第2話 防衛線崩壊

 黒煙が上がっていた。

 遠くに見える街の中心部、そこに建っていたコロニーの外壁が爆ぜ、鉄骨の支柱が折れ曲がっていく。かつて校舎として使われていた建物は、いまや炎の中に消えようとしていた。


「――くっ、あの数は想定以上だって!」


 庸子ようこは日本刀を抜き、駆け寄ってきた“それ”の首筋をなぞるように斬り払った。

 肉を裂く感触の後、抵抗なく切断される。灰色の肌をした魔物――コボルトが、断末魔すら上げずに崩れ落ちた。


「庸子! 右から回ってる!」


「分かってる、凜花りんか!」


 背後から声が飛ぶ。薙刀を手にした少女、凜花が別方向から襲いくるゴブリンを一閃。刀身に帯びた電流が火花を散らし、獣のような叫びを上げながら敵が吹き飛んだ。


 崩れた壁の影から、涼音すずねが顔を出す。彼女の弓矢は一発ごとに分裂し、三体の敵を同時に貫いた。


「はぁ……はぁ……もう、来すぎ……!」


「無理に前に出るな、涼音。援護に徹して!」


 庸子の指示に頷き、涼音は再び影に身を隠した。

 彼女たちが三人でこのコロニーを守っていた理由は一つ。ミスリルで形成した武器の性能が、他の住民より圧倒的に高かったからだ。

 だが、それも限界を迎えつつあった。


 コロニーの奥から、避難民たちの悲鳴と叫び声が響く。

 すでに住人の大半は退避を始めていた。だが足の遅い者、怪我をした者はまだ敷地内に取り残されている。


「……もうダメだ。防衛線、完全に突破された」


 凜花が冷静に現状を判断する。


「殿を務める。全員の避難が終わるまで、ここで時間を稼ぐ」


「了解。三人で、できる限り粘ろう」


 庸子の顔に迷いはなかった。


 炎と灰が舞う中で、魔物たちは群れを成して押し寄せる。

 剣が、薙刀が、矢が、次々に敵をなぎ倒す。だが、それは小さな波紋でしかなかった。


 やがて――。


 空に、“あの”紋章が浮かぶ。


「……観測者の拠点、発生を確認。半径三百メートルに影響領域拡大」


 機械のような、無感情な女の声が空から響く。


 それは宇宙人の使う共通言語――音声変換を通じて全人類に聞こえる“システムメッセージ”。


「拠点が……近くに建ったってことね」


 凜花の言葉に、庸子は黙って頷いた。これ以上の戦闘は無意味だ。


「全員、後退! 北西に抜ける!」


 三人は最後の矢を放ち、瓦礫の影を駆け抜けていく。

 魔物たちは追ってこようとするが、背後で爆発音が響いた。涼音が足止め用に残した、ミスリルで細工された仕掛けが作動したのだ。


 息を切らせながら、廃ビルの路地を抜け、かつて商店街だった通りに入る。


 ――そこは、噂の“正臣”が支配する場所。


「ここ……本当に、正臣って人が守ってるの?」


 涼音が不安そうに呟く。


「分からない。けど……もし本当なら、今のあたしたちにとっては唯一の希望よ」


 庸子はそう言って、剣の柄を握りしめる。

 その先に何が待つのかは分からない。ただ、逃げる場所も、守る場所も、もう他に残っていなかった。

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