第4話 厄介な絡み

 後ろを振り向けば、そこには弁当を抱えた野々井がいた。それも一人で。彼女はいつも誰かといる印象があるため、一人でいる姿は新鮮だ。


 じっと俺を見てくる野々井が視線を左に移す。彼女の瞳に映ったのは、静かに弁当を食べ進める犬井崎の姿だ。


「なんか珍しい組み合わせだねっ」


「ああ。誰かと飯を食べたい気分だったから、隣の席の犬井崎を誘ったんだ」


「あ、そうだったんだ」


「もしかして、野々井も弁当なのか?」


「うん。食堂で買うのもいいんだけど、やっぱりお弁当を作る方が安く済むし健康にいいからそうしようかなって」


 おいおいまじかよ。こんな可愛いのに家庭的なの最強すぎじゃね?


「愛花くんはサバが好きなの?」


「いや、毎日違うメニューを注文してるだけだ。サバが特別好きなわけじゃない」


「そっか。……あの、もし良かったら一緒に食べちゃダメかな?」


「あれ、まだ食べてなかったのか?」


「さっき先生に呼ばれて次の授業の手伝いをしていたの」


「そういえば、学級委員だっけ。大変だな」


「私は構わないわ」


 犬井崎が一言。もちろん俺も断るつもりはない。


「もちろん俺もだ。席くっつけようぜ」


 隣の空いていたテーブルをくっつけて四人席にすれば、野々井は俺の横に座る。正面と横には美少女が二人も。両手に花とはこういうことなのか。


 しかし、良いこととは裏腹にデメリットもあった。


 野々井がやってきた頃から、数名の男子生徒たちが遠くからこちらを黙視してきている。二人は慣れているのかそれに気付く様子はない。見たことのない奴らだが、ガタイが良いので運動部だとおおよそ見当がつく。


 もしかすると野々井に告白した先輩か?まあ、興味ないからどうでもいいか。


「お、野々井の弁当めっちゃ豪華だな!」


「昨日の残り物だけどね」


 ハンバーグに卵焼き。野菜もあって色とりどりでバランスも良い。


「良かったら……食べる?」


「えっ!」


 突拍子もないことを言いだした野々井に、驚きで声が裏返ってしまった。弁当交換なんて仲が良い関係じゃないと出来ないものではないのか?


「いや、遠慮しとく。野々井が食べる分が減っちゃうだろ?なあ犬井崎」


 俺は犬井崎にパスをした。彼女ならきっと、ええそうね。愛花くんが食べたら殺生したことになってしまうから代わりに優しい貴女が食べてあげて。とかいう頓知の効いた返しをしてくれるはずだ。


 でもこんな返しされても返しが難しすぎて困るだけだな。


「いいじゃない。食べてあげても」


 期待もむなしく、犬井崎は俺が置かれている状況にこれっぽっちも興味は無かったようで、淡泊すぎる答えが返ってくる。そう言えば、彼女は面白い奴ではあるがそれ以上に冷たい奴であることを考慮していなかった。


 俺は貰ってもあげるものがないので正直困ってしまうが、野々井は依然あげる気満々らしいので、その好意を無下にするのは漢が廃る。


「やっぱりもらっていいか?定食だけでは全然足りなくてな」


「もちろんだよ。はい!」


 野々井は俺に弁当を差し出してくるので、二つあったハンバーグを一つだけ貰いそのまま口に運んだ。中からじゅわっと肉汁が溢れて口の中に旨味が広がり、節操なくもう一つ食べたいと思ってしまいそうになる。


「ん~!めっちゃ美味いよ」


「ほんとにっ⁈よかったぁ~。誰かに食べてもらったことなかったから不安だったの」


 嬉しそうにはにかむ野々井の隣にいるとこちらも笑顔になってしまう。


 ただ、正直あ~んしてもらえるのかなぁと心のどこかで願っていたので、勝手にガッカリしてしまった自分に呆れてしまった。


「なんかガッカリしていない?」


「してねーし」


 しかも表情に出していないのに、なぜか犬井崎にばれそうになった。


 けどなんだかんだ、犬井崎も楽しめているようで良かった。野々井のようなキラキラした人を毛嫌いしているわけではなさそうだし、本当に一人でいるのが好きなのだろうな。


 しかし、その楽しいランチタイムに亀裂が入る。


「弁当は美味かったか?」


「げ」


 少し前からこちらに目を付けていた数名の集団がテーブルの前までやってきた。それに伴って周りの人の視線も俺たちに向けられれば、犬井崎は違和感に気付いたのかすぐに食事を終わらせると、そそくさと食堂を後にしてしまう。


