自由作

小狸・飯島西諺

短編

 ネット上に掌編しょうへん小説を投稿してもう300作品以上になるけれど、いまだ微塵たりとてバズることなく、凡作ばかりを生み出す駄文製造機として生きている。


 自分に自信がないのは、多分、両親の教育がせいだろう。


 両親は、すぐに冷笑してくる人達だった。


 挑戦や、チャレンジや、新しい一歩を、いつも冷たく笑ってあざけってきた。


 徹底的に、幼少期に自信という自信を潰された。


 そんな家庭で育った僕が、人並みの自己肯定感を担保できるはずもなく、何をするにつけても自信がない、自分の長所や特技を把握できない、そんな子になり――そんな大人になった。


 それだけの話である。

 

 だからこそ僕は、駄作しか書けないのだ。


 何を書こうにも、つまらない、面白くない、読者が楽しんで読める姿を想像できない、自信の無さが露呈した小説になる――自分がそんな素晴らしい作品を創作できる程の器があるとは思えないのである。


 まあ。


 そんなことを言って、いつまでも過去のせいにしている生き方というもの、息苦しいものだ。両親は悪くない、悪いのは、その影響を受けた僕なのだ。そう思って、そう抑圧して、生きてきた。


 抑圧。それもまた、僕を表現する上で外せないキーワードであろう。


 どうせ笑われる。


 どうせ莫迦ばかにされる。


 どうせ侮蔑を受ける。


 だったら、初めから何もやらない方が良い。


 そう思うのは、至極自然な感情ではないだろうか。


「抑圧、ねえ。ま、読み手の私には、関係のない話だな。君の小説は、毎回楽しんで読ませてもらっているよ。300作を超えたんだっけ? 良くもまあ陰鬱な私小説を300以上も書けるものだね。その時点で、才能あるんじゃないのかい」


「才能なんてないですよ。それは、恵まれて、幸せで、許されて、認められて、そういう人たちが持っているもので、そもそも機能不全家族で生まれた時点で、才能なんて、はなからないんですよ」


「そうかい? 私はそうは思わないけどな」


 そう言って、七曲ななまがり先輩はビールを飲んだ。


 豪快な飲みっぷりである。


 先輩の家の近くの、小さな居酒屋での話である。


 七曲先輩と僕は、大学時代の文学サークルで知り合い、お世話になった仲である。お互い当時は小説家を目指していたので意気投合していたが、大学卒業と共に、何となく疎遠に――なりそうになったところを、七曲先輩が定期的に飲みに誘って下さるので、何とか縁が続いているという状況である。


「しかし良く話が尽きないよね。そこは感心するよ」


「まあ、人並み――とは言いませんけれど、そこそこ波瀾万丈な人生でしたからね。間違っても、自分のことを『どこにでもいる普通の社会人』とは言えませんよ」


「あはは、そりゃそうだ。君ほどにねじくれて、ひねくれていながらも、正直な者には、私も会ったことがない。己の経験則を小説にする――か。それもまた、書法の一つなのかもしれないね」


 僕が正直、か。


 まあ、人は色々な見方があるというしな。


「先輩は、最近は小説、書いているんですか?」


「ああ。まあね。職場の試験がようやく終わったから、ひとまず休日は執筆に費やしているよ。毎年応募できている賞には、もうあらかた応募し尽くしてしまった。今年は余裕をもって応募できたかな。だから、新しい賞を開拓しようとも思っているよ。まあ、それこそ、受かる見込みがある訳ではないのだけれど」


「流石っすね」


 七曲先輩は、僕とは違い、実績のある人である。さる文学賞で、最終選考にまで残ったことがあり、大きく七曲先輩の筆名ペンネームが記載された雑誌を見た時には、僕も嬉しかった。それに信じられないほどの速筆である。この人ならいつか作家になれる――大学時代に抱いたその可能性を、僕は今でも持っている。


「そういう君はどうなんだい、たぐい。ネットの掌編の方は、更新しているようだけれど、公募の方は」


「あー、まあ、そこそこ、って感じですね」


「ふうん」


 この「ふうん」で、七曲先輩はあらゆる誤魔化しを見抜いてきた。


「あー、嘘です。あんまり順調じゃないです」


「そうかい」


「数年前に一次に一回残った程度で、そこから先は全然駄目ですね。ネットの掌編小説の方も、バズれる訳でもなく、ただ駄作を重ねているってだけで。小説を書くこと、向いていないんじゃないかな、って思い始めてます、実際」


