんが言ってたんじゃないか」
今度は別の子が彼に言ってくれた。すると、彼は観念したらしく
「分かったよ。けど、お前ら今日はもう食料買う金なんてないから我慢しなきゃいけねーぞ」
小さい子たちにそう説明すると、皆揃って首を縦に振った。
「はー分かった。おい! お前! 悪かったな」
そう彼は俺の財布を投げて寄越した。そんな悪い奴でもないのか。食べる物がないから仕方なく……か……。
「ありがとう。それより、君たちはここで子供だけで生活しとるんか?」
「そうだよ。ここに居るやつは親を亡くしたり、捨てられたりしてる連中ばっかだ。
街の奴は俺たちの事をゴミでも見るみてぇーな目で見てくる。お前も早くどっか行ったほうがいいぞ。俺たちといると同じ目で見られる」
そう彼は言うと、手で振り払うような仕草をした。俺はそのままギナーに頼まれた買い物を済ませ、店に戻った。
翌日、俺はまた昨日の子供たちがいた裏路地に来ていた。
「お前、昨日の……」
振り返ると、昨日俺の財布を盗んだ彼が立っていた。
「おー! 探しょーたんじゃ。会えてよかった。昨日は財布返してくれてありがとな。それで、これ……大した
そう言って、俺はギナーに余った食材を貰って作った弁当を渡す。彼はそれを受け取ると中身を確認した。
「お前、これ……。同情でこんな事すんな。憐れんでくれなんて頼んでねー。これ持って帰れ。それで二度とここには近寄んな」
彼は俺が渡した弁当を突き返してきた。
「憐れんでるつもりねんじゃけど。昨日は本当財布返して貰って感謝してるし。それにそれも店の余った材料貰って作ったけぇ、大したもんじゃねぇし。お前は良くても昨日連れてた子供はお前みたいに体力ねんじゃけぇ何日も空腹だと病気になるぞ」
こいつはずっとあの子たちをこうやって守ってきたんだろう。俺がこの位の年齢の時は何も考えず学校に通い「面倒くせぇな」と友達と言っていた。
食べる物があるのも、帰る家があるのも当たり前で何も感謝していなかった。それどころか、親に対して反抗ばかりしていたなと恥ずかしくなる。
「財布返して感謝されたのなんて初めてだわ。お前変わってるな」
「そうじゃろうか? 俺も1人森で彷徨ってる所をこの街の人に助けて貰ったんじゃ。その時、本当に有難かった。じゃけぇ、あの時の俺と重なって放っておけなんだ」
あの時はどうしたらいいか分からず、焦っていたのが遠い昔のように感じた。
「お前この辺りじゃ見ない部族みたいだもんな。なんで1人で彷徨ってたんだ? 親は?」
少しは警戒を解いてくれたのだろうか。俺に質問をしてきた。
「それが、よく分からんで記憶が
記憶喪失という部分は嘘だが、他の世界からきたなんて説明しても逆にからかってんのかと
「お前も親いないのか。それなのに、昨日は財布なんて盗んで悪かった」
彼は申し訳なさそうに言う。
「もう謝らんでええで。じゃから、それを子供たちに食べさせてやって欲しいんじゃ。あ! まだ自己紹介してなかったな。俺はイツキ。お前は?」
まだ名乗ってなかったのを思い出し今更ながら自己紹介をする。
「イツキ……名前も変わってんだな。俺はウマルっていうんだ」
「ウマル、それで提案なんじゃが魔法は使えるんか?」
「いや……教えてくれる人もいないし使ったことねぇ。それがどうかしたか?」
「ただ使えるんかなって思っただけじゃ。俺も使えんしな」
この日から俺はギナーに余った食材を貰うと、ウマル達に届けるようになった。
アトゥム達には皆の時間が空いた時に話していた通り特訓をして貰った。
元々アラフィフだった事もあって、子供の体になった俺はとにかく身軽だった。そして体力も十分だったのですぐにそれなりには魔法が使えるようになった。
子供の順応力と記憶力がこんなにすごかったとは。死滅していっていた俺の脳細胞が活性化している。
「いやーまさかイツキがここまでやるとはねー。私もびっくり! どこか他の子と違うとは思っていたけど」
イシスは目の前の大きな岩を見ながら感嘆している。
「イシスの教え方が
