第186話 娘
「…………く。」
ビクルは上半身の大半を失っていた。
首と片手だけがかろうじてつながっている。正直、生きているだけで不思議な状態である。
「あら……生きてる。しぶといね、雑魚のくせに。」
幼女がそういうと、ヤマトは「雑魚」と言うセリフに仰天する。
「こ、こいつが雑魚!?」
「うん。パパちょっと待ってて、トドメを刺すから。」
その後は、「容赦しない」というセリフがぴったりだった。
幼女は容赦しない。
瀕死になっているビクルの前に立つと、ビクルは残った体と頭部を血だらけにしながら憎々しげにイハマトを睨む。
「ぎ、ぎざ……ま……!」
「さよなら。ママ達を殺した罪を償いなさい。」
そういうと、イハマトは自らの右手の平を見つめる。
「セイント・バトルアックス(聖者の戦斧)!」
そう呟くと、イハマトの背丈には不釣り合いな金色に輝く戦斧が現れた。
自らの身長の3倍はあるだろう金色の戦斧を担ぐと、イハマトは「ふん!」と、目にも止まらぬ早業でビクルを細切れにした。
コンマ何秒の世界である。
バカでかい戦斧は、見るからに重量がありそうである。しかし、まるで小枝を振るうかとのようにイハマトは戦斧を使ってビクルを細切れにしたのだ。
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しばらくすると、イハマトは戻ってきた。
いつの間にか、金色の戦斧は消えていた。
ヤマトは可愛らしい容姿と裏腹に、神……いや神をも超える力を持つイハマトにたじろいだ。
(つ、強すぎるぞ。あの子……。龍眼よ。)
【う、うむ……。】
イハマトはヤマトの目の前に立つと、無言でまっすぐと見つめて来た。
(ごくり……。無言は止めてくれ。)
「…………パ。」
「…………パ?」
「パパァ!」
ドン!と、イハマトはヤマトの胸に飛び込むと、泣きだした。
「えぇーん!パパァ!」
「な、何?ど、どうした?イハマト?」
「生きてるよぉ。ちゃんと生きてるよぉ。」
泣きじゃくるイハマト。
そして、しきりにヤマトが「生きている」ことを喜ぶイハマト。
「(ど、どうなってんの……。)」
ヤマトは、どうして良いか判らず。
しかし、泣いている少女を無視する訳にもいかず。
ただ、イハマトを抱きしめていた。
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10分ほど経過すると、イハマトは泣くのを止めた。
「ご、ごめんなさい。パパ。取り乱してしまって……。」
「それは良いんだけど。そのパパってどういう……。俺は子供を持ったことが無いんだけど……。」
イハマトはヤマトの胸から離れると、頷き笑った。
「…………!」
その笑顔は本当に可愛らしく。ヤマトは、胸の中から彼女を手放したことを何故か後悔していた。
(なんだ……。この子の笑顔を見ると、心が満たされる……。)
不思議な感情に戸惑うヤマトをよそに、イハマトは告げた。
「パパと呼ばれて驚くのは無理ないよね。だって、この時代に私は生まれていないから……。」
ヤマトはハッ!と、気がつく。
しかし、この推測はあまりに突拍子もないものであり、口にするのは躊躇われた。
「…………もしかして。」
すると、イハマトはこくりと頷いた。
「そう……。私は今から150年後に生まれた。パパの10番目の子供なの。」
「………!」
「驚かせてごめんなさい。そう……、私は未来からやってきたの。パパとママたちの未来を守るために。」
「未来を守るため……。」
「うん。良く聞いてね。あまり時間がないの……。もう少ししたら”揺れ戻し”が来るわ。」
「”揺れ戻し”?」
「私は時間を旅することが出来る”時空の旅人”スキル持ちなの。この”時空の旅人”は魔力とアルケルを組み合わせて、過去の時間へ移動が出来るスキルなの。」
「…………!それってタイムリープ!」
「うん。ちょっと違うけど、そのようなもの。」
「それで揺れ戻しって?」
「この”時空の旅人”スキルは万能じゃなくてね……。過去に居る間も、魔力とアルケルを消費し続けるの。」
「つまり。こうして話している間も魔力とアルケルが減っているってこと?」
「そうなの……。魔力がゼロになると、強制的に元に時代に戻ってしまう。」
「そ、そうなのか……。あれだけアルケル?と言ったっけ?魔力にすると数千兆のステータスをもっているのに……。」
「まぁ……。本当はこの時代に留まるだけなら、あと数年は私の魔力でもつんだけど……。ここからさらにパパを連れて戻すとなると……。」
