第191話 逃亡
ビクルは腰をかがめる。
ビクルの肉体は、細いが筋肉が適度についた肉体だ。
どことなく猛禽類を思わせる。
そのようなしなやかな筋肉が力をためている。そして、今にも飛び掛からんとしている。
ヤマトはビクルを観察した。
「素手か……。ビクルの両手には武器らしきものは持っていないな。イハマト相手に、これはかなり不利だろうな。」
しかし、そんなビクルはヤマトのほうへ視線を送り、ニヤリと笑った。
「……?」
「ダークアルケル・ソード(暗黒根源理の剣)」
ブオン!
ビクルが叫ぶと、左手に突然発生する黒剣。
かなり刀身の長い剣は、まるで黒い炎を纏わせているかのようにメラメラと燃えている。
ヤマトは驚く。
「な、何だ。あれは……!あの剣から凄い力を感じるぞ!?」
それに対して、オステリアが答える。
「見たこともない剣ね……魔剣なのは間違いないわ。」
「…………!」
ヤマトは未来において、ビクルは丸腰であった。あのような剣を見たことが無い。
やはり、過去の歴史が大きく変わり始めていた。
イハマトに視線を戻すと、彼女は肩に金色の戦斧を担いだまま棒立ちだ。構えも何もない。
どうやら、ビクルの魔剣でもイハマトを警戒させるには役不足だったようだ。
ヤマトはイハマトの強さを知っているが、あの棒立ちな恰好は「無防備に過ぎないか?」と、不安に駆られる。
何をしても平然と立っているイハマトに、ビクルは苛立ちを隠せない。
「なめやがって……。この剣の威力を死を持って知れ!」
ドン!と、地面を蹴るとビクルは飛び出した。
ルシナは驚いた。
「は、早すぎない!?スキルでも使っているの!?」
飛竜を乗ることを職業としているルシナの動体視力は非常に高いレベルを保持している。その優れているルシナから見ても、ビクルのダッシュは異様に見えた。
まるで弾丸のようなスピードだ。
ビクルは、風を切りながら接近。イハマトの目の前に踊り出る。
「死ねぇ!」
ビクルが黒い長剣を振りかぶると、そのままイハマト頭上に振り下ろす。
「危ない!」
ヤマトは叫ぶ。
叫ぶが……、それが杞憂だとすぐに理解した。
ブォン!
空を斬る魔剣。
ビクルは何もない空間を斬りつけて、振り下ろした剣を地面スレスレで止める。
「な……?」
ビクルの動きが止まった。まるで、時間停止の魔法でもかけられたかのように止まったのだ。
「…………え?」
「な、なんてスピードなの。」
オステリア達は、この状況を理解した。
ビクルが超スピードで間合いを詰めて剣を振り下ろした。ただ、それだけである。
直前まで、イハマトは動く素振りすらなかった。
しかし、今の状況はどうだろう。
何とイハマトが、ビクルの頭の上に立っているのである。
「お、俺を足げに……。このっ!」
ビクルが頭上に剣を振る。
シュン!
まるで瞬間移動のように、ビクルの頭上から姿を消すイハマト。
(あ!)
ヤマトは驚く、今度はビクルの背後にイハマトが立っていたのだ。
「ど、どこに行った!?」
焦るビクル。
キョロキョロと周囲を見渡している。
イハマトは、完全にビクルをおちょくっていた。
頭の上に立ったり、背後に立ったり、やらなくても良いことをしてしまうあたりが、まだ子供なのかも知れない。
「イハマト!早く決着をつけろ!」
ヤマトが叫ぶと、イハマトは「はいはい。」と言わんばかりに、口を開く。
「こっちよ……。このドンガメ!」
「……!?」
突然の背後からの声に、驚き振り返るビクル。
「い、いつの間に背後に……!」
「いつ気がつくのかと心配しちゃったわよ。ビクル。」
「な……な……。」
からかわれていると知り、鬼の形相に変わるビクル。
「このぉ!」
剣を振りかぶると、横、縦、斜めと猛烈な斬撃を浴びせるビクル。
1秒の間に10以上の連撃を繰り出す。すさまじい剣技だ。
まるで縦横に何羽も走る燕のような、凄まじい数の斬撃がイハマトに襲いかかる。
「……ふん。遅いわよ。」
しかし、難なく躱すイハマト。
「な!?ギアを上げてやる!」
驚くビクル。しかし、腰を入れて更に早い連撃を繰り出す。
剣風が巻き起こる。
まるで、ビクルを中心に小さい台風が発生したかのようだ。
イハマトはそれに合わせて攻撃を避けていく。体を最小限の動きで、次々に襲いくる斬撃をギリギリのラインで避けるのだ。
イハマトの上半身の動きが慌ただしい。そのため残像が発生した。
ヤマト達は何人ものイハマトが、そこにいるかのような錯覚を覚えた。あまりに高度な攻防に、リリス達は動揺していた。
「な、何じゃ……あのスピードは。」
「女の子……何者なの?」
「は、母上。あのカリアースだって、あんな動きできません。」
少し後ろに立っているイハネは……、驚きと共に「心配で仕方ない」という表情を浮かべていた。
イハマトが凄まじい戦闘力を持っているのはイハネも感じていた……。しかし、万が一があったことを考えるとイハネは気が気でない。
(あ、あぶない……!)
危なっかしいイハマトを見ていると、得も言われぬ感情にさいなまれるのだ。
しかし、心配をよそにイハマトはビクルに一撃を入れるために戦斧を振りかぶった。。
ギン!
イハマトは、ビクルの黒魔剣を弾く。
「ぬぅ!?お、俺の剣を弾いただと!?」
態勢を崩すビクル。
イハマトの戦斧は、そのままイハマトの腕力により軌道を変える。
かなりの重量を持っているだろう、戦斧を持ちかえると、そのまま振り下ろす。
「ふん!」
ズシャ!