俺は事実そうだと思っていた。イシスだけではない。アトゥムの仲間は皆、すごく分かり易く教えてくれた。何も得になどならないのに、俺の身を案じて毎日誰かは稽古をつけてくれた。
「いや、これはちょっとそういうレベルの話しではないかなー。にしても、イツキのその訛りって本当かわいいよ。なんか小さいおじちゃんって感じで」
そうイシスはくすくすと笑っていたが、精神年齢はイシスや……なんならギナーよりも年上だ。なまじ外れではない為、俺は笑えなかった。
「他のメンバーの話しでも、イツキは優秀だって言ってたし。ここまで魔法や体術が出来たら冒険者としてもやっていけるかもね。もちろん最初は簡単な仕事しか受けられないけど」
俺が冒険者! それなら、ギナーの手伝いがない日や空いてる時間で稼ぐことも出来そうだ。
「冒険者ってどうやったらなれるん? 子供の俺でも大丈夫じゃろうか?」
「未成年の場合は中級以上の冒険者が後見人になってくれて、尚且つ簡単なテストがあるから、それを合格すれば依頼を受ける事が出来るよ。ただし、未成年の場合はいくら強くても中級以上は許可されないから、割のいい依頼は受けられないんだけどね」
以外としっかりした体制で正直驚いた。強ければ子供でも簡単に登録できるのかと思っていただけに少し残念だ。そんな事を思っていたのが顔に出ていたのか
「イツキの場合は私たちの誰かが後見人になればいいだけだから、いつでも試験は受けれるよ」
「イシス達がなってくれるんか? って事は中級以上なんじゃな」
そう言えば今まで、皆の等級など聞いた事がなかった。アトゥムはそこそこ強いと言っていたのを思い出した。
「私たちは5人共、上級冒険者だから誰がなってもいいの」
「それなら、俺の友達ももし冒険者になりたいって言ったら誰か後見人してくれるんじゃろうか?」
「イツキ、同じ歳の友達いたんだ! そうだな~その友達は魔法使えたりするの?」
イシスと話しをしていると、他のメンバーも訓練をしに来てくれた。
「イツキ~! イシス~!」
そう呼んでいるのはネフティスだ。
「こっち! 崖のほうにいるよ」
イシスが答えると、3人は直ぐに合流した。
「調子はどう? イツキはすごい教え甲斐がある生徒だから嬉しくなっちゃう。それに可愛いし。今日もイツキは可愛いね」
ネフティスは知り合ってずっとこの調子で可愛がってくれる。きっとこの醤油顔が珍しいのだろう。ここの人達は皆目鼻立ちがハッキリしていてソース顔なのだ。
子供とはこんなに役得な生き物だったのか。自分が子供の頃は一切気付いていなかったが、中身アラフィフの今なら分かる。少し申し訳ない気もするが、この状況をしっかりと堪能しよう。
「あのね、イツキの友達も冒険者になりたい子がいるってさっきイツキに聞いてさ」
イシスは先程話していた内容を皆にも説明してくれた。
「イツキの友達なら安心はしてるけど、どんな子か分からないし1回連れてきてからだな」
ゲブがこう言うと、他のメンバーも「そうだな」と追随した。
早速俺はこの事をウマルに話し、2日後の訓練に一緒に来て貰った。
アトゥム達はウマルの話しを聞き「スリなんてやめろ。お前が捕まったら下の子たちはどうする?」と叱った。ウマルはそこまでは考えていなかったらしく、俯いて必死に涙を堪えていた。
「スリなんて辞めて、冒険者になれ! 訓練は俺たちがしてやる。後見人は俺がなってやってもいい。だから金輪際足を洗え」
そうシューがウマルに話しをした。面倒見のいいシューらしい言葉だなと聞いていた。
「今までそんな事言った大人は居ないし、それにお兄さんたちは貴族だろ? ……俺みたいな平民以下の奴になんでそこまでしてくれるんだ?」
ウマルは堪らず泣き出した。今までどんな事があっても歯を食いしばり頑張ってきたのだろう。
「平民だ貴族だと俺たちにとっちゃどうでもいいんだ。俺は頑張ってるやつの助けになりたいだけだ。だから、これからは俺たちが助けてやるから心配すんな」
そうシューはウマルの頭をガシガシと撫でるとウマルは子供らしく声を上げて泣いた。