「俺を連れて……?」
「そう……。ママたちが殺されちゃったでしょ?殺される前の時間まで、パパを連れていくわ。」
「…………え!?俺も過去に戻れるの!?」
「そう。今回の時間旅行は、それが目的。ママたちを殺されない歴史にするため、パパを連れて時間を”戻すの”」
ヤマトは震えた。
「オステリア達にまた会える!会えるのか!」と、歓喜に震えた。
しかし、そこで龍眼が「待った」をかけた。
【待て……その話、何か変じゃ。】
「何が変なんだよ?」
突然に龍眼と語りはじめたのだが、イハマトは「…………。」と黙って待っている。
おそらく、俺が龍眼と話していると悟ったのだろう。
【その娘……イハマトとか言ったか?その娘が来なければ、オステリア達は死んでおったのだろう?つまり……イハマトも生まれていないという計算になる。】
「た、確かに……。」
ヤマトは龍眼のセリフをそのままイハマトに告げた。
すると、イハマトも「そうくるわよね。」と、すぐに説明を始めた。
「本当の歴史であれば、はじまりの精霊たちが地上界に降りてくるのは、今から100年先なの。本来の歴史と違う動きなの……。だから私が来たのよ」
「本来の歴史であれば、あのときにビクルって奴が出てきていないの?」
「そう。どうも、時間旅行を出来るものが”はじまりの精霊たち”の中にも居るようね……。歴史が歪みはじめているの。」
「そ、それだ!はじまりの精霊って、俺の中にある精霊のことだろう?それが複数いるのか?」
「ええ……。パパも知っていると思うけど、創生期のときに居た”はじまりの精霊”達は、ほとんどが”精霊”や”神”、そして”悪魔”に姿を変えたわ。しかし、残った”はじまりの精霊”も少ないけど居たのよ。」
「そ、そうだった……。思い出したぞ。」
「良かった。オステリアさんか、誰かが教えたのね。」
「つまり、イハマトが言っている”はじまりの精霊”というのは、生き残った”はじまりの精霊”ってことか……。」
「そのとおりよ。」
「さっきのビクルもそうなの?」
「そう。雑魚だけど、彼も立派な”はじまりの精霊”。」
「ざ、雑魚……。」
その雑魚に手も足も出なかったヤマトは、何とも言えない感情に飲まれた。
「そして、その”はじまりの精霊”達を統べる王がいることは判っているの……その王の名は……”黒精霊王”。」
「く、黒精霊王……。」
「こいつは強いわよ……。本当に厄介……。」
憎々し気に言うイハマト。未来で、遭遇したことがあるようだ。
「はじまりの精霊たちは、どれくらい居るんだ?」
すると、イハマトは申し訳なさそうに首を振った。
「”はじまりの精霊”が、どれくらい残っているのか不明なの。確認されているだけで、15はいるわ。」
「あ、あんなのが15も……。」
ヤマトは背中に冷たいものを感じた。
実際、ビクルは強かった。
兆を超えるステータスを持ったヤマトでも、なす術がないくらい強い存在だった。
それが15も一気に襲ってきたら、勝てる気がしない。
「話を戻すね?本来の歴史であれば、100年は”はじまりの精霊”は出てこなかった。そして、パパとママの間に私が生まれた……。そういう歴史だったのよ。」
「その歴史を変えることが出来る奴が、はじまりの精霊の中に居るってことか。その黒精霊王なんじゃないのか?」
「違うわ。あいつは時間旅行者じゃない。」
はっきりと言うイハマト。
今は彼女の言葉を全面的に信じるしかない。
イハマトは、ヤマトの手を取った。
その小さな手は、ヤマトの手で覆い隠せるくらいだ。やけに大人びた口調だし、しっかりした性格のイハマトだが、彼女がまだ幼いことをヤマトは実感した。
「誰か判らないけど、”はじまりの精霊”の中に、時間旅行できる奴がいる……。そうとしか思えない。」
「…………あまり聞きたくない質問をしていいか?」
「………うん。」
先ほど、イハマトが自分に会えたことを喜んでいた。つまり、これは良くない未来を示唆していることをヤマトは悟っていた。
それを、ヤマトは意を決して聞くことにした。
「俺は未来で殺されているな?」
すると、イハマトは少し躊躇いながら頷いた。
「そう。本来の歴史では、パパは殺されているの。」
「だ、誰に?」
「神や悪魔じゃないわ。ましてや魔王ルフィルスでもない。黒精霊王と複数の”はじまりの精霊たち”に殺されているの。」
「…………!」
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