第14話 俺とメルルは離れることが出来ない!?
俺の意志が固いことを父さんなりに理解してくれたようだった。深いため息をつかれたから、もしかしたら、諦めだったのかもしれない。
「話はわかったけど、ひとまず家に帰ろう。母さんも心配している」
「え、でも……」
「グレースも眠そうだ」
そういわれ、グレースがこくこくと舟をこいでいる姿に気付いた。今にもテーブルに顔をつけそうだ。
このまま家に帰っていいのか。
ちらりとメルルを見ると、ライラが「では送ってやろう」といった。
すると、父さんお顔色がさっと変わる。え、なんでそこで嫌そうな顔をするんだよ。ライラが送ってくれるって、たぶん、魔法でぱぱっとだよな。それなら楽じゃないか。
「これ以上ご迷惑をかける訳にはいかないので」
「なに。私も一度、家に帰らねばならん。そのついでだ」
「……家?」
俺が首を傾げると、ライラはローブを揺らして立ち上がった。
「ここはメルルの引き籠り小屋だ」
「師匠……工房です……」
「魔法の修行をサボって、お菓子ばかり焼いているだろう」
もそもそと言い返すメルルに、ライラはやれやれと呟く。ああ、確かにそれは引き籠り部屋と言いたくなるな。
「し、しかし……」
「それと、ヘイゼルはメルルと契約した。そう遠く離れることは出来ない」
にやりと笑ったライラは俺に向かって「外に出てみろ」といった。
いわれている意味がわからず、メルルを振り返ってみるが、彼女もわかっていないのか、ぷるぷると頭を振って困惑していた。
「出てみれば、私のいう意味がわかる」
「はあ……」
「こんな夜更けの森に一人で行かせるわけにはいかない!」
グレースを抱きかかえた父さんが立ち上がった。これを機に、家に帰ろうとしているに違いないな。
このまま家に帰ったら、もう森には行くなといわれそうな気がするんだけど。──一抹の不安を感じながらライラを振り返ると「外に出てみろ」とまたいわれた。
渋々、父さんに手を引かれて外に出た。
真っ暗な森の中は、僅かな月明かりでは道がよく分からない。こんな中、いくら父さんがいたって家に帰るのは難しそうだけど。
「さあ、今の内だ。帰ろう」
「……でも、真っ暗だし危ないんじゃない?」
「大丈夫だ。ほら、地面を見てみろ」
父さんんお指が指し示す場所には、ぽわんっと淡い光があった。それは点々と続いていく。もしかして、ヘンゼルとグレーテルが家に帰った時に使った白い石か?
こんなところで、物語の強制力を発動しないでほしいんだけど。
帰る気満々の父さんに手を引かれて歩き出す。
点々と続く輝く白い石を辿って、暗い森の中をまっすぐ進んだ。途中、振り返ってみたら、もうメルルの引き籠り小屋は見えなくなっている。
明日、また行くことができるかな。──わずかな不安がよぎった時だった。
「どっ、どういうことだ!?」
父さんが叫び声を上げて立ち止まった。
「父さん、なにが……え?」
なにがあったのと尋ねる言葉を飲み込んだ。だって、俺たちの前にメルルの引き籠り小屋があったのだから。
父さんは、再び俺の手を握りしめて歩き出す。
小屋に背を向けて、月明かりを反射する白い石を追った。だけど、しばらくして小屋が見えなくなったかと思うと、再び、俺たちの前にその姿が現れた。
小屋のドアが静かに開いた。姿を現したのはライラとメルルだ。
ライラがローブの裾を翻すと、月明かりを浴びて、キラキラと輝く。そうして近づいたライラは「わかったかい?」と父さんに声をかけた。
「ど、どういうことだ!?」
「契約は絶対だ。ヘイゼルの願いを叶えるまで、メルルと離れることは叶わない」
父さんの顔がみるみる青くなっていく。
「さあ、家まで送ろう」
にいっと笑ったライラが手に持っていた杖を振ると、俺たちの身体が自然と小屋の前まで動いた。
俺の手を強く握りしめた父さんの目が、困惑に震えていた。どうしようか必死に考えているのが伝わってくる。
「……父さん、心配ばかりかけてごめん。でも、大丈夫だから」
父さんの大きな手を力の限り握りしめると、驚いた顔が俺に向けられた。
「俺を信じて」
「……ヘイゼル」
「お兄ちゃん……むにゃ……お家に、帰ってきたの?」
父さんの腕の中で寝ぼけたグレースが目を擦った。
「ああ、メルルさんも一緒だよ」
「メルルちゃん、も……うれしい」
へにゃっと笑ったグレースが、父さんの胸に顔を擦りつけた。
小屋の前に再び立つと、俯いたメルルが「ごめんなさい」と呟いた。
「あ、あたしが……へっぽこな、ばかりに、こんなことに……」
「なにいってるんだよ。ちゃんと、俺の願いを叶えてもらうからね」
空いている手でメルルの柔らかい手を握りしめると、おずおずと握り返された。
「さて、忘れ物はないね?」
ライラの言葉に頷く。すると、暗い夜空から眩い星屑が、まるで雨のように降り注いだ。星たちはライラの杖に集まる。そうしてライラが「さあ、お帰り」と呟いて杖を振ると、目の前のドアがぱあっと光り輝いた。
ドアを開けると、そのさきには──
「ヘイゼル、グレース!」
目を泣き腫らした母さんがいた。
もしかして、ここは俺たちの家なのか!?
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