「これがどん底となどと言える間は、本当のどん底なのではない――byウィリアム・シェイクスピア――」
「イツキなんか言った?」
イシスが訊いてきたが「なんでもねーよ」と答えた。
(ウマルは不幸だ、どん底だと言える状況じゃねかったんじゃな。こんな小さな体でずっと戦ってきたんじゃ。自分より小さな子を守る為に必死に……)
こうして俺はアトゥムに、ウマルはシューに後見人になって貰い、無事にテストに合格して冒険者として登録する事が出来た。
最初は冒険者見習いとなるらしい。依頼は薬草採取が主になる。それ以外の依頼は側溝の掃除や荷物持ち、煙突の掃除など冒険者と言うよりは街のなんでも屋的な仕事になる。
最初こそ雑草と薬草の違いがあまり分からず苦戦したが、商工業組合で薬草が詳しく載ったハンドブックをくれたのでそれを片手に依頼をこなしていた。
ウマルも空いた時間はどんな依頼もこなし「スリをしなくても他の子たちに毎日ご飯を食わせてやれる」と喜んでいた。
その合間に2人で魔法の訓練も欠かさず毎日やっていたので、大分魔法の事が分かってきた。
この世界に来てからステータス画面も出てこなければ、自分の魔法量がどの位なのかも一切分からなかった。
ラノベや異世界転生・転移系のアニメを観てもステータス画面は大概出てくる親切仕様なのだが、現実はそこまで親切ではないらしい。
「ハンドブックによると、この薬草はポーションの材料になるんかー。ポーションとか自分で作れたりせんかな……。ん? ”無許可でのポーション製造は違法になります”……日本と同じじゃな。まぁそんな甘くないわな」
ポーションに限らず薬関係は資格を持っていないとダメらしい。なんというか、意外としっかりしているんだなとがっかりだ。
森であれこれと試行錯誤していると
”……けて! ……か……けて! だれかたすけて‼”
頭の中に直接そんな声が聞こえた。俺は辺りを見渡してみるが、俺以外に人は居ない。気のせいだったのかもとまた魔法をあれこれ試していると
”あなたの目の前の木の後ろ”
と今度ははっきりと頭の中に声が響いてきた。その声の通り、目の前の木の後ろを覗き込んでみると……リスのような生き物が血を流してぐったりしていた。
「これは酷ぇ怪我じゃ。確か、治癒魔法は……」
俺は先日ネフティスから教えて貰ったばかりの治癒魔法を行使した。教えて貰ったばかりで一度も使った事がなかったので成功するか不安だったが、見た目はちゃんと治ったっぽい。
「おい。生きとるか? 傷は治ったみてぇじゃけど、どがんな? 痛い所はねぇか?」
俺が声をかけるとそのリスっぽい生き物は目を開けて元気よく立った。
「大丈夫みてぇじゃな。よかった。それにしても、リスか思ぉたらモモンガじゃな」
その生き物には前足と後ろ足が薄い皮膜で繋がっていた。それにしても、この世界の動物は話せるのか? さっき頭の中に話し掛けてきたのはこのモモンガなのだろうか。
「さっきはお前ぇが話しかけてきたんか?」
「……」
訊いてみたが反応はない。
「ですよね。動物が喋る訳ねぇわ。俺の気のせいじゃったんじゃな。それより、なんで怪我してたか知らんけど、今度からはよぉ気をつけぇよ」
そうモモンガに言うと、木の上に登らせてからギナーの手伝いの時間になったのでギナーの店に急いで戻った。
「うーん……。どうにか出来んかな?」
その日オプタニオンはすこぶる暇だった。夕方から雨が降ってきたので、皆外に出たくないのだろう。
「イッくん? 何を悩んでるの?」
最初こそ嫌われていたが、アスィーラも俺と普通に会話してくれるようになっていた。にしてもイッくんて……。よりにもよって嫁と同じ呼び方。まぁええけど……。
「いや、この辺ってどこも同じ感じじゃが? じゃけん、もっと内装を明るく出来んかなと思ぉて」
前職でインテリアのコーディネートもしていたので、この世界の店や家屋の内装がどこも似たり寄ったりなのが気になった。
