第9話 夫婦の葛藤

♦♢♦♢神崎視点♦♢♦♢


あれから。とにかくすることが無く……。


(暇だ、暇だ……。)と、毎日を過ごしていた。


しかし、転生して15日目。


変化が訪れた。


どうやら、俺はこの家を追い出されるらしい。


言葉は分からないが、何となく不穏な空気を感じるんだ。


ここ数日、家の人達が揉めているのも確認出来ている。


(あれは、俺のことで揉めている感じだった。)


いや、俺が家の人にいじめられているとか、嫌われているから追い出されそうとか……そういう意味じゃない。


むしろ、彼らは凄くいい人達だ。


たった2週間くらいだけど、交互に面倒をみてくれているし、ミルクを作って哺乳瓶で飲ませてくれたり、滅茶苦茶可愛がられていた。


こういった生活を送っていると勘違いしてしまうが、もともと俺はこの家の子ではない。それなのに非常に手厚い。この家の住人は二人とも間違いなく善人だ。


しかし、仕方ない……。


来るべきときが来たのだ。


すごく可愛がってくれているし、大事にはされていると思う。しかし、血の繋がりがない俺をそのまま自分の家の子供にする酔狂者がどれくらいいるのだろうか……。


養育費、自由時間、睡眠時間、さまざまなものを浪費する。


拾ったから育てよう。捨て犬とは訳が違う。そんな人間は皆無だろう。


これは仕方のないことなのだ。


今日は特別バタバタとしている。雰囲気から察するに今日だ。


今日、誰かが俺を引き取りにくるのだろう。


(一体、俺はどーなってしまうんだろう。)


不安しかない。


♦♢♦♢リカオン視点♦♢♦♢


あの赤子に出会ってから生活が変わった。特に妻マリーシアの表情が明るい。


俺だってそうだ。毎日、家に帰るのが楽しみになっていた。


あの子の笑顔を見るだけで疲れが吹き飛ぶ。


もちろん親探しは全力でしていた。すぐ役所にも捜索願いを出したし、役人にも捜索依頼を出した。さらにギルドにまでも依頼を出した。


全力で、この子の親を探していた。それでも見つからなかった。


やるだけやったんだ。


しかし、タイムリミットが来てしまった。


この国の法律でもある【孤児救済法】、マリーシアと俺は、これを恐れていた。


【孤児救済法】

孤児や捨て子は、その子を一時受け入れを承認する者が、王政府機関に届け了承を得ることを条件に、15日間その家に保護されることを認める。ただし、15日以内に一時預かり申請者が養子縁組・里親申請をしない限り、16日目からすみやかに王政府認定の「孤児保護監査員」に引き渡さなければいけない。


昨日で期間きっかり15 日間だ。今日引き渡さなければならない。残念だが仕方ない。違反すれば、それなりの罰則が待っている。


今日、孤児保護監査員が引き取りにくる。そういう手筈だ。


マリーシアも完全には納得していないが、引き渡すことを夫婦で決めた。あの子と離れる。


そう決めたのだ……。


マリーシアは辛いのか、今朝から部屋から出てこない……。


(あの子のことを、もの凄く可愛がっていたからな。ツライのだろう。)


俺だって辛い。


仕方ないんだ……。養子にするって手もあるが……。さすがにそこまでは……。


しかし、マリーシアと俺との間には子供は出来ない可能性が高いのも事実。もしかして、これは愚かな行為をしようとしているのかも知れない。


あの赤子は神が与えた俺らの光なんじゃないのか?


い、いや!そんな考えをしてしまっている時点で、もはや引き取る気持ちが強いのかも知れない。


強い気持ちで、役人に引き渡さねば!


そう考えていると、あっと言う間に時間が過ぎた。


いまあの子は部屋で昼寝中だ、マリーシアは部屋に閉じこもっている。


リン!リンリン!


玄関の呼び鈴が鳴りだした。


まるで死刑宣告を受けたかのような気分に陥った。


「来たか……。」


さて……辛い仕事だが……。


サッサと終わらせて、今日は酒飲んで寝よう。


こういうのは勢いだ。終わらせるんだ!


そう決意した俺は、重い腰を持ち上げて玄関に向かった。


玄関扉まで迎えにいくと、くたびれた中年役人が気怠そうに立っていた。


「こんにちは。お疲れさまです。孤児保護監査局のかたですか?」


とりあえず、丁寧に挨拶をしてみる。


「ああ、サールと言う。これが身分証。さあ、さっさ終わらせるから、とりあえずその赤子を見せてもらおうか。」


「は、はい。まずは入ってください。」


「ふん。」


すると、サールはズケズケと我が家に入り込む。


ず、随分と横柄な態度だな……。


(まぁ、中央部の役人なんてこんなもんか……。)


一抹の不安を覚えながら、リビングフロアへ通した。


サールは部屋をジロリと見ると、俺に向かってアゴを突き出して睨みつけてきた。


「おい。」


「あ、ああ……。わかりました。いま赤子を連れてきます。」


俺は、赤子が寝ている部屋に向かった。


二階の角部屋だ。マリーシアと結婚したときに家の設計段階から、この部屋はいつか二人に子供ができたときの子供部屋にしようと、決めていた部屋だ。


部屋を出て階段を上がる。気乗りしないせいか足が妙に重たい。


やっとの思いで俺は赤子の部屋前に立つ。


気合を入れねば。


パン!パン!


