第10話 これは、解釈違いですね?

陽光降り注ぐ山の中。
黒い影が、爆走していた。

黒革のライダースーツに包まれた細身の体。
ヒール付きロングブーツがアクセルを踏み込み、風を切る長い青いスカーフが翻る。

その男──月御門吉平は、土砂崩れで半壊した神社の跡地にバイクを停め、険しい目で一瞥した。

「あーあーあー……封印の氷室、潰れてんじゃねえか」

ヘルメット越しに、苦々しげな声を漏らす。
そのままバイクを再発進させ、封印跡地を背に、山奥の建物へと向かった。

ゲートは閉まっていたが、気にしない。
歩道脇からバイクを滑り込ませ、正面のロータリーへと突っ込む。

そこにそびえるのは──
かつて高級リゾートホテルだった、氷室大学である。

吉平はバイクを停め、ヘルメットを外す。
逆光の中、風に舞う長髪。不健康メイクの黒いアイシャドウに、青黒い唇。
チャッチャッと手を動かし、3秒で髪を逆立てた俺様ムーブ。ビシッと決めた。

──だが、そこへ。

「……うそでしょ、吉平さん!?」

玄関から飛び出してきたのは、巨漢の青年──津玖流だった。

「なんで来たんですか!? しかも東京からバイクで!?」

「来るに決まってんだろ」

吉平は悪びれもせず、バイクのシートに片肘をつきながら指を突き出す。

「おまえら、封印氷室が崩れたって報告、してねーじゃねーか」

津玖流は「あー……」と苦笑いするしかなかった。

ラウンジホールでは、白衣姿の一族たちが、いつものティータイムの準備をしていた。
紅子と学長が、白いクロスをテーブルにかけている。

そのまま入ろうとする吉平を、津玖流が慌てて止めた。

「だ、だめっす! 今は……」

「邪魔すんな、俺は当主に話が──」

──そのとき。

「げっ、陰陽師くん……」

ぎょっとしたように学長が呻いた。

その隣では、紅子がスッと表情を引き締めている。

「陰陽師……?」

「社長くんのお兄さんよ。月御門吉平、陰陽師の後継者〜」

学長が嫌そうな顔で駆け寄る。

「兄弟そろって、いきなり来るのやめてよね〜」

「当主に話がある」

「ダーリンは夏までアメリカよ。代わりに私と理玖が聞きます。理玖〜、おいで〜」

「弟から金を巻き上げたって聞いたぞ? 寄付はなし!あと、共同研究しろ、でないとうちの会社が大損だろうが」

「え〜なにそれえ」

「それから、土砂崩れで封印の氷室が崩れた件もだ!」

学長は「あーあーあー」と目を逸らす。
周囲の白衣軍団も、ざわつき始めた。

──そのとき。
カツ、カツ、とハイヒールの音がラウンジに響いた。

赤いハイヒール、紅玉の髪飾り、はためく十二単。
颯爽と現れた紅子。だが、近づくなり表情を強張らせた。

「ひいっ、死人が歩いていますわ……!」

青い唇、屍蝋のような顔色。不気味メイクの吉平を見て、紅子は戦慄する。

「ちげーよ! これは化粧! ファッション! カッコいいだろ!?」

紅子は扇の影に顔を隠して答えた。

「……目をひくとは存じます」

「目を背けるな!」

学長が気まずそうに割って入る。

「ねえ〜、共同研究って何よ?」

吉平は堂々と胸を張った。

「出口戦略だ!」

「でぐちせんりゃく〜?」

学長が眉をひそめる。

「てめえらを社会の役に立たせてやるって言ってんだよ! うちの会社で商品化してやる。研究よこせ!」

津玖流がツッコミを入れる。

「吉平さん、言い方が悪役っぽいですよ」

「うるせぇ! てめえらのほうがよっぽど悪役だろ!」

吉平は怒りのままに続ける。

「自分たちだけ楽しくお勉強してねえで、その賢い頭、ちっとは社会のために使えってんだよ!」

学長がピシャリと反論する。

「学者やってること自体が社会貢献です! 学者は“自分が面白いと思ったこと”しか研究しないの。そこ、間違えないで!」

吉平は鼻で笑った。

「はんっ、そっちこそ間違えんな。
儲けにならない学問は、ただの浪費だ。
人的資源と金の垂れ流ししてねえで、商品になる研究しろや!」

──カチリ。

ラウンジの空気が、一変した。
何かのスイッチが入った音がした。

紅子が、ゆらりと立ち上がる。
ふわりと広がる十二単。背後に立ちのぼる暗黒オーラ。

「……公式設定クラッシャー」

低く呟いたその瞳は、氷のように冷たく輝いていた。

「儲けるための学問は、商売です。
これは、崇高なる大学への──冒涜ですわ!」

吉平はキョトンとした顔で言った。

「はっ?」

紅子はピシャリと指を突きつけた。

「お帰りください!
解釈違いとは、会話できません!」


──そして、ラウンジには目に見えぬブリザードが吹き荒れるのだった。

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