街並みは漆喰の壁で綺麗なのでいいとして、問題は内装がベニヤ板を貼り付けましたという感じのテーブルとイスで照明は瓶のなかに魔法石を入れて天井から吊るしているだけ。
ギナーの料理はおいしいのでそれなりに客は来てくれているが、俺としてはもっと売り上げを伸ばせるのではと常々考えていた。
「それの何がダメなの? 他のお店もみんなこんな感じだよ?」
アスィーラは生まれも育ちもこの世界なので、同じなのが普通だと思っている。おそらく皆そう思っているのだろう。
飯を食いにきているだけだから、別に料理がおいしければいいと……否! それでは唯一無二にはなれないのだ。
こうして、俺は意を決してギナーとネスリーンに店の内装案のプレゼンを試みた。
「イツキすごいじゃん! これすっごい可愛いよ。でも、こんな壁の模様なんて見た事ないけど……。壁に絵を描くって事?」
ネスリーンの評判は上々だ。
「絵を描くとは
「布を貼る……。なるほど」
(分かったような分からんようなって感じじゃろうな……)
「けど、
ギナーも俺の案自体は気に入ってくれたみたいだが、予算を考えると難しい事位俺も承知の上だった。
「そこは大丈夫じゃけん! ギナーさんに負担は掛けない。お金を掛けずに出来ると思うけん、俺にさせて貰えんじゃろうか?」
その為に俺は森で色々魔法の研究をしていた。以前イシスに魔法の本を色々と貸して貰っていたのだ。
どうやら、俺には1回読んだだけで直ぐに覚えれるスキルがあるらしい。単に子供の記憶力がすごいと思っていたのだが、そうではなかった。
確かに、そんなにすぐ覚えられたら俺は前の世界でもっといい仕事に就けていたはずだ。
「そういう事ならイツキの好きなようにしていいよ」
「ギナーさんありがとう!」
「もし何か手伝いが必要だったら言ってね」
「ネスリーンさんもありがとう」
こうして俺は”オプタニオン”改造計画を開始した。
インテリアも全て自分で作る。魔法が使えないと途方もない時間が掛かってしまうだろうが、魔法があれば百人力だ。
俺は毎日森に行っては、家具を作っていた。すると毎日どこからか以前助けたモモンガが遊びに来てくれ、俺の肩に乗っている。
「ほんと前の世界じゃこんなの想像もできんかったな~。生きてるだけでどうしても金は掛かるもんな。その点、この世界は税金諸々もないし働かなくてもなんとか生きていけそうじゃもんな。それに動物見るのにも金払わんといけんかったけど、ここは森にくれば
モモンガは俺の事を最初から怖がらなかった。人間に慣れているモモンガみたいだ。
「いい加減お前とか、モモンガじゃあ呼びづれぇな。名前を付けようか……なんがえんじゃろう? アルテアはどうじゃろう?」
俺は肩に乗っているモモンガに話しかけてみると、頬に頭をすり寄せてきた。
「そうか。気に入ってくれたんじゃな! これからよろしくな。アルテア」
アルテアは怪我を治した後は何も話さなくなった。あれはきっと俺の勘違いだったのだろう。そもそもファンタジーといえど、現実的に考えて動物が人間と同じ知能を持っている訳がない。脳の大きさがそもそも違う。
それでもアルテアは俺が話している内容が分かっているのかと思うタイミングで頷く仕草をする時がある。きっとそれも気のせいだろうが。
食べる物も最初は木の実などを与えてみたが、口にしなかった。代わりに俺が森で作業する為に持って来ていた弁当を欲しがったのであげてみると、以降は弁当ばかり欲しがるのでアルテアの分も作ってきている。が、ペットを飼った事がないからあまり分からないが、モモンガって人間1人分の弁当をたいらげるものだろうか……。
「アルテア、そんなに食べようると太るぞ?」
……指を噛まれた。
「イツキー!」
この声はネフティスだ。
「どこに居るんだー?」
アトゥムもいるみたいだな。
「ここにおるぞ!」
俺の声に反応してアルテアが肩から下りてどこかに駆けて行く。暫くするとアトゥムたちを連れて戻ってきた。
「このモモンガもうイツキのペットだな」
ゲブがアルテアを肩に乗せたまま、喉元を指で撫でている。アルテアは満足気に眼を閉じて気持ち良さそうにしている。