頬を二回ほど叩き、気合を入れ直す。


「ふー……。早く終わらせるんだ。冷静に。淡々と。機械的に処理するんだ。感情に流されるな。何、簡単な仕事だ。子供を渡すだけだ。」


自分に言い聞かせるように、そう呟く。


「行くぞ。」


意を決してドアを開く。


「!?」


ドアを開き、目の前の光景に俺はたじろぐ。


マリーシアが、眠っている赤子の頭を愛おしそうに撫でていたのだ。


目の前の光景に、俺の決心は揺らぎそうになった。


「マリーシア………。お前……。」


マリーシアは視線を赤子へ落とし、そして慈愛の目を向けていた。


ゆっくりと視線を俺に向ける。


「分かっているわ。もう連れて行くんでしょ?」


「う、うむ……。」 俺は頷く。


何を話せば良いのか分からない、言葉が続かない。


「私が連れていくわ、一緒に行きましょう。」


マリーシアは「分かってる」と、言わんばかりだ。


マリーシアは、赤子をそっと抱きあげた。


赤子はよく眠っている。まるで天使のような寝顔だ。


それを抱くマリーシアは聖母のような美しさを出している。


「マリーシア……。俺たち二人だって中央都市部にいけば良い治療が受けられる。そしたら二人の子供だって……。」


「うん、でも……。多分私たち二人には……。いいえ、いいわ。行きましょう?」


「う、うむ」


マリーシアは何と言おうとしたのだろう。しかし、俺にそれを尋ねる勇気は無かった。



二人で一階のリビングへ降りる。二人とも無言だった。


一階に降りると、サールは、ソファに腰を下ろして足を組んでいる。


相当イライラした雰囲気だ。貧乏ゆすりまでしていた。


「遅いぞ、私も暇ではないんだ。」


本当に態度が悪い。


確かに俺は貴族でも無い。ただの冒険者崩れだし……、今回は赤子を引き取ってもらう側でもある。しかし、役人にここまでの態度を取られるのも癪だ。


(怒鳴りつけてやろうか……。)


すると、マリーシアが赤子を抱きながら俺に目配せをする。


俺はマリーシアの意図を読んだ。


(そうだな。この赤子を預ける相手だ。機嫌を損ねて、この子に何かあっては困る。ここは我慢だ……。)


俺は極力笑顔を保ちながら、言葉を絞り出した。


「申し訳ない。赤子との別れに思うところがありまして。」


「……。こちらにサインをしろ。後の手続きはこっちでやっておく。」


サールという役人は、一枚の引き渡し同意書を渡してきた。


俺は黙ってそれを受け取り。マリーシアと一緒に読み始めた。


「ちょっと待って。赤ちゃんを……。」


マリーシアはそう言うと、この日のために用意した木製の赤ん坊用の籠に、赤子を慎重に寝かせた。この籠はゆりかごのようでもあり、持ち手がついているので外出にも耐えられる代物だ。


赤子はスヤスヤと寝息を立てている。まるで天使のようだ。


「お待たせ。リカオン。じゃあ、書類を読んでみましょう。」


「う、うむ……。」


二人で読み込む。


いろいろな注意事項や条件などが記載されている。


条件のところを読み込んでいると……。


『金額:0クラン』という文字が書いてあった。


俺達は顔をしかめた。


まるで物扱いのような……。私たち夫婦が子供を売るみたいだ。


顔を見合わせる俺とマリーシア。


「あ、あの……。」


マリーシアが、耐えられないといった表情でサールに話しかけた。


「なんだ?」


面倒くさそうにこちらを見るサール。


「この子は……。この子は……。これからどんな人生を歩むんでしょう?孤児保護監査員院の子供達はどんな成長を?」


中央の孤児保護監査院は大陸のなかでも比較的人道的……と、調べはついている。しかし直に聞いてみるマリーシアに同意だ。俺も身を乗り出す。


サールは少し考えたような顔をしていたが、やがてニヤリと笑った。


「うちは他のところよりも良心的だ。安心しろ。」


「そ、そうですか。」


少し安心した表情でマリーシアは嬉しそうに、眠っている赤子の頭を撫でる。


「安心したか?ではこっちに。」


サールが促すので、マリーシアは名残惜しそうに赤子を籠から取り出すと……。サールに赤子を手渡した。


サールは、赤ん坊を受け取ると。自分で持ってきた少し茶色い、薄汚れた籠に放りこんだ。


「ちょ、もう少し丁寧に扱ってください。」


マリーシアは驚いた表情で思わず言う。幸い、赤ん坊は眠ったままだ。


「はん……。分かったから早くサインしろ。」


サールは面倒というか怒っている。怒るのも筋違いだ。


こいつ、大丈夫か? 


しかし、今から赤子を捨てるに近い行為をするのだ。俺達が今更心配したところで、偽善にしかならないだろう。


俺とマリーシアは見合うと、決意したように頷く。


俺はサインすべく、銀のペンを手に持つ。


インク壺はない。これは契約のペンといい。魔力を込めると誓約魔法が発動し、自動的に印字される。


誓約魔法は絶対だ。覆したり、取り消すことは出来ない効果がある。


紙を目の前に置き、俺は身を正す。


サールをチラリと見ると、もう出発準備のために小汚いカバンを整理しはじめていた。次の向かう場所をチェックしているのか。地図を取り出しで見つめ出し、ひとり言を呟いている。


「まったく時間取らせやがって……。次の家は……と。」


どうも胡散くさい。


このサールという人物は信用できるのだろうか。


いや、一応国から役職を与えられている人物なのだから……、大丈夫か。


(し、信じるしかない。もう後には引けないんだ。)


俺は気をとりなおし、契約のペンを握り直す。


(書くぞ……。書くぞ……!)


違和感を感じた自分を振り払おうとしていた。


(マリーシアも違和感を感じていたようだが……。)


この後、何気なくマリーシアに目をやったところ、俺は目を疑った。


(マ、マリーシア!?)

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