「結果が出ない――からかい?」


「そうですね、それもありますけれど、いつまでもウジウジ言い訳している自分が嫌なんですよね。家がしんどかったとか、両親が毒親だったとか、そういう記号にすがって――、挙句陰鬱な駄作しか掲載できていない。そういう自分が嫌なんですけれど、変わるのも怖いんです。もし変わろうとして、その過程で自分の積み重ねが全否定されてしまったら、そうしたらもう僕が立ち直れないんじゃないか――って思って、そうですね。停滞していますね、僕」


「そう、か」


「創作は好きですし、続けていきたいと思いますよ。でも、好きなだけじゃあ、物事が続かないことだって、僕は分かっています。誰も読まず、縦しんば読まれようとも誰にも評価されない、『いいね』も付かない、流行からも外れてる、そんな駄作を量産して、一体僕は何をしているんだろう、って感覚はありますね、どこかに」


「まあ、好きなだけじゃ続かないのは事実だね。創作に限らないが、何かを続けるということは、途轍とてつもなく途方もないことなんだ。まずは、継続できている自分を認めてあげる、というのはどうだい」


「自分を認める、ですか。それができれば、苦労はしないんですけどね。生憎否定ばかりされてきましたから、もうくせになってしまっているんです。駄作メーカーとして、これからも誰からも気付かれることなく、誰からも認められることなく、そんな自分を認められることもなく、僕の人生って終わっていくんだなって思うと、何だか――」


 死にたくなってきますね、と言おうとして。


 七曲先輩が、僕に声を重ねた。


 これは珍しいことである。


「そのさ。君に言論統制を敷こうだとか、そういう意図がないことは、ここで分かっていて欲しいんだけどね。作家志望として、ではなく、一人の創作者として、一つ言いたいことがあるんだけど、良いかな」


「はあ、何でしょうか」



「…………」


「確かに、世の中の小説を悪意ある分断をすれば、良作と駄作に分けることも可能だろうよ。しかし、それを判断するのは、読者であって、君じゃない。君の小説は、話に聞いた通りなら、閲覧数も多くなく、評価数、『いいね』の数、『星』の数も多くはない、所謂いわゆるバズることができない類の小説なんだろう。でも、それを毎回楽しみにして読んでくれている読者に対して、その態度はあまりにも失礼ではないか、と思うんだよね」


「…………」


「確かに、創作者として、謙虚であることは必要だと思うよ。だけれど、謙虚であることと、己を卑下することは違う。いくらそれがつたない文章だとしても、世の中に公表するのであれば、『これが私の――僕の小説です』と言って、自信をもっておおやけにするのが筋じゃないのかい。?」


「…………」


「自信がない気持ちも分かるよ。私だって最初は自信なんて微塵もなかった。1年間に一度も新人賞の一次にも引っ掛からずに、悔しい思いをしたこともあったよ。いいかい。拙い時期、駄目な時期、自信のない時期、。それを莫迦にする奴の声なんて聞く必要はない。自分にとって都合の良い、自分を向上させる声だけを聞いていれば良い。今までずっと謙虚でいたんだ、それくらいの傲慢は、許されるだろうさ」


「……僕は」


 七曲先輩の話を、噛み締めた。


 なぜか、泣きそうになっている自分に、驚いた。


「僕には、自分がありません。自信がありません。それでも、自由に書いて、好きに書いて良いんでしょうか。書く事が好きで、良いんでしょうか」



 はっきりと、真正面から、僕を見て。


 七曲先輩は、そう言った。


「……ありがとう、ございます」


 この日から、僕は内省はすれども、自分の小説を「駄作」と言うのは控えるようにした。


 こんな小説でも、読んでくれている人がいる。


 その嬉しさを、逃さないようにしよう。


 そう思った。


 そう思えるように、なったのである。


 こうして、こんな風に、こんな具合に。


 今日もまた、僕は七曲先輩に、はげまされてしまったのだった。




(「ゆうさく」――了)

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