「それにしても、モモンガってこんなに人間に懐くものなの? それに夜行性じゃない? こんなに昼間に動き回ってるの見た事ない」
イシスが不思議そうにアルテアを撫でようとすると、プイッとそっぽを向いた。なんとなくだが、こいつメスなのではと思った。
「こいつ、メスなのか? えらくゲブにくっついてるが」
シューが大きな声でさも愉快そうに笑っている。
「人間だけじゃなくて、動物にまでゲブのカッコよさは通じるのかよ! 本当羨ましいぜ」
アトゥムはあまり女性にモテないらしい。俺もモテた事がないのでその俺が言う事ではないが、恐らく女性の気持ちに疎いせいなのではと思う。
「ねぇ、それにしてもさ……これ、全部操ってるのってイツキなの?」
そう訊いてきたのはネフティスだ。
「そうじゃけど?」
今、俺はゴーレムを作成して切った木を回収しつつギナーの店に置くテーブルや椅子を作っている。テーブルと椅子は1つずつ自分で作って後は複製しているだけなのだが。
「うそ……。イツキ同時に違う魔法を発動できるの?」
「え? 普通出来るんじゃねん?」
特に苦もなくやってみたら出来たといった感じだったので、訓練したらそれなりに出来るものだと思っていた。
「いや、出来ないよ……。イツキには本当に驚かされるな」
ゲブまで頭を抱えている。
「でも、イシスは刀2本に魔法付与して使っとったよな?」
以前、イシスに訓練して貰っていた時に魔物と遭遇して、初めてイシスが戦っているのを見た。その時、シャムシール2本に魔法を付与していたのだ。
「あれは、1つの魔法を2本の刀に付与してるから実質魔法は1つしか使ってないの……」
「成程そうだったんか! え? じゃあ、俺が同時に使ってるの他の人に見られたら?」
「多分、大変な騒ぎになると思うぞ。この国でも隣国でもそんな話聞いたことないからな」
アトゥムは困った顔をしながらガシガシと頭を掻きまわしている。
「因みに、同時に何個の魔法を使えるんだ?」
シューは苦笑いしながら訊いてきた。
「多分じゃけど、5個位は使える思う。身体強化しつつ防御魔法で結界を発動したまま攻撃魔法を2つ混ぜて発動した事あるけぇな。ウマルは3つまでなら使えるみたいじゃ。この前2人で魔法の練習してる時にして見せてくれたけぇ」
「……」
皆が溜息を吐きつつ顔を見合わせている。俺はまだまだこの世界について勉強不足だったようだ。
「とりあえず、この事は俺たちだけの秘密にしておこう。イツキもウマルも騒ぎになるのは嫌だろ?」
ゲブに言われ俺は即答した。
「ぜってー嫌じゃ。ウマルも多分俺と同じじゃと思う」
かくして俺は人に見られないように森の中でだけで作業する事にした。
「ギナーさん! とりあえず材料は揃ったけぇ今日の閉店後に作業してええじゃろうか?」
「イッくん疲れてない? 私も手伝うよ?」
アスィーラが申し出てくれたが、俺はやんわりと断る。
「その気持ちは嬉しいけど、いつまでかかるかわからんけんギナーさんが心配するじゃろうし、俺1人でも大丈夫じゃけぇ。ありがとな」
皆が帰ると俺は早速作業に取り掛かった。この世界の飲食店には窓があまりない。なので、大通りに面している壁は全てガラスにして店内が見えるようにした。
漆喰の外壁はドアがある右側だけチャコールグレーにし、ロートアイアンで作った店の名前を壁に付ける。
内装の壁は漆喰のまま残し、天井と床だけウォールナットっぽい木で作った板材を貼りつけカウンターにも席を作り天板に板材を貼り付けた。
壁紙を作ろうと思ったが、こちらの世界でどのように作ればいいのかまだ勉強不足で分からなかったので残念だが諦めた。
その変わり日本でお馴染みの”ソメイヨシノ”の造木を作り、店の真ん中に配置する。
2階はその造木を半周する形で階段を設置し、1階と同じ天井と床は板材を貼り付けると、空間魔法で仕舞っていたテーブルと椅子を取り出し、配置していった。
作業は全て魔法を使ったので、1人でも6時間程度で終わった。
