第33話 冥界って、迷信ですよね? ね?

ラウンジに戻ってきた一同は──
妙に気まずい空気の中、そろって温かいお茶をすすっていた。

柱にもたれてポーズを決める陰陽師。
ちらちらと紅子をうかがう吉昌。
一族と月御門兄弟の間で、なぜか壁と同化している津玖流。

──その理由は簡単だった。

(氷室一族が、月御門兄弟を口封じする気満々)

そのオーラが全身から滲み出ているのだ。

紅子はそっとカップを置き、陰陽師に問いかける。

「それで……陰陽師様。私は妖怪になってしまったのでしょうか? それで、千年後に目覚めたのですか?」

それは、紅子にとって一番知りたかったこと。

髪に挿していた紅玉の髪飾りを外し、差し出した。

「対価は……これで、いかがでしょう?
今の私には、これしかございませんので」

吉平は無言で近づいてきたかと思うと──

その髪飾りを、そっと紅子の髪に戻した。

そして、ほんの少し笑って言った。

「大丈夫。妖怪に乗っ取られた気配はねえよ」

「良かったですわ!」

「寿命が止まってただけだ。冥界に入れてもらえなかったから、魂が氷の中の肉体に留まってた。……って、おいコラ! なんだその目は!」

氷室一族、白けた目でガン見中。

「いや〜、突然そんなオカルトぶち込まれてもさぁ」
学長がひらひらと手を振る。

「そもそも“冥界”ってなによ? いきなり迷信?」

「ちょっと待て」
吉平が椅子から立ち上がった。

「おまえら……
陰陽師の儀式を、なんだと思って千年続けてきたんだ?」

「……契約金の納付式?」


「令嬢の慰霊?」


「つきあいで?」


「儀式って言えば格好つくし」


「惰性ですね」

氷室一族の無慈悲な“言葉の石”が、吉平の精神にクリーンヒットしていく。

「ちっがーーーーう!!」

吉平が叫んだ。

「生贄令嬢は、“災い”を封じるために“泰山府君祭”をされたんだぞ!!」

「たいざんふくん……?」

「寿命を記録する神様、泰山府君にお願いして、魂を冥界に連れて行かないよう頼む。
つまり──魂は、体に留まる」

「……初耳ぃ〜」

「普通なら肉体が腐って霊魂がさまようけど、生贄令嬢の体は氷の中で保存された。だから千年間、封印の役目を果たせたってわけだ。……だからこそ、俺たち月御門一族は、毎年毎年、儀式を更新してたんだよ!!」

「へぇ〜〜」

「お・ま・え・ら!! その儀式、なんだと思ってやってたんだああああ!!」

吉平の絶叫が、ラウンジに響き渡る。

息を整えた彼は、改めて紅子に向き直り、視線を合わせた。

「親父の残した式次第を見たら、もう“泰山府君へのお礼儀式”になってた。つまり──」

「つまり?」

「もう、いつでも冥界に送れるってことだ。封印、おしまい。
契約終了」

「…………え?」

紅子は理解が追いつかず、呆然とする。

吉平は、あの不健康メイクの青い唇に、うっすら微笑みを浮かべてこう言った。
「この世に……未練、あるか?」

──間髪入れず、学長が叫ぶ。

「あるに決まってるでしょーーーーーー!!」


「兄貴ぃっ……!」
吉昌がマッチョシスターズに人質状態で助けを求めている。

津玖流は壁と同化したまま。完全に傍観者モード。


紅子は無表情に、スッと吉平の腕を掴んだ。

「……冥界って、迷信ですよね? ね?」

「……は? え、いや……」

「迷信じゃなかったら、事実……?
そんなこと、ありえませんわよねぇぇぇぇっっ!?」

「ゲシュタルト崩壊」
理玖がぶすっとつぶやく。

「いや、いや、いや、いや! ない! ない!」
学長が自分に言い聞かせるように連呼している。


──そんな中。

「冥界の存在証明を数字でご説明いただきましょう」
工学部長が、指をパチンと鳴らす。

ざざっ……

実験白衣の子どもたちが、次々と椅子を並べ始める。
ラウンジ、プレゼンテーション会場設置モードに突入!

「まてい! 説明しない! できない! やりたくないっ!!」

吉平は絶叫する。
紅子の命がかかった儀式の裏側を、科学者の前で解説!?
そんなの、無理ゲーすぎる!

「……逆に聞いていいか」
吉平が、ジロリと学長に視線を向けた。

「“あんたら的に”、お嬢は──生きてんの?」

学長は、無言で指を鳴らした。

再び、ざざっ……と会場設営が始まる。

「だから数字はいらんってば!!」

「言葉で説明してあげましょう!」

学長がビシッと身を乗り出して断言する。

「紅子様は生きてます! バイダル異常なし!


生物学的に“死亡と判断される兆候”は一切なし!


DNAシーケンサーでも!


NGS解析でも!


MEG活動でも!


OCT──」

「──もういいっ!!」

吉平が頭を抱える。

「つまり……一応、おまえらは科学者として調べたってことだな」

「当然でしょ!? でも、“なんで肉体が損傷してなかったか”は、まったくわからなかったけどね。」

工学部長が淡々と補足した。

「想定される仮説は全て検証済み。
ただ、サンプルが紅子様ただ一人。将来の発生率も極めて低いため、研究継続のリソース投下は不適当と判断し──」

学長が「最初の三日で切り上げたわ!解き明かされていない自然現象のひとつとして認識しました」と言い切った。


理玖がにっこりと「合理的」と補足。


「……おまえら、タイパだけはしっかりしてんな……」


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