第34話 申し訳ありませんが、生きています

マッチョシスターズに人質のように挟まれている吉昌のところへ、理玖がちょこちょこと近づいていった。

「ヨイショっと」

彼は、ちょんちょんと吉昌の手をつつく。

「千年つづく、おともだち?」

こてんと首をかしげる理玖。

吉昌は少し考えてから、ため息まじりに応じた。

「……腐れ縁ってやつを友達って呼ぶなら、まあ、そうだな」

理玖が目をぱちくりと瞬きして、かたまる。どうやら納得できなかったらしい。

紅子がやさしく微笑みながら言った。

「お友達ということですわ、理玖」

にこっ。

ようやく理玖が笑顔を見せる。


その光景を見つめながら、紅子は小さく息をついた。

そして、ゆっくりと立ち上がり──

吉昌と吉平、そして一族の全員に向かって、まっすぐに言葉を告げた。

「申し訳ありませんが……私は、生きています」

しん、と空気が止まった。

「理由は、わかりません。ただ──
儀式の直前に“深い眠りにつく薬”を飲まされたのです。
そして、眠っているうちに氷に閉じ込められて……
目が覚めた時には、千年後でしたの」

その告白に、場が静まり返る。

「……どうしたら、いいか……私にも、わかりませんの」


──だが。

「ラッキーじゃん?」

唐突に吉昌が口を開いた。

意外にも、まっすぐな目で。

「生贄にされて、でも生きて目覚めたんだ。
 だったら──今から、人生楽しめよ」

「社長様……」

「俺は、絶対に社長に戻る。
会社が儲かったら、少しは大学に寄付してやるよ。楽しみにしてろよ?」

「はい、楽しみにしておりますわ」

紅子は、静かに頭を下げた。

──その横で。

「ちなみに〜今ある借金は〜」

学長がすかさず割り込もうとしたが、

「だまれ!!」

吉昌がピシャリと遮った。

そんな中、吉平が複雑な表情で紅子に言う。

「……お嬢はな。霊的には、いつでも冥界に行ける状態だ。
でも──肉体が生きてて、自分でも生きたいって思ってるなら、俺の出る幕はねえ」

「ええ。陰陽師様は、お引き取りくださいませ」

「……言い方ァァ!!」

吉平が思わず崩れ落ちた。

紅子は構わず、話を続ける。

「陰陽師様、絵物語はお読みになりますか?」

「……は?」

「私、千年後に目覚めた時──
まるで“絵物語の主人公”にでもなった気がいたしました」

「いや、すごいメンタルしてんな……」

「しかも、一族は借金まみれで、貧乏生活真っ只中」

「残念だったな」

「いえ。私は、こう思いましたの。
これは、私が復活して──
一族が逆転する“物語”になるのだと!」

「ど、どうしてそうなる!?」

「物語というものは、逆転があってこそ盛り上がると、作家友達から教わりました。
つまり──ここからは、めくるめく幸運フェーズ! 逆転のターン!」

「吉昌、おまえと気が合いそうなやつがいたぞーー!!」

吉平がやけくそ気味に叫ぶ。

紅子は手を胸に当てて、誇らしげに言い放った。

「私は──推しによって生かされ、推しによって活力を得て、
その力で推しに貢ぐ。この素晴らしきサイクルを、再開いたしますわ!
推しますわ! 氷室一族の学問を!!」

「……楽しそうで、なによりだな。
千年後に生き返ったくせに、超・順応早ぇなおい」

「おかげさまで!」

学長が得意げに手を挙げる。

「それって〜、学玖先生のカリキュラムと睡眠学習のおかげじゃない?」

「さすが学玖先生ですわ」

紅子は再び立ち上がり、吉昌の前に進み出た。

「社長様。私……あなた様のことも、応援したいと思っております」

「……ああ」

吉昌は、少し照れくさそうにうなずいた。

そのやり取りを見ていた吉平は、横の津玖流にひそひそと囁く。

「え? お嬢と吉昌ってそういう?」

津玖流は軽く肩をすくめる。

外野がやかましい中──

紅子は改めて、吉昌の手をそっと取った。

「金なき愛は、推し活にあらず!」

「……は?」

「早く社長に戻ってくださいませ。
そして──私の金蔓になってくださいませ! 私の推し活のために!!」

「……っ!!」

吉昌、撃沈。

ラウンジに笑いと絶望が混ざり合い、春の午後が穏やかに流れていった。

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