「店を開店する時間には間に合ったみてぇじゃな。しかし……さすがにえれぇな」
俺は床に寝ころび、ソメイヨシノを見上げていると、いつの間にかそのまま寝てしまっていた。
「うわ~! すごい! 前と全然違う。かわいい」
朝、アスィーラが1番に店に来ていて感嘆の声を上げた。その声で俺は目が覚める。
「あぁ……おはよう。アスィーラ」
「え? イッくんずっとこっちに居たの? 寝てないんじゃ……大丈夫?」
そう話しているとギナーも店側へやって来た。
「想像してたよりも大がかりだったんだね! 素敵じゃないか。イツキにこんな特技があったとはね」
どうやらギナーも気に入ってくれたようだ。
「益々アスィーラと同じ歳とは思えないね。前から大人びた子だとは思っていたけど。本当に何者なんだい! 不思議な子だよ」
ギナーにそう言われて少しやり過ぎたかと反省したが、日本で培った俺のスキルが妥協を許さなかった。
「どうじゃろうか? お客さんも気に入ってくれるじゃろうか?」
「絶対皆気に居るよ! こんな可愛いお店他にないもん」
アスィーラはテンションが爆上がりしている。徹夜明けの俺では少しついていけなかった。
「本当にお疲れ様だね。今日は店の事はいいから休んどきな」
そうギナーが言ってくれたのでお言葉に甘える事にした。
部屋に入るなりベッドに倒れ込む。
(この感じ久しぶりじゃなー。仕事してた時は常にこんな感じじゃったな)
最近はあまり思い出す事のなかった前の世界での生活を考えながら微睡んだ。
何時間寝ていたのだろうか。すごく寝た気がする。俺はそのまま店側へと足を運んだ。
「なんじゃこりゃ? なんでこんなに人がぎょーさんおるんな」
店はいつも以上にお客さんがいた。
「イツキ! ごめん。今日は疲れてるだろうと思って休ませてあげたかったんだけど、起きたなら店手伝って!」
ネスリーンは料理を運びながら声を掛けてきた。いつも厨房でギナーの手伝いをしているアスィーラまでホールに出て料理を運んでいる。
そして、何故かイシスとネフティスまでお客さんに注文を聞いたりしている。
厨房を覗くとシューとゲブも料理をしていた。アトゥムは皿洗いをしている。
「イツキ、こっち手伝ってくれ」
ゲブに言われ俺も厨房に入ると野菜の皮むきや材料を切る。何がどうなってこんな状況なのか理解する間もなく言われるまま働いた。
やっと最後のお客さんが帰って看板を仕舞う。
「やっと終わったー! お昼からずっとこんなだもん。夜の時間帯用に仕込みもする時間なかったよ」
ネスリーンはテーブルに突っ伏したまま言う。
「俺らも飯食べにきたのに、何故か駆り出されてたし……」
アトゥムが愚痴っている。
「だって、私だけじゃもうホール回しきれないしギナーさんだけじゃ料理捌ききれなかったんだから仕方ないじゃん」
ネスリーンが突っ伏した顔だけを横に向け、疲れた顔で反論する。
「今までこんなの見た事なかったから、私たちも来てびっくりしたよー」
ネフティスも床に座り込んだまま、もう動けないというように足を投げ出している。
「でも、なんで急にこんな事になったんじゃろ?」
昨日まではこうじゃなかったのにと不思議がっていると
「イツキのせいだろうね」
ギナーが苦笑している。
「俺のせい?」
全く心当たりがない。
「店を可愛くしてくれたでしょ? だから、みんな見に来てくれたんだよ。そしたら、他のお客さんも可愛いお店があるから何の店なのか興味を引かれて来てくれたんだって」
アスィーラは疲れた顔をしているが、自分のお母さんのお店を褒められて嬉しそうに教えてくれた。
「とりあえず、ギナーさん……。なるはやで人員確保しましょうよ……」
「そうだね。こんなのが毎日続いたら寝込んじまうよ」
体力があるギナーさんですら音を上げる程の忙しさだったようだ。
かくして”オプタニオン”にホールに3人、厨房に2人の求人募集がかけられた。
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