巨大な金色に輝く戦斧が、ビクルの脳天に直撃した。
「ぎゃあああ!!」
ビクルは、頭を半分に割られ……動きが静止してした。
シュン……。
片手に握っていた、黒いアルケルソードが消失する。
「ふん!」
戦斧を真下まで振り下ろす。
ズリリリィ!!という、嫌な音を響かせながら、ビクルの体は真っ二つに両断された。
左右に物別れしたビクルの肉体が、地面に倒れていく。
普通であれば即死である。しかし、信じられないことに、その状態でもビクルは生きているようだった。
「が……!ぐ……ぐぞ!このガ……キ!」
眼玉だけが、ギョロリとイハマトを睨む。
その状況をイハマトを予想していたのか、片手をビクスに向ける。
「綺麗に焼いて消失させてあげる。…………アトミック・レーザー!」
イハマトが、技名を唱えると、片手から金色のレーザー光線の束が発射される。
その数は数百。
無防備なビクルは、なすすべもない。
「ぎゃああ!」
ビクルは、体中を撃ち抜かれて悶え苦しんでいた。
「…………。」
しかし、10秒も経過すると、全てが炭と化して完全に消失した。
ビクルは完全に消滅したのだった。
・
・
・
戦場に静けさが戻った。
イハマトはやはり圧倒的に強かった。
・
・
・
ヤマトの元に駆け寄るイハマト。
「パ……ヤマトさーん!終わりました!」
「あ、ああ。凄いぞイハマト。」
「えへへ。頭を撫でてください。」
「え?ま、まぁ……それくらい良いけど……。」
「えへへへ……。」
ヤマトに褒められ、頭を撫でられて照れるイハマト。
ちょっと勘違いしてしまいそうだが……、今この幼女は神や悪魔を超える力を持つ、”はじまりの精霊”と戦って勝利したのだ。
その偉業の程を知るものは、ヤマト以外いない。
リリス達は呆気に取られている。
「す、すごい子なのじゃ……。」
「な、何者なの?ダーリン?」
「そ、その子と知り合いなの?ヤマト?」と、リーランも目を見開いて驚いていた。
ルシナはルシナで、一体何が起きているのか理解出来ていない。
「あの!」
イハネにしては珍しく。感情を露わにする声を上げた。
驚いた皆が、イハネに視線を集める。
「あの。貴方は私のことを知っている?ヤマト様とはどれくらい前から知り合いなの?」
イハマトは、ニッコリと笑うと言い切った。
「いえ!私とヤマトさんは初対面です!」
「「ええ!?」」
意味不明である。
リリス達からすれば、突然現れた幼女。
しかも、何故かヤマトの名前を知っている。
初対面というのには無理がある。
「ほ、本当か?オヌシ……いくつじゃ?」
「じゅ、10歳です!」
「10歳!?10歳で、あの戦闘力なの!?」
驚く一同。
「はい!父から戦い方は教わってきましたので、戦闘は得意なほうです。」
「と、得意とかそういうレベルの話じゃないような……。」と、ルシナは苦笑いしている。
イハマトを取り囲んでいたが、イハネは食い下がる。
「あ、あの……。あなたはイハマトという名前なの?」
黙って後ろに立っていたイハネは、とうとうリリス達をかきわけてイハマトの前に立つ。
その顔は、驚きと期待が入り混じったような表情であった。
「ちょ、ちょっといい?」
「…………マ……、い、いえ!何でしょう?」
イハマトは、イハネが近寄ってきたことで体を強張らせる。
「マ……。と何か言いかけたわね?」
イハネは、まじまじとイハマトを見つめる。
イハマトは固まってしまっている。
「い、いえ……、まぁ何て美しいエルフさんでしょう!?と言いかけたのです。」
イハネは首を傾げる。視線はイハマトから外さない。
「…………ね、ねぇ?私のことを知っているわよね?」
「い、いえ。知りません。」
「…………」
ジーっと見つめ続けるイハネ。
「…………あの。」
「…………ねぇ?本当に私のことを知らない?」
「し、知りません。」」
「嘘を言っていない?」
「言っていません!」
ブン!ブン!と、頭を振るイハマト。
リリスやオステリアなどには割りとフランクに接していたが、どうもイハネには固い。
その空間に耐えられないのか、イハマトは突然走り出した。
「あ!」と、イハネはイハマトを捕まえようとしたが、イハマトは既に10m先に立っている。
逃げる気満々である。
「じゃ、じゃあ。ヤマトさん。あとは宜しくお願いします!私は用事がありますので!」
ヤマトのほうへ手をブン!ブン!と振るイハマト。
「も、もう行くのか?」
「え、ええ。早くいかねば!いろいろ勘が鋭いようですので!」
「な、なるほど……。」と、ヤマトは苦笑いをした。
「教えた通り、アルケルを早く使えるようにしてくださいねぇ!」
大きな声で叫ぶイハマト。
「わかった!それで……また会えるのか?イハマト!」
イハマトはニッコリと笑い叫ぶ。
「このまま必要が無ければ会えないでしょう!でも、きっと会えますよ!今とは違う形で!」
「…………そうか。」
その問答に、リリス達は首を傾げた。
「な、何を言っているのじゃ?あの幼女は?」
「ま、待って!イハマトちゃん。もう行かないで!」
しかし、イハマトは振り返らずに駆けだしていた。
シュン!
その速度は弾丸のような速度で、とてもヤマトやイハネ達が追いかけても追いつけるような速度ではなかった。
追いすがろうとするイハネを置いたまま、イハマトはさっそうと消え去ってしまった。
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