 一瞬頭を抱えたが、元はといえば俺が誘ったのだから何も言うことが出来ない。それに、彼女は面倒事が嫌いそうだしいないほうが良いな。


「野々井の知り合いか?」


「あ、うん。坂本先輩だよ。サッカー部の」


「へー」


 話しかけてきた一際、異彩を放っていた男子生徒。


 この人が野々井に告白してきた人か。見てくれは悪くないが、威圧感があって怖いと思う人も一定数いそうだ。


 ただ、この人がやって来てから野々井の顔はつい最近別れた恋人に会ったかのような気まずさがあった。


「よお沙羅。あの日の返事ちゃんと考えてくれたか?」


「えっと、まだ待ってもらいたいというか……その」


 ちらちらと俺を見て、助けを求めてくる。


 こういうのは、きっぱりと断って早いところ関係を終わらせた方がどちらも面倒にならずに済む。野々井がいい子過ぎてそこにつけ込まれてしまうのは最悪のパターン。


 ましてや、この男の性格的に……。


 俺は野々井の耳元で出来るだけ抑えた声で言う。


「ちゃんと言ったほうが今後のためだ」


「うん。分かった」


 意を決した野々井は、ゆっくりと立ち上がると坂本の目をしっかりと見て端的に伝えた。


「坂本先輩とは付き合えません。ごめんなさい」


 深々と頭を下げて相手を刺激しないように尽くす。さすがにここまでやったのだから坂本も諦めるだろう。しつこい男はモテないしな。


 だが、俺の予想とは大きく異なることが起きた。


「は?おいおい冗談だろ?」


「いやっ⁈」


 坂本は頭を上げた野々井の肩に手を回し逃げられないようにすると、俺たちと同様に耳元で何か囁いていた。


「お前のクラスにサッカー部の奴いるだろ?そいつが痛い目に遭うかもしれないぜ?」


「……っ」


 脅迫まがいのセリフに野々井は恐怖に侵され、目の焦点が合っておらず身体も震え始めた。


 さすがに黙っていられなかった。


「そういうのは流石になしじゃないすか?」


「ああ?誰だよお前」


 ここで下手に出るのは、相手が更に威圧的になるので悪手だ。


 じっと睨みつけてくる坂本に俺は飄々とした態度で接する。


「女なんか他にいるでしょ。別に振られたって誰もアンタのことを馬鹿にする奴なんていないさ。ね?」


「あ、ああ」


 坂本の取り巻きのような人たちに話しかければ、控えめに反応した。


 やはりこの男の影響は大きいようだな。いわゆる一軍という立場にいて、他の人たちはいじめられないように上手く立ち回ろうとしているみたいだ。


 だが、そうは言っても坂本にもメンツがあってどうにも引いてくれない。


「てめえには関係ねえよ」


「そんなことはどうでもいいから野々井を離せよ。お前のこと好きじゃないんだか───」


 その瞬間、野々井から離れた。そして、そのヘイトが俺に向く。


 サッカーで鍛えられた坂本の蹴りはとんでもないほどの速さで俺の左の横っ腹を狙う。


 俺としても皆が見ている食堂で喧嘩を吹っ掛けてくるとは微塵も思っておらず、油断していたせいで避けるのは不可能だった。



『あらら、また面白いことになっちゃったのね』



 どこかであの女の声がまた聞こえる。


 お前なのか、この運命っていう名のかったるい出来事を運んできたのは。



『違うわよ。でも、あなたがこれをどう捌くのか興味があるの』



 俺のことを試しやがって。運命の神様なら俺のことを助けてくれたっていいじゃないか。


 もう鬱陶しい人間関係は出来るだけ避けて、新しい人生を進もうとしているのにこの仕打ちは何かの罰ゲームにしては悪趣味すぎない?


 でも、あんなイイ女が俺のことを見てくれるっていうのは悪い気はしないな。あの言葉を信じて、カッコつけておこう。



 というか、こんな攻撃を食らうような俺じゃないんだけど。

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